第146話「ラブコメは唐突に」

 あの後、黎乃達と合流して思いっきり祭りを楽しんだ蒼空達は、最後の花火を見終わると自宅に帰った。


 本日は黎乃は家にお泊りとの事で、リビングのソファーに腰掛けて短パンと半袖のシャツに着替えたオレ。

 ルームウェアに着替え、肥満体型の飼い猫のシロを抱っこした詩織しおりと、蒼空の近くでは黎乃くろのくつろいでいる。


 そういえばいよいよ学校が始まるのだが、黎乃はどうするのだろう。


 彼女の年齢は12歳、まだ中学生くらいで義務教育中だと思うのだが、まさかこちらでも家でHIKIKOMORIされるのだろうか。


 蒼空が疑問に思って尋ねてみると、黎乃は嬉しそうな顔をして、一枚のシルバーカラーのカードをウサギさんの形をしたバッグの中から取り出した。


「蒼空が寝ている間に、冒険者権限で受けた試験に合格したから、来月から同じ神里高等学校に通う事になったよ」


「は?」


「後で試験の内容見せてもらったけど、私全く分からなかったわ。それを黎乃ちゃん、全部満点を取るほど頭良いのよ。

 オマケに詩乃さん達に勉強教えてもらってたみたいで、内容はもうお兄ちゃん達が習ってる所まで進んでるらしいわ」


「は?」


 黎乃と詩織の言葉に対して実に語彙力ごいりょくのない、間の抜けた声を出す蒼空。


 カードを受け取ったオレは、目をらして、本物なのか確認してしまう。


 すると確かに自分が持っている神里高等学校の学生証と全く同じで、名前のところが小鳥遊黎乃と書かれていて、証明写真には女子の制服を身に着けた彼女が載っていた。


 なんで同じ年代の中学生じゃないのかと聞いてみると、黎乃はソファーに両手をついて前のめりになり、素直に教えてくれる。


「女の子になった蒼空を、サポートする人が必要だって詩乃が言ったの」


「体育の授業とか水泳の授業の時に困るでしょ? 真司君と志郎君もそこは手を貸せない部分だから、見学するとしても万が一の事を考えて、側に誰か女の子がいたら良いなと詩乃さんと話してたら、黎乃ちゃんが立候補したの」


