第141話「竜の庭園の決戦⑤」

 シノとシオの二人による〈挑発〉スキルの発動を無視して、ベリアルは標的を二人の竜の姫に向ける。

 システム的な読みをするのならば、アリスとサタナスのヘイトが〈挑発〉で上回る事が出来ないほどに高い事を意味するのか。


 今は二人に護衛は、誰も付いていない。


 オマケに祈りの姿勢で動けない状態で、彼女達は逃げる事すらできないだろう。


 〈魔竜王〉の口の端から真紅の火の粉が散るのを確認したソラは、不味いと思い騎士隊が彼女達の所に到着する前に、行動を少しでも遅らせようと〈アイス・ソニックソードⅤ〉を発動する。


 しかしそのタイミングで、ベリアルが右足を持ち上げると、いきなり地面を強く踏みつけた。


「ぐ……ッ!?」


「コイツ、こんな技まで!?」


 不意をつかれて反応が遅れたソラ達は、地面から発生した衝撃波を受けて、数秒間だけ身体がスタン状態になる。

 この場の全ての冒険者達の動きが、一瞬だけ止まった好機を逃さずに、ベリアルが二人の姫を殺す為にブレスを放った。


 炎は発射から着弾まで、数秒間だけだが猶予(ゆうよ)がある。


「させるかよぉ!」


 スタンが解けたと同時に〈火之天使〉の力で強化されたシンが〈フォルテ・アクアランス〉と、他の魔法隊が速度重視で準備していた〈アクアランス〉を一斉掃射する。

 HPが1割削れた程度だが、横からピンポイントで顔面に強い衝撃を受けたベリアルは、狙撃が大きく外れて危ない所で二人の横を通過した。


 邪魔をされて苛立ったのだろう。


 再度ギザギザした歯の内側から、火の粉を散らしたベリアルが、シンを含む魔法隊に狙いをつけると立て続けに炎を放射する。


「うげ」


「シンッ!?」


 少しの硬直状態に陥っていたシン含む、油断していた魔術師四人が炎に飲まれて、一撃で消し飛ばされる。

 パーティーメンバーの左上から、シンのアイコンとHPが0になって消えたのを確認しながら、ソラはシノ達と共に突進攻撃を一撃与えて、直ぐに攻撃範囲内から離脱した。


「クソ、マジかよ」


 合計7人による攻撃は、ベリアルのHPを僅か一割削った程度。

 とんでもない防御力の上がりっぷりと、シンを含む魔法隊が殺られた事に、思わず悪態をついてしまう。


「これで敵の防御力が下がってる状態なのか……ッ!?」


 更に言うのならばアリスとサタナスが、危険を犯して祈ってくれなければ、ここまでダメージを出す事すらできないのだ。


 最後の奥の手のスキルを使う事が、ソラの頭の中をよぎる。

 だけどもしも決めれなかった場合、スキルは長いクールタイムに入って使用不能になるし、長い硬直時間を強いられて自分は確実にベリアルに落とされてしまう。


 まだカードを切るのは早い。


 そう判断したソラはチラリと〈魔竜王〉ベリアルのHPが残り半分となった事を確認する。


 以前に戦った同種の個体〈嫉妬しっとの大災害〉と同じパターンならば、ここからヤツの特殊技が発動する可能性が高い。


 ソラが懸念していると案の定、敵が再び漆黒の炎をその身に宿して、大鎌おおがまをアリス達に向かって振りかぶった。


 モーションが思っていた以上に早い、これはキャンセルが間に合わない。


 二人の護衛に間に合い、大技が来る事を察知した〈ヘルアンドヘブン〉の副団長のソフィアと〈宵闇よいやみの狩人〉の副団長のアカツキは、顔を見合わせて隊員に指示を出した。


