第131話「アリスの想い」

 寝ちゃった……。


 余程疲れが溜まっていたのだろう、スヤスヤと静かに眠る白銀の冒険者を膝に乗せながら、彼の頭を撫でるクロ。


 実はここの所ソラが平気なフリをして、ずっと無茶をしているのを、自分は知っていた。


 以前に〈大災害〉リヴァイアサンとの戦いで〈ラファエル〉のスキルを使った影響だろうか。


 気がつけばクロは、ソラが常時広げている〈感知Ⅱ〉のスキルを、何となくだが肌で感じる事が出来るようになっていた。


 それは遠く離れていても感じる事が出来て、今日10メートル以上離れても消えることは無かった。


 つまり彼は、ずっと広範囲を索敵していた事を意味する。


 目的は恐らくは、アリスとサタナスの警護に加えてイリヤを探す事。


 そんな状態であの動きをしていたのだ、普通の人間なら、とっくの昔に倒れていても可笑しくはない。


「ソラ……」


 胸の内にある、言葉にできない様々な思いを込めて、少女は眠る彼の名前を呟く。


 すると不意に、前方から歓声が上がった。


 クロが視線をそちらの方に向けると、そこには異様な熱気に包まれた舞台の前に、準備を終えた二人の竜の少女が姿を現す。


 身に纏っている衣装は二人とも同じで、上には白衣、下には巫女用の赤いはかまを履いている。


 リアルの巫女装束を知る冒険者達から見て違いがあるのは、左右に揺れている爬虫類はちゅうるいを思わせる尻尾を通す穴の有無だろうか。


 自分から見て右手に立っているのは、赤髪金眼の少女、この国の皇女アリス・ファフニール。


 左手側には肌の色が違う幼い少女、未だ一部の者からは、忌み子と呼ばれ恐れられているサタナスが並び立つ。


 二人が手にしているのは、竜の姫がこの日だけ使用する事を許される“舞”に使用する扇子だ。


 カラーリングは天上を意味する白を基調として、竜人族を象徴とする赤い色と金色で、竜をモチーフにした意匠が施されている。


 レア度に関しては、ここに来る前にソラが〈洞察〉スキルで見たところ〈S〉クラスの代物らしい。


 それを手に握り締めて、二人の竜の巫女はゆっくりと目の前の舞台に向かって、一歩ずつ木製の階段を上っていく。


 二人が舞台に上がり切ると、同時にそれまで騒がしかった中央広場は、シーンと静まり返る。


 システムのアシストをもらい、遠くにいても鮮明に見える二人の顔は、やはりどこか緊張している様子だ。


 アリスちゃん、サタナスちゃん……ッ。


 クロは友であり二人の仲間の晴れ舞台を見守ると、エールを送るために胸の前で祈るように両手を合わせる。


 そして夕焼けの空の下、ゆっくりと二人による〈壱之舞〉が始まった。





◆  ◆  ◆





 竜の皇女アリス・ファフニールは〈壱之舞〉を舞いながら、父親である竜王オッテルから以前に聞かされた言葉を思い出す。


 宝玉が4つ集まったら、アリスが旅をする天上の使命は無くなる。


 そうしたら今後は、城で国のために次期王女として勉学に集中してもらうことになるだろう。


 つまりそれは、ソラとクロとのパーティーを解散して、城にいろという父上からの遠回しな通達であった。


 確かに今自分が一緒にいるのは、天上からの使命によるものだ。


 しかし、いざソレを聞かされると、何だか胸が少しだけチクチクと針で刺されるような痛みを感じる。


 この感覚は、母親がいなくなった時のものとは違う。


 生まれて初めての体験だった。


 意識すると、脳裏にはこの数週間で彼等と共にいた色々な出来事が思い浮かぶ。


 共にモンスターと戦った事。


 馬車の中で他愛のない話をした事。


 四人で村を回った事。


 四人で温泉に浸かった事。


 そして沢山の人達と共に〈竜王祭〉の屋台で一位を勝ち取った事。


 長いようで短い冒険の数々。


 それら一つ一つは光り輝いて、アリスの中で今ではとても大切なモノ。


 ……ああ、なるほど、これが。


 〈壱〉を終えて〈弐〉に入りながら、アリスは以前に通信で親友である隣国の〈風の姫〉アリアから聞かされた「とても辛かった」という言葉の意味を、此処でようやく理解できた。