「蒼空の為に、がんばった!」


 黎乃は両手で握り拳を作って見せ、目尻めじりり上げてキリッとした顔をしてみせる。


 なるほど、つまり彼女はオレの為に高校の試験を受けて、見事に合格してみせたと。


 ああ、まったくこの小さな相棒は。


 めてと言わんばかりに、此方に視線を向けてくる黎乃。


 彼女の好意に胸が熱くなり、先程親友達の前で決壊したばかりの涙腺がまた緩くなるのを感じると、蒼空はそれを誤魔化ごまかすために少女の頭をワシャワシャと乱暴に撫でた。


「ちょ、そらぁ!?」


 少し困り顔をした彼女に、蒼空は手を止めて微笑を浮かべると、お礼を口にした。


「ありがとう、黎乃」


「……えへへ、どういたしまして」


 照れくさそうに黎乃は笑い、頬を少しだけ赤く染める。


「それにね。蒼空と一緒なら、また学校に行けると思ったの」


 ああ、そういえばそうだった。


 両親が消えた後に、その事を誰にも信じてもらえなくて、黎乃は引きこもりになったのだ。


 望んでなったのではなく。


 助けを求めて、伸ばした手を誰にも掴んでもらえなくて、絶望して周りに溶け込むことが出来なくなった少女。


 一度はどん底まで落ちた彼女が、また勇気を出して一歩を踏み出す。

 オレが側にいることで、その助けになるのならば、いくらでも協力してあげよう。


「正に持ちつ持たれつの関係だな」


「パートナーだからね」


「そうだな。心強いパートナーがいてくれて、お兄さん嬉しいよ」


 今度は優しく頭を撫でてあげると、黎乃は気持ちよさそうに受け入れる。


 そんなやり取りをしていると、近くにいた詩織が、不意に蒼空の顔面に手にしていたクッションを投げつけた。


 油断していたオレは顔面で受け止め、クッションごとソファーの上に仰向けに倒れる。


 詩織は一体何が怒りに触れたのか、笑顔でこめかみに青筋を浮かべていた。


「し、詩織さん?」


 思わず敬語で名前を呼ぶ蒼空に、詩織は笑顔のまま冷ややかに応える。


「いやー、なんでかしら。典型的な熱いラブコメを間近で見せつけられると、こんなにも腹が立つものなのね」


「ら、ラブコメ……?」


「むぅ、無自覚なところが余計に腹立つわ。これを天然ジゴロというのよ、黎乃ちゃん」


「蒼空って、ゲームではあんなにもすごいのに。恋愛とかリアルになると、とても鈍くなるのなんでだろ……」


「え、えー」


 詩織に黎乃が同意する事で、オレは謎の窮地に立たされる。

 ラブコメと申されても、黎乃は感覚的には妹みたいな感じで、恋愛かと言われると微妙な気がするのだが……。


 冷ややかな視線と不思議に思う視線。


 異なる意味を持つ二つの視線が突き刺さり、蒼空は額にびっしり汗を浮かべると、気圧されて後ろに下がる。


 やがて耐えられなくなると。


「ちょっと今から〈アストラルオンライン〉で確認したい事があるから……し、失礼します!」


 圧倒的不利を悟った蒼空は反転して、その場から戦略的撤退をした。





◆  ◆  ◆





 蒼空は頭がすっぽり収まるサイズの器具、VRヘッドギアを装着するとベッドに横たわり「ゲームスタート」と口にする。


 すると器具は音声に応じて起動、ユーザーの脳に直接接続して仮想の五感情報を与え、仮想空間を生成する。


 現実と見分けがつかない世界に降り立ったのは、リアルと全く同じ姿と形をしたアバターの銀髪碧眼の少女。


 ──上條蒼空は、冒険者ソラとして目を覚ます。


 目の前に広がっているのは、先程までいた自室ではない。そこは白い天井と白い壁、床は板張りで高価そうな家具が揃えられている上質な一室だった。


 ここは海沿いにある大国〈エノシガイオス〉にある冒険者の宿だ。


 有名人であることを考慮して、セキュリティの高い一室を相棒の黎乃ことクロとレンタルしたのだが、どの部屋も二人用のダブルベッドしかない欠点がある。


 身体をゆっくり起こしたソラは、ベッドから降りるとアバターとの同期を確認する為に、軽くストレッチを開始した。


 面倒な作業だけど、ごく稀(まれ)にアバターの動作にズレが生じる時があるので、これは大事な一手間だ。


 一通りアバターを動かした後に動作に不備が無いことを確認すると、ソラは改めて何もない空間をワンタッチしてウィンドウ画面を表示。現在の自分のステータスと装備を確認した。


―――――――――――――――――――――


 【冒険者】ソラ

 【アバタータイプ】S型

 【レベル】65

 【職業】付与魔術師

 【スキルレベル】100『残140P』

 【HP】1300

 【MP】650

 【筋力】65

 【片手剣熟練度】100

 【積載量】265+20


 【上半身装備】

 ・水精霊のシャツ

 ・エンヴィー・オブ・ダークネスコート


 【下半身装備】

 ・水精霊のズボン

 ・水精霊のブーツ


 【アクセサリー】

 ・精霊の腕輪

 ・効果【スキルMP消費の5P軽減】

 ・ファフニール王家の指輪

 ・効果【積載量+20】


 【総防御力】

 ・B

 【右手】

 ・白銀の魔剣+10


 【左手】

 ・無し


―――――――――――――――――――――


 装備の更新は殆どしていないので、ステータスの変化は全くない。

 強いて言うのならば、水中活動が可能になるスキルが付与された水精霊の上下ワンセットの服を購入した事だろうか。


 それと以前に〈魔竜王〉ベリアルを倒したことによってソラのレベルは65になり、付与魔術師のスキルレベルと同じように、片手剣の熟練度も遂に100の大台に乗っている。

 ここからは熟練度が10上がるごとに、選択で【スキルの取得】か【スキルの強化】ができるようになり、オレは垂直強撃スキル〈バーティカルスラッシュ〉と水平強撃スキル〈ホリゾンタルスラスト〉の二択から前者を選んだ。


 理由としては、垂直強撃の使い勝手が良さそうというのが主である。

 サポートシステムの〈ルシフェル〉いわく、上下どちらでも発動できるらしいので、今後の戦闘が楽しみだ。


「さて、本題に入るとするか」


 新しいスキルに胸を躍らせながら、ソラは職業をタッチすると一つの新しい画面を表示させる。

 確認したい事があるというのは、溶岩地帯で遂に上限に達したオレの職業、付与魔術師の事。


 新しい画面には【SPを100消費することでジョブクエストを開始します】と表示されていた。


 さて、さらなる高みに至る物語りの始まりだ。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る