第129話「竜王祭③」


 アレから〈ヘルアンドヘブン〉の団体がやって来て、四人を連れて行った後、残った三人はお昼時という事もあり、激しい戦いを繰り広げていた。


「ありがとうございました、またのご利用をお待ちしております」


 茶髪の少年、執事の姿をしたロウが爽やかな笑顔で竜人族の少女に出来たての〈串ドラカツ〉を手渡す。


 少女は「は、はいぃ」と何だか熱に浮かされたような反応をして、フラフラと列を外れて近くに備え付けられているベンチに腰掛ける。


「次の方、押さないようにお進み下さい」


 注意を促しながら右手にある〈クリスタル〉で、エルが入金されたのを確認すると、次のお客様に料理を手渡した。


 それを手早く、笑顔を崩さないように、洗練された動作でひたすら繰り返す。


 これが中々に集中力を要求される。


 同じ動作を繰り返す単純な作業は苦手ではないが、ふとした瞬間に手渡すのをミスしそうになったりした。


 昔はVRゲーム〈スカイファンタジー〉で24時間、ソラとシンの三人で狩りをしていた事もあって、集中力にはそれなりに自信があったのだが、これは思っていた以上にしんどい。


 見たところ、列は途切れることはない様子だ。


 気がつけば、こちらの列は殆どが女性で、年齢は幼い子から大人まで幅広くいる。


 中には女性の姿をした男性、ニューハーフっぽい人もいて、他の女性と同様に何やら熱い眼差しを自分に向けてくるので、ロウはそっと見なかったことにした。


 いやはや、これはいい修行になりますね。


 終わりの見えない作業をしていても、自分の心が折れる事は決して無い。


 むしろ逆に闘争心を燃やして、ロウは目の前に並び立つ、客という名の強敵と向き合う。


 しかし、ボクもそれなりに上手く動けているというのに、隣の世界最強は相変わらず次元が違いますね……。


 料理を手渡して、次の入金を確認するタイミングでチラリと隣に視線を向けるロウ。


 そこにはこのゲームのラスボスの魔王の呪いで、白銀の少女に性転換した親友の少年がいる。


 彼はテキパキと無駄なく接客をして、手にしている二本の〈串ドラカツ〉を二人のお客様に手渡しながら、集中力を一切途切れさせないで丁寧に対応していた。


 時刻は14時で、女子三人と交代して、もう2時間が経過している。


 それなのに見た目は白銀の少女、ソラは常にトップスピードで動き続けていた。


 担当しているのは、自分の2倍の数の〈串ドラカツ〉だ。


 白銀の親友は満面の笑顔を一切崩すことなく、それでいて流れるような美しい動作で次から次に手渡していく。


「ありがとうございます、またのご来店お待ちしております」


「は、はい……」


 現在の美しい容姿を全力で活用し、花のような笑顔を浮かべる彼に心を射抜かれて、列を離れた者は放心状態で手渡された料理を口にしながら、再び列の最後尾に戻っていく。


 正に永久機関ともいえる光景。


 しかも列を見て興味を持った人が吸い寄せられるようにどんどん増えていき、何割かの女性は自分の列に、それ以外は全てソラの列に並んでいく。


 先程のクロみたいに、その手を掴む者は一人もいない。


 自分が触れると、この美しい少女は消えてしまうのではないかと思い、みんな恐る恐るといった感じで串を受け取る。


 そんな調子で2時間だ。


 現実世界と違って汗をかくことがないので、熱中症や脱水症状の危険はないが、その代わりに同じ作業を繰り返すというのは精神的な負担はとても大きい。


 だというのにミスを一切しないのは、凄いというよりも恐ろしい。


 彼がクソゲーという苦行をプレイし続けることで獲得した、システム外のスキルの凄さを改めて認識させられる。


 自分のおよそ2倍の作業量をこなし続ける白銀の少年の横顔に、少しだけロウは見惚れてしまった。



 まったく、見た目は可愛いのにカッコイイじゃないですか!



 気合を入れ直して、並び立つ少年は動きを加速させる。





◆  ◆  ◆





 16時になると、ソラ達の店は4920という驚異的な数字を出して、暫定一位に立った。


 1時間辺りで売った本数は二人で合計して800本前後、それを4時間も休むことなく続けたことによって、2位の〈天目一箇〉の4300とスコアで620も突き放す形となった。


