第147話「ジョブクエスト」

 ジョブクエスト。


 この存在に気がついたのは海の国〈エノシガイオス〉に到着して、どんなクエストがあるのかパートナーのクロ──リアルの名前は黎乃くろの──と二人で一通り確認して、終夏祭があるからとログアウトする前の事。


 職業のスキルポイントが【140】ポイントも貯まっていたソラは、このまま放置しているのも勿体ないから新しい職業に転職でもするか考えていた。


 しかし付与スキルは、他の職業で運用するとMPが1、5倍も消費するとても重たいスキルに変わってしまう。


 そうなると、せっかくここまで育てたスキルが、マトモに使えなくなる。


 それは避けたいなー、とベッドの上であれこれ悩みながら、目の前に表示したウィンドウを操作している時の事。


 ふと職業の項目に指が触れると、目の前に開いているのとは別の一枚のウィンドウ画面が出現した。


 何事かとびっくりしたソラが確認してみると、そこには【SPを100消費することでジョブクエストを開始します】と表示されていたのだ。


 これは何だと“サポートシステム”の〈ルシフェル〉に尋ねてみたら。


 実は職業のクラスを一段階上げるクエストの開放条件の一つに海の国〈エノシガイオス〉に到着するのが必要だったらしく、それで開始する事が出来るようになったと彼女?は語った。


 どうしてサポートシステムなのに、この国に到着した時に教えてくれなかったのか。


 聞いてみると〈ルシフェル〉は無機質な少女の声で「今まで忘れてましたテヘペロ」と一体どこで覚えたのか実に腹が立つ返答をしてくれた。


 コイツは本当にもう……。


 ピキピキとこめかみに青筋が浮かんだが、相手は姿なきサポートシステム。

 いくら文句を言ったところで、反省なんてするわけがない。


 〈ルシフェル〉に対する苛立ちを早々に諦めて放棄したソラは、取り敢えずこの〈クラス開放〉に関して、他のメンバー達にも共有しておいた。


 みんな流石に驚いていたようだけど、呪いの副作用によって獲得スキルポイントが4倍になっているオレと違い、一般プレイヤーがスキルレベルをカンストするにはレベル100にならないといけない。


 そこからクエストを開始するのに100ポイント消費することを考えると、レベルは合計で105まで上げる必要がある。


 一番近いのはレベル60のクロだけど、それでも後45もる事を考えると、一般プレイヤーがレベル100に到達するのはかなり時間が掛かるかも知れない。


 とりあえず先駆者としてオレがやらなければいけないのは、ジョブクエストの内容とはどんなものだったのか。


 クリアすることで、設定している職業はどうなるのか。


 この二点を簡潔にまとめて、攻略メンバー達に教える事だろう。



「というわけでレッツジョブクエスト!」



 軽い気持ちでポチッとウィンドウに表示されている二択の内【Yes】をタッチすると、貯めていた100ポイントが一気に消費される。


 同時に周囲の景色が変化して、ソラは真っ白い四方系の広い訓練部屋みたいな場所に、一人だけポツンと立っていた。


 オマケに身に着けているのは、このゲームの初期装備のシャツとズボンに、片手用直剣のノーマルソードが一つ。


 次に目の前にウィンドウ画面が出現。


 記載されているのは、今から行う戦闘のルールで、軽く目を通してみるとそこにはこう記されていた。

 

 【ジョブクエストルール】


 ・敵を固定されている装備に付与スキルを使い勝利する事。


 ・敵に敗北しても一週間後に再挑戦が可能。


 ・敵に敗北しても天命が消費される事はない。


「装備が固定されているねぇ………」


 何もない空間をタッチして、ステータス画面を開いてみる。


 試しに変更してみようとするが【このルームにいる間は変更できません】とエラーメッセージが出て変更をキャンセルされた。


「装備の変更は不可、初期装備なのはプレイヤーの純粋な腕前を試すためかな?」


 なるほど、中々に考えられている。


 負けても天命残数が減らない上に、一週間後に再挑戦が可能なのは、かなり優しい仕様だ。


 設定されているスキルを、ウィンドウ画面を開いて確認してみる。


 取得していた付与スキルと片手用直剣の攻撃スキルと、ショップで購入したスキルも全てロックが掛かっていた。


 今使用できるのは新たに追加されている装備付与スキルと呼称されている〈強度上昇付与〉〈鋭利上昇付与〉〈急所率上昇付与〉の三種類だけ。


 仕様としては今まで使用していた〈基礎付与スキル〉と違い、一度付与したら解除されるか上書きされるまで永続で発動し続けるらしい。

 

