第140話「竜の庭園の決戦④」

 冒険者達の奮闘ふんとうによって、三本あったHPは最後の一本に突入した。


 それから恐らくは最終形態になった〈魔竜王〉ベリアルとの決戦が始まって、数十分程の時間が経過する。


 戦況はハッキリ言って“最悪”の一言に尽きた。


 見たモノの本質を見抜く事が出来るレアスキル〈洞察〉が主に教えてくれたのは、一つの反則的チートスキル。


 傲慢なる鎧〈プライド・ザ・アーマー〉。


 効果はスリップダメージにより、自身のHPが一定時間経過する毎に一定数減り続ける。

 その代わりにHPが半分になるまで〈魔竜王〉は自身のレベル以下の攻撃を全て無効化するという、冒険者達に対してまさかの耐久戦を要求してくるスキルだった。


 ソラは敵のスキルの効果を見て、即座にサポートシステムの〈ルシフェル〉に確認を取った。


 敵のスキルを堕天使〈ルシファー〉の固有スキル。

 “選択した対象の全ての効果をキャンセルする”効果を持つ〈アイン・ソフ・オウル〉でどうにか出来ないかと。


 尋ねられた〈ルシフェル〉は即答した。


〘無理です。以前に解除したベータプレイヤー、ハルト氏の防具と違い。アレは特定の条件下。特定の人物でなければ解除されないよう世界の法則で強く固定されています〙


 つまりオレ達は、ひたすら敵の攻撃に対して耐えるしかないというわけだ。


 ソラから情報を聞かされた後、みんなは覚悟を決めた表情をして、眼前の理不尽と化した〈大災害〉と相対している。


 まさかこんな場面で、突然耐久戦を強いられる事になるなんて思っても見なかったが、今のところは誰も落とされていない。


 危うい場面は何回かあったけど、そこは〈アストラルオンライン〉のトッププレイヤー。

 持ち前のリカバリー能力で立て直して、何とか各々でしのぎ切る。


 とはいえ、このまますんなり行かしてくれるのか。

 何だか嫌な予感がしていると、全体の疲労度を見て〈ヘルアンドヘブン〉の団長のシノと〈宵闇よいやみの狩人〉の団長代理であるシオが味方に活を入れた。


「耐えろ! とにかく守りを固めて、敵のHPが半分になるまで、絶対に誰も落とされるなッ!」


「ここが正念場しょうねんばよ! 防御と回避に専念するだけで、敵のHPは勝手に減り続けるわ!」


 シノとシオは味方を激励げきれいしながら〈魔竜王〉ベリアルの漆黒のブレス攻撃を、ソラ達と共に横に跳んで回避する。


 しかし数十分間も回避を続けているというのに、敵のHPはまだニ割程度しか減っていない。

 経過時間とHPの減り具合から察するに、恐らく半分に到達するには後最低でも一時間以上は掛かる事が推測できる。


 当然だがVRゲームのボス戦で、そんな長時間も集中力を保ち続けられる人間は、けして多くはない。


 ほころびは、ソラが予想した通りに直ぐにやってきた。


「やべ!?」


 B隊の騎士の一人が足をもつれさせて、地面に転倒してしまう。

 転倒のペナルティと装備している重量が合わさって、彼は一時的なスタン状態に陥る。

 エマが慌てて拾いに行こうとするが、距離が遠くて間に合いそうにない。


 するとベリアルが目ざとく照準して、口からブレス攻撃を放ってきた。

 眼前に迫る黒炎を見た彼は、味方に叫んだ。


「俺を見捨てて逃げろ!」


「分かった……ッ」


 本人の指示もあり、素早い判断で救出よりも回避を優先した騎士隊。


 転倒して身動きが取れない騎士は、黒炎に焼かれて一撃で即死する。


「くそ、仇は取ってやるからな!」


 怒りを胸に騎士隊は、ベリアルの動向に注意を向ける。


 すると彼等の目の前には、突進攻撃スキルを発動させたベリアルが急接近して、間近まで迫っていた。

 大鎌おおがまを大きく振りかぶる動作を見て、慌てて〈ファランクス〉と盾を構える騎士隊。


「──受けるな避けろッ!」


 洞察スキルで敵の攻撃の変化を読み取ったソラが慌てて叫ぶが、それは既に手遅れだった。


 黒炎をまとった大鎌が、横に一閃されると盾ごと騎士隊の身体を一刀両断にする。