「アナタ達、盾になりに行くよ!」


「騎士隊、ロウ殿に最後を任せて行くぞ!」


「「「イェッサー!」」」


「皆さん!?」


 アリスとサタナスの前に展開していた騎士隊が、一列に並んで盾を構える。

 彼らの突然の行動にロウも困惑の色を見せるが、祈りで動くことが出来ない様子のアリス達を守るのに、他に手段が無いことを理解して口を閉ざす。


 その一方で縦一直線に並んだ陣形から、何をするのか理解したソラ達は、思わず息を呑んだ。


 まさかあの一撃を、自らを盾にする事で止める気か。



『オォォォ──ッ!!』



 ベリアルが、殺意を込めて大鎌を振り下す。解き放たれた漆黒の炎刃は、音速を越えて騎士達に迫った。


 彼らの大盾には〈ファランクス〉と〈パーフェクト・プロテクト・コール〉の重ね技。


 それですら〈防御スキル〉を無効化する黒炎の刃は一瞬だけ拮抗する程度で、あっさりと硬質の盾を豆腐でも切るかのように真正面から両断。

 直線に並んだ騎士隊は炎刃によって、次々に身体を切り裂かれて、光の粒子になり散っていった。


 雄叫おたけびを上げながらぶつかりにいった副団長の二人も、炎刃の進行を僅かに止めただけで消滅してしまう。


 残ったのは、たった一人だけ。

 心が高ぶるような献身けんしんを目に焼き付けたロウが、苦笑して自身に迫る炎刃を見据えた。




「ええ、そうですね。勇敢なる騎士の皆様に最後の砦を任された以上、ボクの全てを以って、二人の姫を狙う邪悪な炎を払ってみせましょう」




 炎刃と接触する寸前、盾で上に逸らすような形で受けたロウは不動のスキル〈イモウビリティ〉を発動させる。


 衝突から発生するのは、一瞬の拮抗。


 その“刹那の時間”を利用して、世界最高峰の盾使いは刃の軌道を変える事を試みた。


「ハァァァァァ───ッ!!」


 普段は出す事のない気合を込めた叫びを上げて、軌道を変えながらも盾を切り裂いていく炎刃が、彼の身体に触れる。


「どんな理不尽であろうとも、彼女達の障害を防いでみせるッ!」


 全身全霊を込めて、少年が文字通り全てを使って右腕を振り上げる。

 すると二の腕から先を切断された、ロウの右腕と真っ二つになった盾が宙を舞い、光の粒子となった。


 しかし同時に炎刃は、少年の狙い通りにその軌道を変えて、アリスとサタナスから狙いが外れて上を通過して城に着弾する。


 他の誰もがチャレンジしても、確実に失敗したであろう不可能を可能にした瞬間。


 正に彼にしか出来ない奇跡の御業。


 二人の姫の運命を己の手で変えた代償として、切断された右腕から全身に回った黒炎のダメージでHPが0になったロウは、役目を終えて光の粒子となる。

 消える瞬間、彼はソラを見て一言だけ残した。


 ──後を頼みます、と。


 これで騎士隊は全滅。


 残されたのは、オレを含む攻撃隊のみ。


 大技で硬直している敵に向かっていたソラ達は、各々の持てる最大火力のスキルで〈魔竜王〉ベリアルを切り裂く。


 ボスモンスターのHPは、それによってニ割ほど減少。

 残りは、いよいよ三割に突入した。


 このままではヤられると判断したベリアルの矛先はアリスとサタナスから変わり、眼下にいるソラ達に向けられる。


 判断としては足元のアリ共を先に倒した方が、安全に二人の竜姫を殺せるという保身を第一にしたもの。


 うなり声を上げて、ベリアルは大鎌を右からから左に振り抜く大鎌カテゴリーの広範囲攻撃スキル〈ワイド・デスサイズ〉を放った。


 反応できた者は回避スキル〈ソニックステップ〉で大きく後方に跳んで避ける事に成功。

 回避が遅れた者が二人、大鎌に巻き込まれて光の粒子になると。


 残るは、ソラ、クロ、シノ、シオ、エマの五人だけとなった。


 戦力としては、ギリギリか。


 オレは一つの決意をすると、仲間達に告げた。


「残りニ割はオレが削り切る。標的にされている今、接近するのは難しいかもしれないけど、一割削るのは皆に任せるぞ」


 剣を鞘に納めて見せると〈リヴァイアサン〉戦でアレを見たことがある他の四人は察して頷いた。


「それなら先頭はアタシに任せなさい。大人のレディとして、囮になってあげる」


「エマさん、私も同行しよう。この中ではソラとクロが一番火力がある。サポートはシオ、おまえに任せるぞ」


「分かったわ、エマさん、シノさん」


 これで方針は決まった。


 後は、挑むのみ。


 ソラは【火、水、土、風、雷、光、闇】の七つの属性を自身に付与すると、ボスに対して特攻効果を持つ最強スキルを放つ為の準備に入る。


 すると自身を滅ぼすに足る絶大な力の片鱗(へんりん)を、本能で感じ取ったのだろう。


 〈魔竜王〉ベリアルの視線と警戒心が、明らかにオレに向けられる。


「さて、それじゃ皆でヤツとの最後のダンスをするとしようか」


「りょーかい」


 いつもの軽い感じの返事をするクロ。


 〈風之天使ラファエル〉モードで、髪の色が翡翠ヒスイ色となっているパートナーの彼女の隣に並び立つと、白銀の少年は他の全員に付与しているスキルを更新。


 皆の顔を見て、この戦いに置ける最後の指示を出した。


「これで全て終わりにしよう、ラストアタックだッ!」

 

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