第132話「灰色がもたらす災厄」
ソラが眠ってから数分後の出来事であった。
主に言われた通りに、警戒して最大20メートルまで広げている〈感知Ⅱ〉スキルに突如、識別する事のできない謎の反応が出現。
〈洞察Ⅱ〉と併合して使用しているため、遠く離れていても相手の情報をある程度は読む事ができるのだが、この謎の人物はソレを意図して読めないように隠している。
恐らくは〈隠蔽〉に属するスキル。
この溶岩地帯のマップにおいて、そんなスキルを所有しているモンスターは、データ上では存在しない。
ましてや〈魔竜王〉を信仰する竜人族の中にもいない。
コイツは何なんだ、と〈ルシフェル〉は困惑する。
ただ一つだけ、この情報から分かる事は、相手が只者ではないこと。
それを理解したサポートシステムの〈ルシフェル〉は、これを絶対に放置する事のできない脅威と認定して、主を直ぐに起こすことを決めた。
◆ ◆ ◆
〘マスター! 緊急事態です、直ぐに起床して下さいッ!〙
「────ッ」
寝ながらも臨戦態勢を解いていなかったソラは〈ルシフェル〉の最大ボリュームの大声に目を覚まし、すぐさまクロの膝枕から頭を浮かして、ベンチから勢いよく起き上がる。
舞台をチラリと
「ソラ!?」
クロが驚いた顔を見せるが、それに対して謝罪する暇は無い。
〈ルシフェル〉が管理している〈感知Ⅱ〉領域を表示して、此方に接近する謎の存在についての情報をピックアップしてもらう。
それを頭の中で確認したオレは、目を大きく見開いて驚愕した。
なんだ、この異常な速度は……!?
20メートルも離れている距離から、まるで空を飛んでいるかのような速度で、障害物を無視して此方に真っ直ぐ向かってきていた。
〈感知〉のスキルは距離だけじゃなく、範囲内にある物の高度も見ることができる。
この高速で接近する何かは、地面ではなく上空数十メートルの高さに存在している事に、ソラは気が付いた。
つまりコイツは、飛んでいるかのようではなく、実際に飛んで来ているのだ。
形的にはドラゴンの類ではない。
これは、まさか人間?
そうしている内に、敵か味方か分からない存在はソラ達のいる中央広場まで到達する。
上空を見上げて、ソラはウインドウを開いて操作。アイテム欄から腰に装備した、命の次に大事な相棒〈白銀の魔剣〉に手を掛けた。
「クロ、何かヤバいのが来るぞ構えろ!」
「わかった……ッ」
短く状況を説明して、クロも戦闘態勢を取る。
そして正体不明の何かは、あっという間にソラ達の真上を通過すると。
オレは、見てしまった。
夕焼けの赤い上空から白と黒の二枚一対の天使の羽を広げて、儀式の舞を終えた二人の竜の姫の前に向かって、舞い降りる灰色の少女の姿を。
舞台の上に降り立つ時には、その背中から羽はすでに消えていて、オレは幻でも見ていたのかとゲームの中で思わず目を擦ってしまう。
しかし、少女は現実としてそこにいる。
年齢は見たところ、クロと今の姿の自分と同じくらい。
物語に出てくる女神のように美しい顔立ちをした彼女の灰色の髪は、膝裏に届くほどに長く、そして切れ長の瞳はオッドアイで、右は金色で左が碧色と異なる色を宿している。
怖いくらいに細い身体に身に着けているのは、無垢の証である背中の部分が大きく露出した真っ白なバトルドレス。
本物の天使が出現したと思ってしまうほどの、神々しい存在感に見惚れて、誰もが動きを止める。
気がつけば、その少女の左手には舞で使用されていた“二つの竜の扇子”が握られていた。
自分たちの手元から、儀式に使用する大事な扇子がなくなっている事に気がついた二人の竜の姫は、驚いた顔をしてその人物に対して口を開き。
「それ──」
「黙りなさい」
何かを言おうとしたサタナスに向かって、灰色の少女が右手を一閃。
いつの間にか握られていた彼女の髪の色と同じ灰色の片手用直剣が、幼い少女の身体を切り裂く。
