第143話「サヨナラ竜の国」

 全てが終わると、疲労の限界に達したソラ達は一度ログアウトして、現実世界に戻って来た。


 一応窓の外を確認してみたら、地面いっぱいに咲いていた〈リフラクトリィの花〉は光の粒子になり、幻想的な景色が広がっていた。

 同じくログアウトした妹の詩織に呼ばれて一階に降りると、テレビでは緊急生放送が行われていて。

 そこでは神様の白髪少女エル・オーラムが、冒険者達の活躍により危機が去ったことを報告していた。


 画面が切り替わり、アナウンサーやコメンテーター達が話す中。


 今回も誰が撮影したのか〈魔竜王〉との手汗を握る攻防の様子が映し出され、激戦の末に勝利した冒険者達を最後には皆で褒め称えていた。


 取り敢えずこれで、二度目の現実世界の危機は去ったのだ。


 疲れ果てた蒼空は気絶するようにリビングで倒れると、次に目が覚めたのはなんと、


 ───1週間後だった。


 どうやら色々と溜め込んでいた疲労が、遂に爆発したらしい。


 病院のベッドで目が覚めるとクロがわんわん泣くし、妹の詩織からは無理していた事を怒られるし、師匠の詩乃からは自己管理が出来てないと怒られた。


 と言っても無理していた理由がイリヤ絡みだった事は、祭りのあの場にいた二人は理解している。


 病室のベッドの上で正座をしたオレは、ちゃんと話をして“イリヤと再会する約束をした”事を伝えると彼女達はそれ以上は何も追求しなかった。


 真司と志郎からの心配のお声に関しては良い機会だったので、取り敢えず詩織と詩乃に話した内容を、そのままオレは伝える。


 流石にベータプレイヤーの件に関しては、最初は驚いた様子だったけど、世界がこんな有様なので二人共すぐに納得してくれた


 それから直ぐに退院して家に帰ると、冒険者ソラとして〈アストラルオンライン〉に再度ログイン。


 当然ながら制限時間が過ぎて、オレのアバターは白銀の少年から少女に戻っている。


 城で割り当てられている部屋をクロと一緒に出ると、そこを狙いすましたかのようにオッテルとアリスとサタナスの三人に捕まり、ソラ達は見知らぬ部屋に連行された。


 〈洞察〉のスキルで看破したその部屋の名前は、見間違いでなければ宝物庫と表記されている。

 何重ものロックが施された仕掛けを解除しながら、オッテルは苦笑して「魔竜を討ち取った英雄に、褒美を受け取らないで去られたら国王として立つ瀬がありませんでしたぞ」と言って扉を開けた。


