第149話「錬金術士の少女」


 周囲の視線が痛い……。


 流石にNPCから質問攻めには合わなかったが、遠目から此方に向けられる沢山の視線が気になって何だか落ち着かない。


 あの驚きの声を浴びせられた後、ソラは誰に聞く事もできなかったので、サポートシステムの〈ルシフェル〉先生にカニについて聞いてみたところ、このように返答された。


 甲殻こうかく型モンスター〈インクリーシィン・クラブ〉。

 その全身をおおう進化した外皮は、この辺りの魚介類モンスターの中でも屈指の硬度こうどを誇る。


 攻略法は例えば片手直剣ならば〈ガードブレイク〉等の相手の防御力を無効にするスキルで、確実にHPを削っていくのが定石。


 オレの攻撃力ならば、付与スキル無しで大体10回ほど切れば倒せるとの事なので。進化した〈付与魔術師〉が、どれだけ強力なのかをうかがい知る事が出来る。


 つまりこれらを踏まえて、現在進行系でオレとクロが行っているワンパンキル祭りは、普通では絶対に有り得ない行いなのだ。


 一言で済ますならば、ザ・脳筋プレイ。


 力こそパワーを地で行く行為だ。


 ちなみにこれは余談なのだが、ソラが苦もなく倒している一方で、このクエストの話を何処からか聞いたのか、離れたところでは中級者っぽい若者達がいた。


 六人のフルパーティーで、職業は前衛の二人が〈騎士ナイト〉中衛の一人が〈盗賊シーフ〉後衛の三人が〈魔術師ウィザード〉〈僧侶モンク召喚士サマナー〉と中々に多彩な組み合わせだったのだが。


