第三章〜海の国編〜

第144話「少年と親友」


 8月29日の日曜日。


 神里市には終わる夏を送る行事として、夏休みの最終日曜日に毎年、神里川の通りに沿って屋台が立ち並ぶ。


 この行事の名を上里かみさと終夏祭しゅうかさいと呼び、沢山の人達が参加する夏の大イベントである。


 つい最近ゲームの中とはいえ、国レベルの大きな屋台クエストを頑張った自分としては、やはり一般人として参加して屋台巡りをしているだけの方が気楽だ。


 着替えを終えると、上條かみじょう蒼空そらは長い白銀の髪を束ね、簡単なポニーテールに結い上げる。

 服装は、いつもの半袖のパーカーに短パンというラフな姿ではなく、妹の詩織と共に購入した男性用の黒色のジンベエを身に纏っていた。


 鏡に映る現在の姿を見て、蒼空はため息混じりに大きな深呼吸をした。


 もう一ヶ月もの月日が経とうとしている。

 だが目の前の鏡の中に映っているのは、本来の姿である黒髪と黒目の平凡な男子高校生ではない。


 黒いジンベエに良く似合う白銀に輝く髪。つぶらな碧い瞳に、よく整っている小さな顔。

 身長は小さく150前半しかないお子様体型だけど、顔だけなら間違いなくテレビに出ているアイドル以上の美少女がそこにいる。


 どうして少年が少女に性転換しているのか、その答えは目の前にある頭に装着するヘルメット型に入っている一つのゲームが原因だ。


 今年の夏に発売された、新作のVRMMORPG〈アストラルオンライン〉。


 そのゲームをプレイした事で始まった、オレにとって一つの悪夢。


 蒼空は初めてプレイしたデータだというのに、全ての過程を無視してレベル1のアバターでラスボスである魔王シャイターンと戦闘するムリゲーに放り込まれた。


 奮闘するもあっさり負けたオレは、呪いを与えられ、ゲーム内で設定していた男性キャラから銀髪碧眼の美少女に変異していたのだ。


 オマケにゲームの影響は、蒼空の身体だけではなくリアルの方にまで現れて、先月の下旬と今月の半ばで合わせて二回も人類は危機におちいった。


 一回目は、地上を森が覆い尽くしそうになり。


 二回目は当たり一面が花に埋め尽くされ、地面が割れてマグマが噴出するようになった。


 自分を含め沢山の冒険者達の奮闘がなければ、きっと世界は今頃は森になっていたか、道端で常にマグマが噴出するような地獄絵図になっていたかもしれない。


「今度は、どんなヤバいのが現実になるんだろうな……」


 窓の向こう側、遥か彼方の北太平洋のど真ん中にそびえ立っている、この現実世界に顕現した巨大な世界樹〈ユグドラシル〉に視線を向ける蒼空。


 森と溶岩地帯と来て、次のマップは荒原を抜けた先にある大きな国がある海マップだ。


 海といえば、海水。


 まさかリアルの海の水位が上がるなんていう、一番逃げようのない事態にはならないよな。


 そんな事を考えていると、扉が軽くノックされて「蒼空、入っても良い?」とハトコの小鳥遊たかなし黎乃くろのが声を掛けてくる。


 入って良いよ、と答えると中に入ってきたのは、今の自分の写身のような白銀の美少女だった。


 髪型は邪魔で適当に結んだ自分とは違い、ちゃんと綺麗に編み込んでアップにしている。

 普段は見えない細いうなじが見えると、ついドキッとしてしまうのは、純粋な男子の心がちゃんと残っている証拠。


 しかし注目すべきところは、他にもある。男物を意地で着ているオレと違い、ちゃんとした女の子である黎乃は、水色の生地にひまわりの柄の浴衣を身に纏っていた。


 100人に聞けば、100人全員が美しいと答える少女の姿のインパクトは凄まじい。


 か、可愛い……。


 語彙力が消失してしまった蒼空は、思わず見とれて呆然となると、黎乃は少しだけ恥ずかしそうに頬を赤く染めて、クルッとその場でモデルのように回ってみせた。


「えへへ、どうかな?」


「とても似合ってるよ、黎乃」


「ほ、ほんとうに?」


「うん。こんな女の子が歩いてたら、絶対に声を掛けるくらいには可愛い」


「やった!」


 何やら握り拳を両手で作り、喜びを表現する浴衣姿の黎乃は、そのまま蒼空に歩み寄り手を繋いだ。


