第136話「ミカエル」


 王国内に戻ると、いつもは夜中でも人の往来がある大通りも、今はソラ達以外には誰も見当たらなかった。


 通路に響き渡るのは、付与スキル〈速度上昇Ⅴ〉によって超強化され、コントロールできるギリギリのラインで爆走する冒険者達の足音。

 それと王国の防壁の向こう側で繰り広げられている、冒険者達と竜王率いる軍達によるモンスター達との激しい戦闘音。


 走りながら〈感知〉と〈洞察〉の二つのスキルで見ている限りでは、戦闘能力のないNPCはイベント中、破壊不可能のオブジェクトと化している家の中に避難して、閉じ籠もっているようだ。


 RPGとかでは、何か問題が起きた際に村人が脱兎のごとく家の中に入り、プレイヤーとその仲間は外に締め出されるという展開が割とよくある。


 村人はクエストをプレイヤーに提供するのには、必要不可欠だし。ショップなどの建物を破壊されるのは、後発の者達がとても困る事になるので、こういった保護措置を取っているのか。


 走っていると、以前に利用したスキルショップの前を通る。


 一瞬だけ店内を見ると、店の片隅で座り込み祈るように両手を合わせて、震えている少女の姿を見かけた。


 恐らくは、この国にいる全ての者がああやって、戦いが早く終わることを祈っているのだろう。


 頑張らないとな。


 ソラは走りながら軽く両頬を叩いて、気合を入れ直す。


 幸いな事に王城までは殆ど直線ルートなので、この速度で曲がる必要がないのはとても助かる。


 そのまま走っていると、城門が見えてくる。門は残念ながら閉ざされていて、兵の姿は見当たらない。


 普通ならば開けてもらわないと中に入る事はできないのだろうが、ここは自由度の高いVRMMORPGの世界。


 ソラは速度を維持するよう指示を出すと〈跳躍ちょうやく力上昇Ⅴ〉を全員に付与する。


「跳躍力を上げる〈付与スキル〉を全員に付与した。これで皆、中級スキルが追加されたはずだ」


 付与スキルがレベル5になる事でソラが獲得したのは、一つ付与するだけで対象に付与したカテゴリーに応じた中級スキルを追加する事。


 更に普通の冒険者には、5つある付与枠を全て同じ〈付与スキル〉で埋めることによって、より効果の大きい上級スキルを与えることが出来る。


 今回は枠を全て跳躍にしてしまうと速度が激減してしまうので、内訳は速度を4つに跳躍が1つだ。


「跳ぶタイミングを間違えると、門にキスする事になるから、みんな気をつけろよ!」


「「「了解!」」」


 威勢の良い返事を聞いたあと、ソラはタイミングを見計らって跳躍の中級スキル〈グロース・シュプルング〉を発動。


 瞬間的に強化されたジャンプ力によって、10メートル近い高さまで一気に跳ぶ。


 華麗な身のこなしで門の上を越えると、そのまま〈落下耐性〉の効果で無事にダメージを受ける事なく着地した。


 他の仲間達も綺麗に着地する中。


「うわわわ!?」


 一人だけこういう事は不慣れだったらしく、クロは着地に失敗して、バランスを崩して倒れそうになる。


 隣にいたソラがそっと身体を支えて、倒れないようにしてあげると、彼女は気恥ずかしそうに顔を赤く染めた。


「ありがとう、ソラ」


「どういたしまして。クロは、こういうアクションをするのは初めてか?」


「う、うん」


「それなら今後も似たような展開になった時の為に、スムーズに出来るように特訓しないといけないな」


 にっこりと笑顔で伝えてあげると、何故かクロは顔を強張らせて「ソラの特訓……」と呟いて少しだけ距離を取った。


 この反応は一体。


 意味が分からず首を傾げていると、近くにいるシンとロウの二人が、苦々しい顔をして忠告した。


「おい、彼女はおまえと違ってマゾじゃないんだから、程々にしておけよ」


「ソラの事だから、絶対に普通の特訓じゃないです」


「ああ、アイツは“もしも今後城の頂上から飛び降りないといけない時が来た事も考えて”とか言って、ひたすらそこの〈ファフニール城〉の天辺から落ちては登ってをひたすら繰り返しさせるぞ」