誰もが、そう思った瞬間。
その寸前にアリスが弾かれたように動き、幼いサタナスの身体を抱きしめてその凶刃を背中で受けた。
しかし彼女も、何の策もなしで身を差し出した訳ではない。
事前にソラが教えていた〈防御力上昇Ⅴ〉付与によって使用可能となったスキル〈パーフェクト・プロテクト・コール〉が発動して、一度だけ敵の攻撃を無効化する。
これで一度は防ぐことが出来るはず。
アリスとソラの考えは、“普通の敵が相手ならば何の問題も無かった”。
灰色の刃は最強の守りの一つである光と衝突すると、それを何の抵抗もなくあっさり通過する。
そして竜の姫の苦痛の叫びと共に、真っ赤なエフェクトが、舞台の上で飛び散った。
背中を切り裂かれたアリスのHPが、一気に8割も減少。
無敵のスキルが破られた事に加え、付与スキルで事前に〈防御力上昇Ⅴ〉を5重付与していたのにそこまで削られた事に、ソラは愕然とする。
もしも防御力を底上げしていなかったら、今の一撃でアリスは確実に死んでいたかも知れない。
そのままアリスとサタナスは、重なるように倒れた形になる。
余りにも衝撃的な光景に、それを目撃した周囲の人々から、空気を切り裂くような悲鳴が上がった。
アリスを守ろうと慌てて舞台に駆けつけようとする兵達、混乱する戦闘能力のない国民達、イベントの一環だと思いこんでいた冒険者達は何が起きたのか理解できなくて棒立ちとなり、中央広場が一気に混沌と化す。
そんな中で、二人を確実に殺そうと灰色の少女が剣を上段に構えると。
〈アクセラレータ〉を発動させたソラが、離れた所から一気にアリス達のいる舞台まで大跳躍。
音速以上の速度で接近して、二人を殺すために振り下ろす一撃を、ギリギリのタイミングで抜き放った〈白銀の魔剣〉で受け止めた。
甲高い金属の衝突する音。
両者の間で、激しく散る火花。
とんでもなく重たい一撃に押し負けそうになりながらも、ソラは歯を食いしばって耐えた。
視線が合うと、灰色の少女は感情の薄い顔に微笑を浮かべた。
「ああ、ルシファー君じゃないですか。こんな所で会うなんて奇遇ですね」
「おまえは何だ!?」
「自己紹介をして軽くお茶でもご一緒したいところですが、残念ながら今日は遊びに来たわけじゃないんです」
実に残念そうな溜め息を吐いて、灰色の少女は
追いすがり刃を横薙ぎに放つソラの一撃を、紙一重で回避すると地面を蹴って、高く跳躍した。
普通ならば降りてくる所を狙うのだが、灰色の少女は2枚の羽を広げると、そのまま空中で止まる。
「あーあ、スペアキーを入手したら取り回しの悪いメインキーには、ご退場してもらうつもりだったんですよ。……貴方が相手では、それを実行するのは難しいです」
「スペアキー?」
「ルシファー君は知らないんですね。分かりやすく言うと〈魔竜王〉ベリアルの封印を解くための
「な───ッ!?」
「もちろん、返すつもりはありません。邪魔されるのも嫌なので、メインキーを入手するのに失敗した役立たず達には足止めをしてもらいましょう」
パチンと指を鳴らし、それが合図だったのか四方で爆発音が聞こえる。
感知スキルを持っているオレは、その原因が〈魔竜王〉の信仰者達による襲撃だと、直ぐに把握する事ができた。
不味い、これは直ぐに冒険者達に呼びかけて迎撃しなければ、この国の住民に被害が出る。
増えた選択肢に固まった好機を逃さず、灰色の少女は高度を上げながら、ソラに別れの言葉を告げた。
「それでは、いずれまた会いましょう。イヴの大切な伴侶さん」
灰色の少女は笑顔を浮かべて、その場から飛び去る。
空を飛ぶことの出来ないソラには、それを追い掛ける術は無かった。
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