第134話「師弟の約束」


 イリヤの登場によってアリスは一命を取りとめ〈ヘファイストス王国〉の国民達の暴走も事前に止める事が出来た。


 少しすると大きな地震が起きて、その直後に冒険者達には、天上から緊急イベントの案内が来る。


 自動で開かれるウインドウ画面。お知らせの内容は予想していた通り〈大災害〉の一つである傲慢ごうまんを司る魔竜が、竜の秘宝によって封印が破られ復活したというモノ。


 タイトルは以前、リアルでユグドラシルが告知した【傲慢なる魔竜王】そのままだった。


 魔竜はかつてオレが倒した〈オルタ・グレッサードラゴン〉と〈スケルトン〉の軍勢を従えて、こちらに向かって進軍中。


 冒険者達はコレを殲滅せんめつする事が、レイドバトルの勝利条件となる。


 敗北条件は【竜王オッテル】と【竜皇女アリス】の死亡。


 クリア報酬は多額のエルと経験値。


 それと武器の作成に使用することで、スキルを一つ付与する事が出来るレアアイテムの〈魔鉄まてつ〉を一つ。


 破格のクリア報酬が得られる事を知った多くの上級の冒険者達は〈魔竜王〉討伐に威勢よく名乗りを上げ〈リヴァイアサン〉の時と同じように、全員高い士気に満ち溢れる。


 王国の外に出て〈魔竜王〉ベリアルが封印されている方角に向かって、出撃する準備を始めている冒険者達を遠くから眺めながら、ソラは実に壮観な光景だと思った。


 今回も参戦するのは団長不在の59人の〈宵闇よいやみの狩人〉と人数の上限である60人で挑む〈ヘルアンドヘブン〉。


 そして〈天目一箇〉も団長不在らしく、キリエが率いる59人で参戦するようだ。


 合計して〈アストラルオンライン〉最大戦力である三つのトップクランが協力する形となり、現在128人のメンバーが集結している。


 それに加えて、今回は参加レベルに制限が設けられているらしい。

 レベル50以下の冒険者は、戦場となるマップエリアには、入れないようになっているとの事。


 野良の冒険者パーティーは〈感知〉スキルで見たところ、オレを含めて50人程しかいない。

 つまり今回のイベントは、総勢178人で挑む事になるわけだ。


「RPGのフルレイドバトルで、あの人数は凄いね。スカイファンタジーでは最大でも30人までだったから、あれくらいの規模になると指揮する人は大変かな」


「あ、あぁ、そうだな。だから五人小隊で分けて、そこから幹部達9人が連絡のやり取りをしながら、指揮を執るのがテンプレらしいぞ」


 外用の丁寧語モードを解除したイリヤから急に話題を振られて、オレはぎこちない返事をしながらも、シノから聞いたクランの戦闘スタイルを説明した。


 彼女は「ふーん、そうなんだ」と頷きながら遠くを眺めるポーズを止めて、ソラの隣に並び立つ。


 ふわっと鼻孔をくすぐるのは、彼女の身体が纏っている女の子独特の甘い花の匂い。


 間近にイリヤがいる。


 ずっと待ち望んでいた状況が遂にやってきたわけなんだが、いざ二人になると頭の中が真っ白になり、なんて言ったら良いのか分からなくなった。


 コミュニケーション能力の高いシオとかに助け舟を求めようにも、ここにはソラとイリヤの二人しかいない。


 何で周りに誰もいないのかというと、それはイリヤがソラと二人だけで話がしたいと頼んで来たからだ。


 オレも彼女には話したい事があったので、それなら丁度良いと思い、二人でここまでやって来てこのザマである。


 ラブコメディならば告白の一つでもありそうなシチュエーションだけど、残念ながらイリヤを見ている限りでは、そんな雰囲気はない。


 しばらくお互いに無言でいると、ソラは勇気を振り絞って彼女に話しかけた。


「「あ、あの───ッ!?」」


 すると全くの同時にお互いに話しかけて、びっくりしたソラとイリヤは慌てて口を閉じる。


 いくら師弟とはいえ、ここまでやる事がシンクロするとは。


 チラリと相手の顔を伺うように見た二人は、何だか可笑しくなり、ふと笑みがこぼれた。


「レディーファーストだ。言いたい事があるなら、お先にどうぞ」


「今はソラ師匠も女の子だよ。オマケにぼくよりも幼いし」


「ああ、まぁ、これはな……」


