第135話「溶岩地帯の戦場」


 接敵する前に準備をしていた〈魔術師〉が最後の詠唱を唱えて、スケルトンにはレベル1の上位光魔術式〈サンシャイン〉が放たれ、続いて空を飛ぶ〈オルタ・レッサードラゴン〉にはレベル2の上位水魔術式〈タイダルウェイブ〉が炸裂した。


 戦場に響き渡るのはモンスター達の断末魔の叫び声と、冒険者達の勇ましい雄叫び。


 討ち漏らしたモンスターの大群が接近してくるのを確認すると、各々の武器を手に取り迎撃に駆け出す。


 かけ引きもなにもない、文字通り正面からの戦力のぶつかり合いだ。


 魔術による先制攻撃で数を減らす事には成功したが、数は再度湧いてくるモンスター側が依然として有利か。


 しかし、戦術も何もない力任せのモンスター達と違って、冒険者側は脳筋ばかりでは無い。


 〈宵闇の狩人〉と〈ヘルアンドヘブン〉の攻撃力と足が自慢の冒険者達を集めた3つの奇襲部隊が、まるで動く槍の様に横から一つ二つと目の前の敵しか見えていないスケルトンの小隊を、次々にき殺していく。


「はは、白銀の〈付与魔術〉は凄まじいな!」


「これさえ有れば、如何なるモンスターが来ようとも我々の敵ではない!」


 彼等に付与されているのは〈攻撃力上昇Ⅴ〉を4つに〈速力上昇Ⅴ〉を1つ。


 奇襲に必要な、攻撃と速度重視の付与スキルセットだ。


 更にサポートシステム〈ルシフェル〉の管理統制により、ソラの無限のマジックポイントを使用して常に更新されるそれは、正に尽きることの無い永続バフと化していた。


 9体目になるスケルトンを切り倒しながら、奇襲部隊の青年は鼻をこすって微笑を浮かべる。


「俺、このイベントを無事に生き残れたら、剣姫に告白するんだ……」


「おいバカ、露骨ろこつな死亡フラグ立てるの止めろ!」


「死ぬなら一人で死ね!」


 仲間達から非難の集中砲火を青年が浴びていると、目の前でマグマが噴出。

 びっくりして足を止めると、空中を飛んでいる一体の〈オルタ・レッサードラゴン〉が標的を奇襲部隊に向けた。


「む、亜種レッサーに狙われているわ。奇襲隊は〈アクセラレータ〉で第1ラインまで下がって」


「やっぱりこうなるんじゃねーか!」


「このイベントが終わったら覚えてろよ!」


 慌てて進路を変えて、モンスター達に背を向けて走る冒険者達。


 その進路先には、スケルトンを倒し終えた仲間達が援護に向かって来ていた。


騎士タンク隊、奇襲隊が狙われている。挑発とファランクスを用意。亜種のブレス攻撃を受けるぞ!」


 上級加速スキルを惜しみなく発動させた奇襲隊が、一瞬にして騎士隊の後方まで退避する。


 その直後に彼等を狙っていた〈オルタ・レッサードラゴン〉は、スキル〈挑発〉に引き寄せられて狙いを変更。


 大きな口から吐き出された黒炎が奇襲部隊ではなく、騎士タンク隊が構えた盾に叩き込まれて、目の前が炎の海となる。


「凄(すご)いな、アレを受けてHPが3割しか減ってない」


「以前に戦った時は6割以上削られたからな、それだけレベル5の〈防御力上昇〉の恩恵が大きいという事よ」


「バカお前等、感心している場合か、次は突進からの薙ぎ払いが来るぞ!?」


「あ、やば」


 油断した騎士タンク隊に、大質量の巨大な竜が右手の鋼鉄も切り裂く鋭い爪を構えて、ドラゴンが急降下してくる。


 慌てて一人が、受けるダメージを一度だけ半減するスキル〈ファランクス〉を自分と仲間たちに展開して、盾を構える。

 だがしかし、形だけの受けの姿勢で止められるほど〈オルタ・レッサードラゴン〉の攻撃は甘くない。


 突進からの二連撃〈ドラグ・デュアルネイル〉が発動して、一撃目で騎士隊は踏ん張ることができずに姿勢を崩され、二撃目を全員胴体に食らってHPが残り1割まで減少した。


「シフト!」


 先程退避した奇襲隊が体勢を立て直して前に出ると、時間差で〈ソニックソード〉を叩き込み、ドラゴンのHPを2割ほど削る。


 反撃を受けた〈オルタ・レッサードラゴン〉は再び空に逃げるように飛翔して、それを援護するかのようにスケルトン達が前に出てきた。


 カバーにやって来た〈ヘルアンドヘブン〉副団長のグレンが率いる騎士隊と、奇襲隊がシフトすると、スケルトンの突撃を正面から受け止める。