 5人もの高レベルプレイヤーが光の粒子に変えられて、この場にいる全ての者は戦慄せんりつした。


「敵の“大鎌が黒炎を纏っている時”は、全防御を貫通してくる! 敵の動作だけに注意を払うと、そのまま真っ二つにされるぞ!」


「マジかよ!?」


「全く、条件付の無敵の次は此方の防御貫通ですか。最後の一本になると、実に厄介なボスモンスターですね!」


 シンとロウが額に汗を浮かべ。

 隣りにいるシノとシオは、険しい顔を浮かべた。


「不味い、これでボスに攻撃隊と防御隊を一つずつヤラれたわけだ……」


「これ以上ヤラれると、戦線を維持する事が難しくなるわ。より慎重にならなきゃ」


 12も倒されて、現在こちらの数は43人から31人まで減らされた形だ。


 アタッカーは12人、防御隊は19人。

 これ以上数を減らされると、敵の無敵が解除されたとしても、シフトを回す事が困難になる。


 まさかラスト一本から、此処まで追い詰められる事になるなんて。


 ソラが額にびっしり汗を浮かべて、現状に対して分析していると、敵が此処が決め所だと言わんばかりに咆哮ほうこうした。


 ──途轍とてつもなく嫌な予感がするッ!


 ビリビリと震える空気。

 明確な殺意を感じ取ったオレは、即座に全体に指示を出した。


「全員気をつけろ! 何かヤバいのが来るぞッ!?」


 その言葉に応えるように〈魔竜王〉ベリアルが金色の瞳に殺意を宿して、上空に向かって漆黒の炎を解き放った。


 上空に放たれた炎は一定の高さまで達すると、そこで枝分かれするかのように四方八方しほうはっぽうに散り、ソラ達に向かって降り注いだ。



「「「ウソだろッ!?」」」



 黒炎ブレスの拡散バージョン。

 しかも全体に雨のように降り注ぐ凶悪さまでそなえた、殺意に満ち溢れた攻撃に、熟練の冒険者達は悲鳴を上げた。


 避けきれない者達が一人、また一人と炎を浴びて、回復アイテムを地面に叩きつけて瞬間的に回復するも、それを遥かに上回るスリップダメージによって削り殺される。

 庭園が漆黒の炎によって燃える光景は、正に地獄絵図だった。


 クソ、こんな攻撃があるなんて!?


 タイミングを見計らい〈ソードガードⅤ〉で、自分達に迫る炎をシノと二人で切り払うという離れ業で乗り切ると、ソラは内心で舌打ちをした。


 視界には半壊した部隊が三つ。

 内1つの防御隊はエマが大鎌を回転させて防いだらしく、なんとか無事の様子。

 まだ戦える被害状況だけど、これ以上脱落者が出てくると攻略が困難になる。


 チラリとベリアルを見ると、敵のHPはようやく三割まで減ったところ。


 この攻撃を後一回されたら、確実に機能しなくなる部隊が二つは出てくる。

 更にもしもHPが残り半分になった時に、リヴァイアサンと同じようにトリガー技があるとしたら。


 ソラの頭の中に、敗北の二文字が浮かんだ。


 正にその時だった。


 庭園全体に、不思議な光が広がった。


 優しくも穏やで、慈愛に満ちた光は触れる冒険者達の疲労を全て消し去り、防御力と炎属性に対する耐性を与える。


 しかも光は黒炎に触れると、あっさり鎮火させて庭園の草や大木達を元通りにしていく。


 これは一体。


 信じられない光景にソラ達はもちろんの事〈ベリアル〉ですら困惑した様子を見せる。

 そんな中でオレの〈洞察〉スキルが、一つの情報を読み取った。


〘マスター、竜姫の祈りが敵のスキルを無効化して、防御力を下げています。今ならダメージを通す事が可能です!〙


 アリス、サタナス!?


 感知スキルで城の門の前で、祈るような姿勢でいる二人の竜姫を確認したソラは、即座に指示を出した。


「残った防御隊とロウは、城の前にいるアリスとサタナスの盾になって全力で守れ! 他のメンバーは、全員オレと共にフルアタックを仕掛けるぞ!」


 ──────ッ!!


 突然のチャンスの到来に、全員の士気が最高潮に達する。


 敵のHPは残り七割。


 竜姫の援護を貰った冒険者達は、最後の挑戦に挑んだ。

 

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