第130話「竜王祭④」
時刻は17時。
屋台のスコアを競うクエストの終了まで、残りは僅か3時間。
ここからは、一切の容赦もしない。
世の中にはギリギリの熱い戦いの末に勝利する事を、名勝負と呼ぶのだろうが
臆病者であるソラは、こういうスコアでの戦いにおいて、余裕のない接戦なんて大っきらいだ。
ランキング戦における必勝法は、ただ一つどんなに頑張っても覆すことのできない圧倒的な差をつける事。
その一つに尽きるだろう。
だから敵が諦めずに最後まで追い掛ける事を知った以上、スコア差があるここでソラは最後のスパートをかけることを決意する。
歩きながら、ふと此処に至るまでの事を思い出す。
リンネによる国中とSNSを利用した宣伝によって、初速を得ることは大成功。
レッサードラゴンの肉を串に刺して焼くのではなく、揚げる料理によって客の心を掴む事には成功した。
シオが作成してくれたタレがなければ、ここまで人々が病みつきになるクオリティにする事は、出来なかったと思う。
メイド服と執事服は、老若男女を引き込む戦法はハマり、自分達スタッフを目当てにした固定客を得た。
色々と作戦を展開させてきたが、ここに最後の一石を投じる為に、ソラは先ず屋台に戻るなりウィンドウを開いて装備を変更する。
上半身、下半身、靴。
そして最後に黒いコートを解除すると、そこには白銀のメイド服を身に纏う少女が降臨する。
「ソラ……!?」
「お兄ちゃん!?」
「ソラ様!?」
屋台をメインで切り盛りしていたパートナーのクロ、妹のシオ、竜のお姫様のアリスの三人は勿論のこと。
サポートで入ってくれている〈
何故ならば誰も、冒険者ソラが女子の姿をした事なんて一度も見たことが無かったから。
「きれい……」
唯一、サタナスが目を輝かせて、感想を口にする。
少しだけ気恥ずかしくなり頬を赤くして礼を言うと、周囲がシーンと静まり返る中。
メイド専用の黒い踵の高い靴を履いた少年は「カッ」とわざと音を立てて歩みを止め、キリッとした表情で屋台の装備を片手で操作する。
手持ちのアイテム欄にある器具を取り出して、屋台に装備。
現在3つに設定しているフライヤーを、上限である9つに増やすと、周囲を見回して指示を出した。
「ここに来る前に竜王のところに寄って、フライヤーをレンタルしてきた。料理スキルを持っている者は、3つをワンセットにしたところに二人で入ってくれ。
接客はオレ達がメインで担当する、他は呼び込みと誘導と列の整理を頼む」
ソラから指示を貰った冒険者達は『了解!』と声を揃えて応え、弾かれたように動き出す。
接客のためにカウンターに歩み寄ると、途中でメンバーを代表してシオが疑問を口にした。
「お兄ちゃん、なんでピンチじゃないのにメイド服着てるの?」
「さっき、先王から最後まで追い掛けるって宣言されたんだ。時間も残り3時間だし、ここで確実に勝つためにも差がある内に一気に突き放したい」
「そんなに、厳しい戦いになりそう?」
「いや、このままのペースだと、接戦になりそうなくらいかな。……正直に言って此処まで来たんだ、慢心して後ろから抜かれるくらいなら、持てる力を全て出し切って突き放した方がマシだ」
オレがメイド服を着ることにした意図をハッキリ伝えると、ここまで屋台を支えてくれた美少女四人は頷いた。
「なるほど、わかったわ」
「りょーかい、精一杯がんばるね」
「皇女として、全力を尽くすわ」
「サタナスもお手伝いがんばる!」
シオ、クロ、アリス、サタナスの四人は笑顔で応えるとそれぞれ持ち場に着く。
シンとロウも執事服のネクタイを締め直して、気合を入れるとこう言った。
「後3時間だからな、ソシャゲならみんなラストスパートする一番怖い時間帯だ」
「慢心して抜かれるなんて絶対に嫌ですからね、ボクも全力で接客しましょう」