 襲い掛かるスケルトン達を切り捨てながら前線を指揮する赤髪の騎士、グレンは隊員達に指示を出す。


「ダメージを受けた者は僧侶から回復を受けてください。それと、ここは戦場です。油断や慢心は、即座に死に繋がる事を肝に銘じなさい!」


「「「了解!」」」


 そんな感じで、多方面に展開している副団長達の指揮の元で、モンスター達との一進一退の攻防は繰り広げられていた。





◆  ◆  ◆





 最後方で戦場を見渡しながら、世界最強の白銀の冒険者ソラは、眉間に軽くシワを寄せて金色の瞳を細めた。


「〈魔竜王〉ベリアルは、どこにいるんだ?」


 その言葉に、答えられる者はいない。


 ソラ以外は全員遠くを見ることができる望遠鏡を使用しているが、戦闘が始まって数十分間、未だにボスモンスターの発見報告はなかった。


 瞳を閉じて、ソラは更に範囲を広げる。


 サポートシステムの〈ルシフェル〉が広げている〈感知〉スキルの範囲内には〈リヴァイアサン〉の時のような巨大な反応は何一つ感じられない。


 そして〈洞察〉スキルで見渡してみても、巨大な何かが隠れているような痕跡は、一つも見つけられなかった。


 竜王オッテルによると〈魔竜王〉は全長10メートルを越える巨体らしい。

 溶岩地帯は平たい地形で、そんな巨体が隠れられるような要素はないし、敵が隠蔽いんぺいのスキルを所有している話も聞かない。


 となると考えられるのは一つだ。


「ヤツは以前に正面から挑んで、封印されるという敗北を経験している。そこを踏まえた上で、未だに姿が見当たらないという事は」


「どこからか奇襲してくるって事?」


「クロ、その通りだ。まぁ、地下っていうのは考えにくいから、ここはベタな展開だと上だろうな」


 右手の人差し指で上空を指さした後、ソラは地上に展開していた感知範囲を全て変更して上空に向ける。


 するとやはりというか、巨大なドラゴンっぽいものが索敵に引っ掛かった。


「うーん、自分で言っておいてなんだけど、本当に上から来るのかよ」


 呆れて苦笑すると、近くにいるシンとロウの二人が頷いた。


「まぁ、大質量を利用しての単純な落下攻撃ほど、強力で防ぐのが難しいものは無いからな」


「此方の敗北条件から考えるに、敵の狙いは反対側でモンスター達を迎え討っている竜王か、城で未だ眠っている皇女様の二択ですね」


「この進路だと城を真っ直ぐ目指してるっぽいから、多分目的は弱ってる上に、自分を封印した巫女の血を受け継ぐアリスだろうな」


 竜王オッテルから聞いたのだが、奪われた〈王家の扇子せんすには巫女だけが使用できる〈魔竜王〉を封印するスキルが付与されていたらしい。


 つまりそれを敵に奪われた以上、此方に封印する術は無くなったわけなんだが。

 一度敗北している以上、念には念を入れるという事か。


 シオが恨めしそうに上空を睨みつけると、今から何をやるのか尋ねてきた。


「お兄ちゃん、ビビリなドラゴンをどうやって叩き落とすの?」


「うーん、そうだな。流石にオレの付与魔術でも空は飛べないから」


「──落ちてきた所を、横から殴って進路を変える。私達に出来る事は、それしかないだろう」


「ま、師匠の言う通り。殴って進路を変えるのは無理だけど、大火力の魔術を横から叩き込んでやれば、それは不可能じゃない」


 シノの発言を一部訂正しながら、今から行う作戦を伝えると、ソラは四つのアイテムを取り出す。


 それは、四色の宝玉だった。


 一つだけだと、これが何なのかは分からなかったが。四つ揃う事で、ソラの〈洞察〉スキルは漸(ようや)く正体を見破る事が出来た。


 皆が見ている目の前で、オレは【使用しますか?】の質問に対して【Yes/No】の二択で【Yes】を選択。


 すると宝玉は光り輝いて、一つになり真紅の指輪となった。


 アイテム名は〈紅玉こうぎょくの指輪〉。


 効果は装着した者にユニークスキル〈ルシフェル〉〈ラファエル〉〈ガブリエル〉〈ウリエル〉を所持していない者に、一度だけ〈ミカエル〉を付与する事。



 これが、オレ達の切り札の一つだ。


 

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