 〈洞察〉スキルで見た平均レベルが45程度だった彼らは、一体のカニとの戦闘でとても苦戦していた。


 多分それが、普通というやつなのだろう。


 彼等の悲鳴をBGMに、取り敢えず最短時間でクエストを完了させて、レベルを無事に2つ上げたソラとクロ。


 港の管理人である老人に釣り竿を返すと、彼は高笑いしながら「面白いものを見せてもらった!」と褒めて、明日もよろしく頼むとお願いされた。


 とりあえずやる事を終えたので、一体目を倒して二体目に苦戦している冒険者達に背を向けて、港からオレ達は移動する。


「さて、次はどのクエストに行くかな」


 何もない空間をタッチして、ソラが表示したのはこの国のマップ。


 3Dマップで自分が何処にいるのか分かりやすいし、発見したクエストが【?】マークで表示されていて実に便利な機能だ。


 マップとにらめっこしながら、混雑している道の邪魔にならないように端っこの方を歩きながら、自然とクロの手を左手で握る。


 自分で調べたのと、リンネから貰ったクエスト情報を照らし合わせて、どこか面白そうなクエストはないかと探す。


「探しものとか、ゴミ拾いとかばっかりだね」


「下水道のスライム退治もあるけど、これは臭いわ経験値が美味しくないとかで、他の冒険者からの評判は良くなかったかな」


帆船はんせんの護衛クエストは経験値は良いけど時間が掛かるって、シノ達が言ってたよ」


「となるとカニの次に効率が良さそうなのは、浜辺に空から飛来してくるサメから客を護衛するクエストか」


「サメって飛ぶものなの?」


「まぁ、ファンタジーじゃわりと良くあるネタだよ。かなり昔に映画とかにもなってた気がするけど」


 そんなマニアックな話をしながら、人が少ない道を歩いてビーチを目指している時の事だった。


 二人は一人の桃色の髪の少女と、ばったり会った。




「あ、ソラ君なのじゃ」




 セミロングヘアで片目を隠した髪型。


 目尻が吊り上がったパッチリした桃色の瞳は、気の強さを感じさせる。

 身長は160くらい、体は一部分を除いてムダのないスラッとした体型だ。


 彼女が身に着けているのは、膝下まで丈が長いワンピースの防衣にマントを羽織った軽装重視の魔術師っぽい格好。


 背中にやたらレア度の高そうな弓を背負っている事から、サポーター的なポジションを担当しているのが分かる。


 まぁ色々と解説したのだけど、彼女を表す言葉で誰もが口にするのは唯一ただひとつ


「お、おっきい……」


 それなりにサイズはあるクロが、あまり変わらない身長で己の倍以上の大きな二つの膨らみをガン見して、何度も自身のモノと見比べる。


 その一方で名前を呼ばれたソラは、頬を引きつらせて、苦々しい顔で彼女のプレイヤーネームを呟いた。


「い、イノリ……」


 名前を呼ばれた少女は、とても嬉しそうに頬を緩めて移動系スキル〈ソニックステップ〉を躊躇(ためら)うことなく使用。

 地面を一回蹴るだけで、離れた場所から瞬時にソラの目の前に現れて、


 “唇”を、強引に重ねようとしてくる。


「ッ!?」


 ソラは身の危険を察知して、脊髄反射せきずいはんしゃで右手を上げると、迫る彼女の口を寸前でふさいだ。


 むぎゅ。


 と、くぐもった声を出すイノリ。


 顔を突き出した状態で強制的に停止させられた桃色の少女と、彼女の顔を手で押さえ止めた白銀の冒険者。

 両者の視線が間近で交差して、そこで二人の動きがピタリと止まった。


 狙った行動を寸前で防御された少女は、ソラに対して抗議こうぎするような視線を向ける。


 そんな視線を無視して、オレは深いため息を一つ吐き出し、彼女を注意した。


「………あ、危ないなぁ。相変わらず出会い頭にキスしようとするのやめろよ」


「え? ふぇ?」


 クロは突然の事に、状況を上手く飲み込めていないらしい。

 頭にクエスチョンマークを浮かべると、先程までイノリがいた場所と、目の前に現れた彼女を交互に見る。


 口を塞がれた少女は、仕方ないと言わんばかりにガッカリした顔をして、ソラの手のひらを一舐めだけして離れた。


「ひっ」


 しっとりした舌の感触に、ゾワッと全身に鳥肌が立つ程の寒気を感じたソラは、本能が危険を知らせて、その場からバックステップ。


 巨乳少女から距離を取ると、警戒心をあらわにして対峙たいじする。


「うん、美味しいのじゃ」


 艶めかしくペロリと舌舐めずりする彼女を見て、オレは〈アストラルオンライン〉をプレイして初めて心の底からの恐怖を感じた。


 クロは慌てて動き、かつてないほどに警戒するソラの横に並び立ち、彼女が何者なのかを尋ねる。


「あの人だれ? 知り合い?」


「………アイツのプレイヤーネームは『イノリ』といって、昔やっていたRPGスカイファンタジーでオレが加入していた〈黙示録もくしろくの狩人〉のメンバーの一人だよ」


「あの人が………」


「まぁ、旧友なんだけど見た目によらず変態だ。リアルは……まぁ、ちょっと色々と事情があって会う機会はなかったんだけど、ゲーム内では変わりないみたいだな」


 紹介するとイノリは、右手をシュタッと大きく上げてクロに自己紹介した。


「どうも、ソラ君の恋人のイノリなのじゃ」


「こいびと!?」


「おいこら、ウソをつくな。おまえと違ってクロは素直で真面目なんだから、信じるだろうが」


 呆れて訂正すると、隣に並び立つパートナーがホッとした顔をして胸をで下ろす。


 その様子を見ていたイノリは、ふーんと興味深そうな視線をクロに向けた。


「………この子が今のソラ君のパートナーなのじゃ?」


「は、はじめまして、クロです」


「ふむふむ、これはソラ君が好きそうな真面目なタイプなのじゃ。どうやら正妻戦争も熾烈しれつきわめめそうなのじゃ」


「せ、せいさいせんそう?」


 正妻戦争とは、ソラに一番相応しいパートナーを決めるべく、過去にタッグを組んだ事がある女性達で繰り広げられている戦いの事らしい。


 イリヤがいなくなってからは停戦状態と聞いていたが、彼女の口振りから察するに未だに続いているのか。


「変な戦いにクロを巻き込むなよ。……それで〈天目一箇テンモクイッコ〉の団長さん、普段は引きこもりしてるって聞いてるおまえが、なんでこんなところにいるんだ」


 いつまでも向こうのペースに合わせていると話が進まないので、単刀直入に尋ねると、イノリは大きな胸を張ってこう言った。


「ふふん、たまには外の空気吸ってこいってキリエに怒られて、ホームから叩き出されたのじゃ!」


「お、おう………」


 実にしょうもない理由に、オレはなんて反応をしたら良いのか分からなかった。

 

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