そう言って、二人も配置に着く。
「みんな、頑張ろう!」
ソラは、カウンターのセンター部分に立つと、自身の姿を周囲に見せつけるように凛と立つ。
『──────ッ』
白銀の少女のメイド姿に、周辺の冒険者と竜人族の客達のテンションは、最高潮に達した。
◆ ◆ ◆
「疲れたぁ、こんなクエストは二度としたくないな……」
時刻は20時過ぎ、全力で働いた白銀の冒険者ソラはメイド服からいつもの装備に戻して、同じく黒のバトルドレスに戻しているパートナーのクロと二人で休憩していた。
視線の先にあるのは中央広場の上空に浮いているクリスタルで、そこには大きく屋台でスコアを稼いだ一位から三位までが表示されている。
もちろん1位は最後の突き放しに成功したオレ達で、2位はゴースト竜王、3位が〈天目一箇〉という着順で決まった。
いやはや、銀髪メイド少女の破壊力というものは凄まじいモノだ。
冒険者はもちろんの事、竜人族までホイホイされて20時になるまで長蛇の列となっていた。
勝負が決まるとゴースト竜王は、ソラ達の前に現れて『流石は白銀の天使の力をその身に宿す英雄、完敗じゃ!』と笑って最後の宝玉を渡してくれた。
これで4つの宝玉が集まったわけなんだが、果たしてどう使うのか。
後で竜王に聞いてみよう。
ちなみに今はオレ達は屋台を閉めて、他のメンバー達は今から行われるアリスとサタナスの舞を見る為に、舞台の最前列を陣取っている。
中央に設置された赤と白のしめ縄で飾られた舞台を遠くから眺めながら、ソラは背もたれに身体を預けて、暗くなる空を見上げて呟いた。
「はぁ、次は売る側じゃなくて、客で参加したいな」
「そうだね、でもわたしは皆で店員さんするの楽しかったよ?」
「……クロにそう言ってもらえると、助かるよ」
長時間ずっと継続して行った接客作業は、流石にオレでも体力をかなり消耗してしまっている。
屋台クエストが終わったこの後の事を考えて、今は少しでも回復しなければ。
そう思いながらベンチに二人で腰掛けていると、クロがくすりと笑った。
「接客してた時に思ったんだけど、ソラって演技も上手なんだね。わたし、隣りにいて男の子だってこと少し忘れちゃった」
「ああ、アレは前に一度だけ色々あって罰ゲームで〈乙女ゲー〉をプレイする機会があったんだけど、その時に教育係のNPCのババアに徹底的に
これは不味い。
あの地獄の日々を思い出して、トラウマに脳が拒否反応を出し始めた。
両手で頭を抱えて、ガクガク小刻みに震えだしたソラの姿に、何となく何があったのか察したクロは、膝をポンポンと軽く2回叩いてアピールする。
その動作で彼女の意図を読み取ったソラは、少しだけ気恥ずかしいと思いながら、周囲を見回す。
皆ステージの方に注目していて、此方を見ている人は誰もいない。
偶にシオにやって貰うときがあるとはいえ、3歳下の女の子に膝枕をしてもらうのはどうなのだろう。
少しの
黒髪の少女は、ソラの白銀の髪を優しく撫でながら、
「おつかれさま」
と労いの言葉を掛ける。
すると彼女のひざ枕には、何らかの睡眠を
いつもなら、まだ動けるくらいの疲労度なのに、なんだか急に物凄い睡魔が襲ってくる。
少しだけ抗う事を試みたが、まるでシャイターンと戦った時のような圧倒的な力に負けて、ソラは潔く諦めることにした。
……ルシフェル、少しだけ休む。何か少しでも不審な動きを感知したら、オレをすぐに起こしてくれ。
〘了解しました。マスター〙
頼りになるサポートシステムが了承すると、ソラはクロの柔らかい膝の上で瞳を閉じた。
その数分後、ここが戦場になるとは知らずに。
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