 消費MPは〈軽減スキル〉の効果が今は無いので一律100ポイント消費するみたいだ。


 オレのMPが最大で650なので、3回まではミスしても大丈夫だろう。


 次に自動で開かれたウィンドウ画面を確認してみると、装備に付与できる数が装備のランクごとに違う事が分かった。


 一番下のFで【一枠】そこからクラスが上がるごとに一つずつ増えて、最大で10枠まで増える仕様になっている。


 今手元にあるのでは一つまでしか付与出来ないので、つまり冷静に敵の動きに対応して、適切な付与をしないといけないという事。


 そう思っていると、目の前に出現したのは全身に鎧を装備した人型の兵士だった。


 モンスターじゃないのか、と思いながら剣を構えると、相手も手にした片手用直剣を構えて見せる。


 意思のない視線が、かぶとの隙間からこちらを伺う様子は不気味だ。


 すると先に動いたのは、ソラではなく相対する騎士の方だった。


 剣を手に突っ込んできた敵は、大きく振り被って、上段から下段に刃を鋭く振り下ろす。


 動きは見たところ、かなり素早い。


 真っ直ぐに単純に振り下ろしてくるのを冷静に見きったソラは、自身が手にする剣に〈強度上昇付与〉を発動。


 敵の一撃を抜刀と同時に絶妙なタイミングで側面を狙い、振り抜いた刃で大きく切り払う。


『ッ!?』


 火花が散るエフェクトと共に、振り下ろした一撃をあっさり打ち返された騎士は、大きく姿勢が崩れた。


 立て直す時間は与えないと〈強度上昇付与〉を〈鋭利上昇付与〉で上書きしたソラは、剣を構えて上段から鎧の隙間を狙って一閃。


 騎士の剣を手にしていた右腕が、鎧の無い第二関節を切断されて宙を舞う。


 容赦のないソラは〈急所率上昇付与〉を最後に発動させて、使い慣れた〈ストライクソード〉の構えを取る。

 もちろん、これは形だけを真似たモノだ。新しい付与スキル以外を制限されている今は、ここからスキルの発動エフェクトは発生しない。


 しかし、これまで同じ技を何度も使用してきた経験をフルに活用するソラは、限りなくスキルに近い動きを再現する。


「ハッ!」


 右足を前に踏み出して、強く地面を踏みしめた力を余すことなくひねりを入れて上半身に。


 腰だめに構えた右手の剣を、螺旋らせんを描きながら全力で騎士の鎧の無い喉に向かって突き出す。


 とっさに防御しようとした敵の左腕を力技で弾き飛ばし、勢いをそのままに容赦なく喉を貫いた。


 クリティカルヒットの発生。大ダメージを受けた騎士のHPが、一気に急減少を初めて、そのまま0になる。


 光の粒子になる騎士を眺めていると、ウィンドウ画面が勝手に出てきて、ジョブクエストのクリアが通知された。


〘ジョブクエストの達成を確認。〈初級付与魔術師〉が〈中級付与魔術師〉にランクアップ。新たに〈装備付与魔術〉のスキルを開放しました〙


 装備付与魔術ということは、今後は所持している装備にも付与できるという事か。


〘はい、マスター。その通りです〙


「おお、ということは武器だけじゃなく〈リヴァイアサン〉から入手したコートとかが更に強くできるのか。……これってオレ強すぎないか?」


〘なにか問題でもあるのでしょうか?〙


「いや、別にないんだけど。ありそうなのは、オレに〈付与〉を頼んでくる奴が殺到してきそうってくらいかな」


〘それは面倒そうですね〙


「はぁ……師匠達には話すけど、黙っててもらう必要があるな。バレるとかなり面倒そうだ」


 また一つ増えたバレるとヤバい問題に頭痛がすると、クエスト専用ルームから元の宿屋に戻ったソラは、ログアウトする事にした。

 

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