「あー、良い予想ですね。彼ならそれくらいは、嬉々として考えそうな特訓です」


 好き勝手な事を言う二人に対して、ソラは口をへの字に曲げて反論した。


「そこの二人! いくらオレでも女の子に対して、そんな非人道的な特訓をするわけ無いだろ!」


 ジロリと睨みつけられた二人はホントかな、と疑い深い視線をオレに向けた。


 隣りにいたクロは側にいるシオの後ろに隠れてしまい、少しだけ顔を覗かせて「そんなことしないよね?」と怯えた視線で訴えかけてくる。


「しないよ。第一にそんなことをしたら、師匠とシオに説教されるなんてもんじゃない」


 説教されなかったらするのか、という親友達の疑問に対して、ソラは視線をそらして誤魔化ごまかした。


 そんな雑談をしている内に、1割ほど溜まっていた疲労度が回復する。


 ソラ達は移動を開始して、木に囲まれた闘技場みたいな庭園の中心で、それぞれ配置に着く。


 巨大な竜が降下を始めたのを確認したソラは〈白銀の魔剣〉を抜いて戦闘態勢に入る。


「よーし、そろそろ来るぞ! ボスが見えたら、デカイ一撃をブチかまして此処に落としてくれ!」




 全員の視線が、一人の少年──シンに向けられた。




 オレから〈紅玉の指輪〉を託されたのは、このゲーム内で最も優れた魔術師。


 先程は差し出された指輪を見て、彼は先ず「何で俺なんだ?」と尋ねてきた。


 理由はメンバーの中で〈魔竜王〉を魔術で遠くから狙い落とす程の、精密な技術を持っているのが彼だけだから。


 それに赤といえば情熱。


 オレの中で情熱といえば、シンのイメージが強いというのもある。


 答えを聞いたシンは、呆れた顔で分かったと返答すると、指輪チャレンジに挑んでくれた。

 正直に言って、シンが指輪に選ばれなかったらどうしようと不安に思った。

 だけど譲渡した指輪は、無事に彼を所有者に認めユニークスキルを授けてくれた。


 皆して緊張していた光景を思い出し、思わず口元に微笑を浮かべながら、オレは世界最強の魔術師を見守る。


 この〈アストラルオンライン〉では〈冠絶かんぜつの魔術師〉と呼ばれている黒髪のイケメン少年は、左手を天にかざして新たに獲得したユニークスキル〈ミカエル〉を発動。


 対価としてボスバトル中は、最大HPが半減する〈永続デバフ〉を付与されるが、その代わりに二つのスキルを与えられる。


 一つは全体に独自枠として付与する、消去不可の永続強化スキル。


 シンを中心にこの場にいる冒険者達に付与された強化スキルは【HP】の下に【赤い天使の羽】のアイコンという形で出現。


 ボス戦に限り、全ダメージを20パーセントもアップする〈火の守護〉が付与される。


 残る一つのスキルは、自身を〈火之天使ミカエル〉に天使化する事。


 〈火之天使〉になって得られるスキルは下記の通り。


 【補助スキル】火属性付与EX


 【補助スキル】オートMPリジェネ


 【補助スキル】状態異常の無効化


 【補助スキル】感知Ⅱ


 天使のスキルを開放したシンの瞳は金色になり、髪は真紅の色に変わる。


 オレの〈ルシファー〉と同じく〈ミカエル〉モードになったシンは、手にした槍をくるくると回しながら迎撃の準備を始めた。



 最上位術式の展開。



 発動コードの要請。



「──大いなる力の象徴である火よ、の偉大なる力をって我が障害を灰燼かいじんせ」



 コードを承認。



 申請者が【火之天使】である事を確認。



 照合完了、全ての封印を解除。



 代償として、全てのMPを消費。



 以上で、全行程を終了。



 発射の準備を完了。目標を狙い、最後の呪文トリガーを口頭で告げて下さい。



 最上位の殲滅せんめつ魔術式の使用が【火之天使】シンに許可される。



 庭園から城の全体をおおう程の六芒星ペンタグラムの魔法陣が展開されると、魔術師の少年は夜空を見上げた。


「おー、これがソラがいつも見ている景色なのか。確かにこれは、ヤベェな」


 〈感知〉スキルによって敵の位置を把握したシンは、隕石の如く落下してくる巨大な竜を補足して、手の中で回していた槍の先端を指し向ける。


「さてさて、それじゃあ偉大なる白銀の天使に選ばれた者として、この戦場のボス戦の火蓋ひぶたを切らせて貰うぜ!」


 最上位の冒険者達の視線が集中する中で、ファフニール城に向かって真っ直ぐに向かってくる直径10メートルの巨体の背に。




「───撃ち落とせ〈エクスプロージョン・ノヴァ〉ッ!」




 解き放たれた極限の爆裂ばくれつが世界を真っ赤に染め、開戦の合図を告げた。

 

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