 この世界を魔王から救済する為に、天上がつかわした数多の冒険者。


 冒険者とは旅をするものだ。


 一つの場所に留まることはなく、天上から使命を受けて、常に次の新しい旅に出かける。


 彼等はそういう存在だから、別れがやってくるのは当たり前だと、アリアには苦笑交じりに言ったけれど。


 気がつけば、自分も彼女の事をまったく言えない程に、彼等と共にいる事が当たり前になっていた。


 頭の中では分かっている。


 でもいざ二人と別れると思うと、胸が締め付けられるような痛みを感じた。


 宝玉が集まった以上、二人は〈魔竜王〉ベリアルとの一件が終わればこの地からいなくなるのは必然。


 その旅に自分は、ついていく事はできない。


 この〈ヘファイストス王国〉の皇女として、彼等の側にいることは、けして許されない事だから。


 それを思うだけで、何だか寂しさと切なさで自然と涙が内側からこみ上げてくる。


 舞いながら、アリスは胸中で呟いた。



 ああ、アリアは強いな。



 これを経験して、乗り越えて彼女は現在、王女となる為に勉学にはげんでいる。


 この舞が終われば、自分もその道を歩むことになるのだ。


 でも一つだけ、アリスはアリアとは違う所があった。


 〈弐〉を終えて〈参〉の舞に入りながら、彼女は隣に並び立ち共に舞を披露する少女の姿を目で追う。


 隣でつたないながらも、懸命に教わった通りに舞うサタナス。


 最初は彼女と出会った時に、不思議な近親感に自分は戸惑っていた。


 もしかしたら、これが忌み子のスキルなのかと、内心では警戒をしていた程だ。


 しかし、竜に追われる悪夢に泣きじゃくる彼女を思わず抱きしめた時に、ふと彼女から母の香りがしてそんな思いは何処かに消え去った。


 次の日から懐く彼女の好意が心地よいとすら思えて、生まれる前に亡くなった妹が生きていたらこんな感じなのかなと思いながら、自分は優しく接することにした。


 それからレベルが上がっていくにつれて、アリスは最初は漠然としていた、サタナスとの繋がりみたいなモノを強く感じるようになった。


 だが何よりも確定的だったのは、時折彼女の笑顔に母上の面影を見たから。


 アリスは確信を持って、サタナスの正体をこう推測した。




 この子は、母上のお腹の中で10年前に亡くなった我の妹かも知れない。




 普通に考えたら、有り得ない事だ。


 口にしたら誰もが、自分に混乱の状態異常が付与されていると、心配するのは間違いない。


 でも母の娘であり彼女サタナスとずっと一緒にいたアリスは、その考えが幻想や間違いではないと思う。


 それにこの考えならば〈魔竜王〉が封印されている火山の側で、サタナスが目覚めたら一人だったというのにも、少しは納得ができる。


 舞いながら、アリスは苦笑した。


 今思えば父上は、最初から彼女の正体について、分かっていた可能性が高い。


 何故ならばクエストを終えて帰国すると、彼は昔自分にしてくれていたみたいに、サタナスの頭を優しく撫でていたから。


 まったく、あの人は。


 父親に対して、少しだけ呆れるアリス。


 忌み子をすんなり受け入れたのが、実の娘だからというのも、彼が黙っていた理由の一つだろう。


 公言したら当然、忌み子は災厄を呼ぶ悪魔だと思っている人々は黙ってはいない。


 そうなれば自分の立場もだが、アリスとサタナスの立場も危うくなる。


 表立って言うことはできない。


 だからアリスは、サタナスと今日此処で舞う事を決めた。


 〈竜王祭〉の舞いは〈竜結晶〉に力を与え、明日を迎える為の儀式だ。


 無事に終えることが出来たら、みんなは彼女を心の底から受け入れてくれるかも知れない。


 そんな考えのもと、アリスはサタナスを忌避する城の者達の静止を振り払った。


「サタナス、大丈夫?」


「うん、だいじょうぶ!」


「しっかり我について来なさい」


「わかった!」


 〈参〉を終えて、舞は最後の〈終〉に至る。


 二人の舞が佳境かきょうに入ると、国を覆っている祭りによって発生した魔力が束ねられ、二人の周囲を踊る。


 その光景は例えるのならば、二つの巨大な竜が巫女に従い、顕現したかのような幻想的なモノだった。


 そして舞は、最後の締めに至ると。


 二つの竜は巫女の舞に従って王国中に散らばり、各地で力が枯渇こかつしつつある〈竜結晶〉に再び力を与えた。


 舞を終えると、人々の大歓声は地面を揺らし、二人の巫女に温かい拍手を惜しみなく送る。


 緊張が途切れて、倒れそうになるサタナスを抱き止めたアリスは、彼女に労いの言葉をかけようとした瞬間。


 ───二人の目の前に、夕焼けの空から灰色の少女が舞い降りた。


 

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