 歯切れの悪い返事をすると、イリヤは胸を張ってこう言った。


「というわけで、女の子歴の長い先輩として、ここは先に話す権利を師匠にあげるよ」


「……わかった」


 承諾したソラは、イリヤと向き合うと真剣な眼差しで謝罪をした。


「3年前のあの時、守ってあげられなくてごめん。オレはおまえの師匠なのに、何もしてあげられなかった」


「あー、その事か。確かにとても辛かったけど、ぼくはもう気にしてないよ」 


「……そうか、イリヤは強いな」


「ふふん、立ち直りが早いのがぼくの長所だからね。それよりもお母さんにスマートフォンとか、ネット環境を取り上げられた方が、精神的なダメージは大きかったよ」


「ああ、だから連絡しても反応なかったのか」


「そうそう、返してもらった時には通知の山が溜まってて、どう返信するか迷ってた時に〈アストラルオンライン〉のベータプレイヤーに応募してたのが当たったの。

 沢山プレイして、つよつよデータで正式リリースの時に、皆を驚かせてやるーって意気込んでたら……」


「ログアウト、できなくなったんだな」


「うん、最初はバグだと思ってそのままプレイしてたんだけど、いつまで経っても運営からの音沙汰はないし。これって、現実世界のぼく達の身体どうなってるのかな?」


 イリヤの問い掛けに、ソラは正直に答えるか少し迷った。


 しかし彼女には知る権利があると判断すると、以前に出会ったベータプレイヤーのハルトが、プレイ中に娘の目の前で光の粒子になった事を伝える。


 すると彼女は驚く事なく「そっか……」と悲しそうな声で呟いた。


 ソラは彼女の手を掴むと、現実世界で自称神のエル・オーラムと取り引きした内容を伝えた。


 支配されているベータプレイヤーを全て助け出し、そして〈魔王〉シャイターンを倒せばイリヤ達を現実世界に戻す事ができると。


「イリヤ、オレが必ずベータプレイヤー達を救ってみせる。だから今は……」


 そう言うと、不意にイリヤが小さなソラの身体を強く抱き締めてくる。


 少女は泣いているのだろう。


 震えながら、ソラの耳元で囁いた。


「まったく、ソラ師匠っていつもやる事がムチャクチャだよね。スカイファンタジーの時から、全く変わってないよ」


「……そっか、変わってないか」


「そうだよ、いつも皆が出来ないような事をやり遂げてさ。今回だって、ぼくや他のベータプレイヤー達が諦めてる事を、出来るって言ってきて……ッ」


 ポロポロと少女から溢れる涙を、黙ってソラはその身で受け止める。


 時間にして3分くらいだろうか。


 その涙が止まると、イリヤはソラからそっと離れて、涙でボロボロの顔を見せないように背中を向けた。


「ぼ、ぼく、そろそろ行かないと。騎士団の人達に、この事を教えてあげないといけないし」


「シオ達には、会って行かないのか?」


「えへへ、実は一般プレイヤーとの接触は禁止されてるんだよ。ほら、ぼく達ベータプレイヤーは、この世界ではイレギュラーだから」


 イリヤは振り向くと、まだ涙の残る顔で精一杯の笑顔を浮かべる。


「オレは良いのか?」


「ソラは特別に許可されてるよ。なんて言ったって、この世界の英雄だもん」


「なるほどな」


 説明になっていない気もするが、ここは納得しておくことにした。


 するとサポートシステムの〈ルシフェル〉が遥か彼方に敵影を捉える。


 決戦の時が来た。


 ソラは決意すると、自身が宿しているスキルのスイッチをオンにして、内に秘めている白銀の光を解き放つ。


 光が消えると、そこには最強を冠する冒険者が顕現する。


 少女の姿から、白銀の髪と瞳に金色を宿す少年に変身したソラの姿を見て、イリヤは感嘆の声をもらした。


「これが〈光齎者ルシファー〉……」


 ソラは頷き、少女に一つだけ約束をする。


「また、会おうイリヤ」


「うん、うん! また会おうソラ師匠!」


 再会の約束をした二人は背を向けると、お互いが突き進むべき道に向かって歩き出す。


 その足取りは、昨日よりも少しだけ軽くなっていた。

 

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