第142話「竜の庭園の決戦⑥」
残り三割のHP。
先程まで黄色だった〈魔竜王〉ベリアルのゲージの色は、危険領域を表す真っ赤に染まり、死が間近に迫っている敵がバックステップで後ろに下がる姿は、どこか焦りのようなものを感じさせた。
VRMMORPGのボス戦において、この状況で三割というのは、少ないように見えて削り切るのは大変である。
通称〈レッドゾーン〉と呼ばれ、プレイヤーとモンスター、両者にとっても正念場となる区間だ。
数多のプレイヤー達が、ボスモンスターのHPを残り1まで削って力尽きるのは、もはや通過儀礼のようなもの。
そういった現象は妖怪一足りないのせいであり、ソラも過去に妖怪によって倒し切れずに敗北した事が、数え切れないほどにある。
その最たる例は〈世界VRゲーム最難関クエスト〉の一つであるスカイファンタジーの裏ボスモンスター〈サタン〉だろう。
アレといずれ再戦する事を考えれば、目の前のコイツを倒せなければ話にならない。
胸中で過去最強の敵の事を考えながら、オレは敵を見据える。
防御力は先程の削り具合から、どのくらいの数値なのか、ある程度の推測は出来た。
〈魔竜王〉ベリアルを確実に
眼前に立ち
敵は自身を
五人は左右に散開して、地面を
すると大柄のニューハーフ、エマが人間サイズの大鎌を手に突進した。
ベリアルとの距離はかなり離れていたが、エマは鋭い瞬発力によって、あっという間に自身の間合いまで詰める。
「キェェェェイ!」
奇声を上げながら大鎌カテゴリーの攻撃スキル〈レイジ・サイズ〉でベリアルの胴体を切り裂くエマ。
だがHPは僅か数ドット減っただけ。
即座に離脱しようとする彼を、死角から迫っていた鋭い尻尾による一撃が叩き、エマのHPが一気に半分ほど削り取られる。
更にベリアルは、追い打ちに口から炎を吐くモーションを見せた。
「あ、ヤバイワン……」
「エマさん!?」
「アタシに構わないで、ボスを攻撃しなさいシノちゃん!」
「……ッ」
「後を頼むわ、リーダー」
フォローに動こうとするシノを止めると、エマは炎に呑まれて消し炭となる。
シノは両手に持つ新しい主武器〈日輪〉と〈月輪〉の刀の柄を強く握り締め、ベリアルに向かって疾走した。
「行くぞ、魔竜ッ!」
他の冒険者達は移動するので
切り札を使用した彼女は、電光石火の動きでベリアルの攻撃を避けながら高く跳躍すると、己の全力を込めたニ撃を放った。
「二刀流───〈
水属性を纏ったシノの鋭い二連撃が、敵の顔面に二つの線を刻む。
減少したHPは、現状で使える彼女の最大の威力を誇るスキルですら、数ドット削るのが限界であった。
〈魔竜王〉のHPは、二割になるギリギリのラインで止まる。
「ソラ、後を任すぞ」
少しの硬直時間に入ったシノの身体をベリアルは巨大な尻尾を振り回し、モンスター固有スキル〈テイル・シュラーゲン〉で殴り飛ばした。
「ガハッ!?」
スキル使用の硬直に入っていたシノは、無防備な状態で攻撃を
HPは九割減少した所で止まったが、動けない所から察するにスタン状態に
だがシノのおかげで、敵のHPはあと少しで二割になる。ソラが削り切る舞台ができるまで、もう一押しだ。
沢山の冒険者達が散り、遂に残されたのはオレとシオとクロの三人だけ。
このタイミングで
アイコンタクトで、準備を終えた事を二人に伝えるとシオとクロは頷いて、ソラを守るように先行した。
ベリアルが、三人を纏めて消し炭にしようと紅蓮の炎を広範囲に吐き散らす。
だが〈黒炎〉ではないのなら、オレが付与している最強の防御スキルが、その効果を発揮する事ができる。
先行する二人が〈パーフェクト・プロテクト・コール〉を発動、合わせて〈ソニックソード〉を使用して一つの砲弾になると迫る炎の壁を突破。
二人が作ってくれた穴を利用してソラも続いて突破すると、そこを狙い澄ましたベリアルが、渾身の力で大鎌を横薙ぎに振るう。
三人をまとめて狙ってきた敵の回避不能の一撃。それを見据えたシオが、クロと共に迫る大鎌に向かって行った。
「クロ、私が勢いを止めるから後はお願い!」
「わかった!」
シオは先行する形で向かい〈レイジ・スラント〉を発動。