 中に入ったソラとクロを待っていたのは、換金したらいくらになるのか想像もつかない財宝の山。

 しかし換金してエルにしかする用途のないモノには、オレは全く興味がない。


 それはオッテルも理解しているのか、財宝達を無視して奥に進むと、そこにはいくつか通常手段で入手することのできないアイテムが沢山あった。


 ソラはクロと共にゲームにおいて、報酬を一つだけ選ぶという最も楽しく、そして悩ましい問題と対峙すると。


「これを貰います」


「わたしも、ソラが選んだこれかな」


 オレとクロが選んだのは〈竜の秘薬〉という何だか紫色の怪しい液体が入った瓶。

 効力は飲むことで、冒険者のスキルスロットを一つだけ増やすことができるという代物。


 その場で口にした二人は悲しいほどに不味い液体を何とか飲み干すと、目の前に出現したウィンドウ画面に表示された三つの項目から迷わずに〈補助スキル〉をタッチ。


 スキル枠を5つから6つに増やした。


 軽い昼食をした後に城の外に出た二人は、英雄を夜のパーティーでもてなしたいというオッテルの提案を丁重にお断りすると、先ずは彼に礼を言った。


「報酬ありがとうございました。これで魔王シャイターンを倒す為に、また一歩強くなれたよ」


「今でも十二分に強いと思われるが、いやはや常に向上心を忘れない英雄というのは、末恐ろしいものだ」


「なんせオレは負けず嫌いだからな。次に会うときは、魔王を思いっきりギャフンと言わせたいんだ」


 笑って答えると、ソラは次にアリスとサタナスと向き合う。


 見目麗みめうるわしい、お揃いのドレスを身にまとう竜の姉妹。


 オレが眠っている間に、オッテルは竜の巫女の力を持つサタナスが王家の者──ファフニールの直系の姫である事を公表して、実の娘だという事を国民に知らせた。


 全ての国民は彼女の存在を受け入れて、その日をオッテルが『記念日』として盛大に祭りを開いたらしい。


 今ではサタナスは〈魔竜王〉ベリアルから国を救った一人として、国民から多大な支持を得ているとの事。


 ちなみにゴースト竜王殿が率いる謎の部隊は、稼いだエルをまるごと国に寄付して成仏したと聞いている。

 あの爺さん、結局のところやりたい放題して帰っただけな気が……。


 何とも言えない顔をしていると、いつも強気なアリスはしんみりした雰囲気で、いつも笑顔のサタナスは瞳に一杯の涙を溜めて泣きそうな顔をしていた。


 美しい二人の姫にそんな顔を向けられると、何だか胸がチクリと針で刺されたかのような痛みを感じてしまう。


 なんて話を切り出そうか少しだけ悩むソラに、アリスがおもむろに口を開いた。


「……もう行ってしまうのね、ソラ様」


「ソラとクロちゃん、どっか行っちゃうの……?」


「ああ、オレ達にはやらないといけない事があるからな。名残惜しいけど、次に進まないと」


「ごめんね、サタナスちゃん。でもまたいつか、きっと会いに来るから」


 サタナスの涙につられてクロが泣きそうな顔をして、彼女の頭を撫でる。


 一番幼い少女は、耐えられなくなって瞳から涙をこぼしながら、隣りにいるアリスにしがみつく。

 アリスは姉として声を殺して泣く妹を抱きしめながら、ソラ達に礼を言った。


「本当に色々とお世話になったわね。貴方達には、感謝をしてもしきれないわ」


「こちらこそ、楽しかったよ」


「ええ、我も楽しかったわ」


 少しだけ見つめ合うと、アリスはこほんと咳を一つして、頬を赤く染めた。


「……やだ、我もアリアの事を言えないわ」


「うん?」


「以前に聞かれた貴方の元の姿の評価だけど、こっそり教えてあげるから、ちょっと此方に近寄りなさい」


 そういえばそんな話をしたな、と思ったソラが素直に間近まで歩み寄る。


 何やらクロが慌てた様子で「ソラ、ストップストップ!」と制止するが、何の警戒もなく耳を差し向けたオレの頬に、不意に軽く何か柔らかい物が触れる。


 それがアリスの唇だということに、少し遅れてから気づいたソラは、びっくりして後ろに下がった後に顔を真っ赤に染めた。


「は、ふぇ!?」


 困惑するオレに、照れ隠しに小悪魔的な笑みを浮かべた竜のお姫様は告白する。


「好きよ、ソラ様。貴方が良ければ我と正式に婚約しない?」


「んなぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」


 何やら悲鳴のような雄叫びのような声を上げながら、鋭い目つきをしたクロがソラとアリスの間に割り込む。


 サタナスがいるので、以前のアリアの様に取っ組み合いが始まらないのは良い事なのだが、二人の間では激しい火花が散るだけで済む。


 その一方で娘の突然の行為に、竜王オッテルは驚くことなく冷静に指を鳴らすと、何処からか現れた大臣っぽい人が書類一式を用意してくる。


 手際が良いな、と思いながら深い溜め息を吐くと、ソラはアリスの告白を丁重にお断りした。


「ごめん、アリスの気持ちは嬉しいけど、オレは冒険者だから無理だよ」


「それなら旅が終わったら、チャンスはある?」


「ノォーッ! そ、ソラはわたしのなんだから!」


 パートナーと婚約は意味が全く違うと思うのだが、クロが首を激しくブンブン横に振りながら否定する。


 その様子が可笑しくて、思わずクスッと声をもらすと、アリスも似たような顔をしていた。


「むぅ、二人ともなんで笑ってるの!」


「いやいや、頼りになる相棒殿は今日も可愛いなと思いまして」


「クロ様、ちょっと良い?」


 何やら手招きするアリスに、クロが歩み寄る。

 竜の姫が彼女の耳に何かささやくと、クロは慌てた様子で戻ってくるなりオレの右腕にしがみつく。


 一体何を言われたのか尋ねてみると、クロは首を横に振るだけで、答えてはくれなかった。


〘マスター、メッセージが来てます〙


 おや、これはシオからだ。


 内容に目を通したところ、次の国についたら早急にログアウトしなければと判断する。


「それじゃ、そろそろ行くよ」


「アリス、サタナスちゃん、ばいばい!」


「ええ、本当に色々とありがとう!」


「……また、また会いに来てね!」


 感極まり瞳から涙を流す二人の竜姫とその横に並び立つ国王に見送られて、二人の冒険者は背を向け歩き出す。


「アリスとサタナスちゃん、大丈夫かな」


 と、隣を歩くパートナーの少女が心配するので、ソラは大丈夫だと確信をもって答える。


 何せオレの目には、彼女達が偉大なる巫女の母から、守りの加護を付与されているのが視えているから。


「それなら大丈夫だね」


「ああ、母親ってすごいよ」


 ソラとクロは顔を見合わせて笑うと、次の国に向かった。


 大切な思い出を、また一つその胸に抱いて。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る