「みんなが呼んでたから、一階に行こう」


「ああ、わかった」


 取り敢えずスマートフォンを手に取ると、蒼空は黎乃の手を握り返して一緒に一階に向かった。


 よし、気合を入れなければ。


 何せ今日オレは、





 ───遂に、親友の二人とリアルで会うのだから。





◆  ◆  ◆





 約束した時間の一時間前に到着すると、蒼空は緊張した面持ちで、その時が来るのを待っていた。


 家を出る際に一緒にいた、黎乃を含む他のメンバー。

 妹の上條かみじょう詩織しおり月宮つきのみや詩乃しのが率いるプロゲーマーチーム〈戦乙女ヴァルキュリア〉の女性達には、少し離れた所で待機してもらっている。


 一人となった白銀の少女がいるのは、滑り台と二つのブランコしかない、実にシンプルな公園。


 滑り台は木製のアスレチックではなく、シンプルに階段を上って滑り落ちるだけの作りをしていて、休みの日はよく子供達がぐるぐると鬼ごっこで上と下を行き来している。

 もちろん蒼空と真司と志郎の三人は、自宅でひたすら〈スカイファンタジー〉をプレイしていたので、そんな運動するような遊びはしたことがないが。


 蒼空は、主に子供と遊び疲れた親が休憩する用となっているベンチに腰掛けて、その時が来るのを待つ。


「こんな姿になったオレを見たら、あいつ等どんな顔するんだろうな……」


 ゲーム内では見慣れているので、もしかしたらそこまで驚かないかも知れない。


 そうだったら良いな。


 そうであって欲しいな。


 小さな希望を胸に抱きながら、心は少年の白銀の少女は吐息を一つ。


 夕焼けの空をぼんやり眺めていると、昔ここで三人で初めて出会った時の事を思い出した。


 蒼空は視線を地面に落とし、記憶をさかのぼらせる。


 アレは、今から六年前の事。


 発売したばかりのVRMMORPG〈スカイファンタジー〉を購入して、このベンチで一休みしていると二人の少年が、やたら疲れ切った顔をして隣に座ってきた。


 まるでクソゲーに親を殺されたような顔をして一体どうしたのかと尋ねると、二人は変な人を見るような顔をしたが、おもむろに語りだした。


 真司はVR世界大会常連の〈高宮槍術〉を代々受け継いでいる家の長男として、毎日父親から他の子供と遊ぶ事も許されない鍛錬に嫌気が差したらしく。


 志郎はその容姿から女の子に囲まれる毎日に辟易へきえきしていて、かといって当時はクラスの男子からはうとましく思われているサンドイッチ状態に疲れたらしい。


 そんな王道ゲームのテンプレのような悩みを持っている二人に、少しだけ考えた後に蒼空はこう言った。


 良し───オレが何とかしよう!


 あの時の「は?」と綺麗に重なった二人の唖然あぜんとした顔は、今でも鮮明に思い出せる。


 だけど蒼空は、本気だった。


 真司の父親には当時、VR対戦ゲームの世界王者となる前の詩乃から教わった数々の技術を駆使して、互角の戦いを繰り広げた末に勝利する事で“槍術以外を学ぶ事で広がる強さの可能性”を示す事でオレとゲームする事を許してもらい。


 志郎に関しては、同じ小学校だったので真司と二人でクラスから連れ出してやった。


 二人共抱えている問題は、クソゲーに比べたら実にシンプルだったので、解決するのは実に簡単だった。

 その代わりにボッチだった蒼空が二人に求めたのは〈スカイファンタジー〉を一緒にプレイする事。


 あの時、初めてファンタジーの世界を見たアイツ等の驚いた顔は、今も画像フォルダにちゃんと残している。


 と、そんな思い出に一人で浸っている所に。


 誰かが公園の砂の地面を踏みしめながら、ゆっくりと歩み寄ってくる。


 音が二人分、一定のリズムで近寄ってくると、それは左右で止まり。


 あの時と同じように、両隣に二人の少年が腰掛ける。


 心臓が、大きく脈動した。


 恐る恐る地面に向けていた顔を上げて左右をチラリと見ると、そこには予想していた通りに。


 二人の少年───高宮たかみや真司と上月こうづき志郎が、どこか呆れた顔をしていた。

 

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