右下から左上に駆け抜けた一撃が、スキルの発光エフェクトと共にぶつかり、重低音を響かせる。
歯を食いしばり、地面を強く踏みしめながら、自身よりも図体のでかい敵の斬撃の勢いを止めていく。
だが勢いを止めたとしても、敵の
斬撃を受け止めたシオは、そのまま地面をずり下がりながら、大鎌に押される。
しかし、彼女は一人ではない。
横から飛び出したクロが同じ〈レイジ・スラント〉を発動させて大鎌に叩きつけると、大きく切り払う事に成功。
姿勢が崩れたベリアルの姿に〈風之天使〉の隠しアビリティによってスキル硬直が軽減されているクロは、そこから更に〈アクセラレータ〉を使用して加速。ベリアルに急接近する。
風の天使となっている少女は〈エアリアル・ソニックソード〉を発動すると、不浄を
それによってベリアルのHPは更に減り、遂に二割以下となった。
いよいよ自身の命の危険が目の前までやってくると、魔竜は逃げるように後ろに大きく跳んだ。
「ソラ!」
「お兄ちゃん!」
相棒である少女と妹の言葉に頷き返して、白銀の少年は〈アクセラレータ〉よりも上位のスキル〈オーバードライブ〉を発動。
更に攻撃力上昇の上位スキル〈アンリーシュ〉を発動させる。
二人の横を駆け抜けたソラは、力強く応えた。
「ありがとう、後は任せろ!」
体勢を立て直すために一度下がったベリアルは、遠くから超高速で接近してくるソラの姿を見て、再び先程と同じように進路を塞ぐ炎を吐く。
だが跳躍の上位スキルを発動させたソラは地面を強く蹴り、その炎を軽々と跳び越える。
それを待っていたと言わんばかりに、ベリアルが身動きの取れない空中にいるソラを真っ二つにせんと大鎌を振り上げた。
迫る鋭い刃を冷静に見据えたオレは、上位スキルの本命の効果を利用して“そこから更に空中を蹴って”大鎌の一撃を回避。
空中跳躍。
それがこのスキルの真骨頂だ。
信じられない光景に驚いた様子のベリアルは、慌てて逃げようとするが。
そこでアリスとサタナスの祈りの力が更に強くなって、ベリアルの動きを阻害した。
ソラは心の内で感謝をして、決意を胸に闘争心に火をつける。
頭の中に思い浮かぶのは、この旅で共にあった姉妹の姿。
「二人の未来に、オマエは邪魔だ!」
彼女達の明日を守る。
此処に至る為に、沢山の人達から託された思いを己の力に変えて。
七大属性をトリガーに発動した対ボス用のスキルは、自分の〈
それにより、ソラの呪いの証である白銀の髪と金色の瞳は、一時的に漆黒に戻る。
純白と漆黒。二つの異なる極光を宿した魔剣は、この空間を大きく振動させる程の極限の力を解き放った。
そのスキルの名は──〈ヘヴンズ・ロスト〉。
天上すら滅ぼす、堕天使の一撃。
「これで、終わりだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」
落下しながらソラは、光り輝く剣を大上段に振りかぶり、一気に下段に向かって振り下ろす。
光を放つ白刃は、身動きの取れない〈魔竜王〉ベリアルが最後の足掻きとして吐き出した炎を切り裂き、そのまま急所である頭から股下にかけて一筋の線を刻んだ。
地面に着地すると、赤い鮮血のようなダメージエフェクトと共に、残っていた敵のHPが急減少を始める。
やがてニ割あったHPが全て無くなると、少しの間を置いた後に、刻み込まれた線を基点にして〈魔竜王〉の身体は、光の粒子になって竜の庭園に散った。
幻想的な光景に、その場にいた全ての者は目を奪われる。
訪れた静寂の後に、しばらくしてからボス戦に参加した全プレイヤーに通達されたのは、以前に一度見た事がある一つの英語表記だった。
【Event Quest Complete】
溶岩地帯の戦いも終わったのか、王国の壁の外から、ソラ達に届く程の大歓声が湧き上がる。
長い戦いが終わった事に嬉しさのあまり、駆け出した少女達がソラの背後からタックルをして押し潰す。
クロ、シオ、アリス、サタナスの四人に揉みくちゃにされながら、ソラは誰かに感謝された気がする。
しかし、その優しい気配は、風に乗って何処かに消えてしまった。
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