 ただ気になるのはゴースト竜王が2位とほぼ同列になっている事で、このペースだともしかしたら、オレ達に並ぶ可能性が僅かだけどありそうな事だ。


 偵察してきてくれたシンとロウの話によると、何やら屋台にスケルトンの姿は一切なく、歴戦のつわものを思わせる面子が立ち並んでいたとの事。


 料理も普通の大学芋かと思いきや、一口食べると外側はカリッとして中身はホクホクとした食感で、上質な甘さは病みつきになる程だと甘党のシンが熱弁してくれた。


 というわけでオレはシンとロウを引き連れて、休憩を兼ねて三人で再度偵察に出ることにする。


 作業場は〈宵闇よいやみの狩人〉と〈ヘルアンドヘブン〉の料理スキルを取得している人達が入ってくれたので、人数は大幅に増えてシオの監督のもと更に加速中。


 先に第二位である〈天目一箇〉の屋台を覗いてきたのだが、焼きそば屋の横で祭りイベントとは関係のない道具屋で新作のポーションを売っていた。


 その効果は投げつけた場所を始点にして、範囲内にいるプレイヤーに500の回復効果を与える事が出来るという、素晴らしい逸品。


 これでお一つ1万エルの〈エリア・ヒールポーション〉と〈エリア・マジックポーション〉は中々に良い買い物だった。


「思わず50本ずつ買ってしまった……」


「分かる、アレは誰だって買う」


「良いお買い物でしたね」


 三人とも100万エルを一瞬にして溶かす事になってしまったが、その際に手持ちのポーションやらマジックポーションがエリアポーションの材料になるとの事で、一つ1000エルで買い取って貰えた。


 だから実際の出費は、90万エル程である。


 新しいポーションを早く使ってみたくて、鼻歌交じりに歩いていると、目的のゴースト竜王の屋台が見えてきた。


「お、アレが例のや、たい……?」


 全容を見て、思わず最後が疑問形になってしまうソラ。


 何やら、きやびやかなデザインの屋台だ。


 奥で芋っぽいモノを揚げているのはゴースト竜王と、コック帽を頭につけた竜人族の老人。


 カウンターで接客をしているのは年老いた巫女装束の女性三人で、角がある事から察するに彼女達も竜人族なのだろう。


 かれ彼女かのじょらは、長年の付き合いを思わせるコンビネーションで動き、長い行列を処理していく。


 大学芋のどこにそんなに人気が出るのか、気になったソラは取りあえず一つだけ購入してみることにした。


「そんじゃ、行ってくるわ」


「おう」


「ボク達はここで待ってますね」


 二人と別れて列の最後尾に並んだソラは、自動で開いた注文画面から一つだけ表示されるメニューを選択。


 そこまで長いこと待つことなく、あっという間に順番が回ってくると、割りばしと共にフードパックに入った乱切り、ブロック、スティック状の3種類が入った見た目は大学芋を手渡される。


「はい、こちら〈キャンディード・スイートポテト〉です。出来たてでお熱いので、お気をつけてお召し上がり下さい」


「あ、はい」


「ありがとうございました。またのご利用お待ちしております」


 体感20秒ほどで受け取りを済ませると、ソラは流れのまま離脱する。


 接客のレベルもさることながら、受け渡しも丁寧で実に凄い。


 シンとロウと合流して、邪魔にならないように道の端っこを陣取ったソラは、購入したスイートポテトを広げて一つずつ食べてみた。


「うーん、形状を変えることで食感の変化を楽しめるだけじゃない。このクドくなくて、すっきりした甘い味わいは、たぶん上等な物を使ってるのかな……」


 最初から答えを知ってしまうのはつまらないので、そこでようやくソラは〈洞察〉スキルを解禁する。


 するとトンデモナイ事実が判明した。


 〈リフラクトリィ・スイートポテト〉


 マグマを養分とするリフラクトリィの花を〈錬金術〉によって合成する事で誕生した品種改良ポテト。

 市場には滅多に出回らない高級品であり、お一つ10万エルはする。


 それをたったの1000エルで提供?


 どう考えたとしても大赤字だ。


 流石は死んでも王族、採算度外視のパワープレイをしているのか。


 どうりでここら辺にいる竜人族の人達が「まさかこのポテトをお安く食べられる日が来るなんて」と口にしているわけだ。


『ふむ、どうやらネタがバレてしまったようじゃな』


「その声は、ゴースト竜王……!?」


 〈感知〉スキルでこちらに向かって来ていることを知っていたソラは、振り返ると同時に相手の名前を口にする。


 そこには頭にハチマキをして、ジンベエを身にまとった半透明の老人がいた。


『よもやコレを出して未だに首位に立てぬとは、一位のお主らもだが、2位の冒険者達も素晴らしい働きじゃ』


「出た以上は本気で勝つ。それがオレだからな」


『その心意気やヨシ、最後まで追いかけるから覚悟するのじゃ』


 不敵な笑みを浮かべて、ゴースト竜王は背中を向け、スーッと幽霊らしくその場からスライドして去る。


 見送りながら、ソラは此処からが勝負だと悟った。

 

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