第127話「竜王祭①」


 アレは丁度2年前に、家族全員で祭りに訪れた時だろうか。


 ちょうどその時VRの屋台ゲームで悪戦苦闘していたオレは、気分転換をしようとついて行き、その際に父親から教えられた。


 日本のお祭り、その本来の目的は神様に感謝する事であると。


 だから〈まつり〉という言葉の語源も本来は〈)る〉というらしい。

 

 神をなぐさめ、祈願きがんすること。


 その儀式を指し、土着の神様、神道または仏教に由来する。


 そんな日本人のお祭りに対する思いを理解する上で、最も重要なのが「ハレ」と「ケ」の概念(がいねん)だ。


 「ハレ」とは「非日常」。


 「ケ」は「日常」。


 祭りは「ハレ」であり、華やかに執り行うことで「ケ」をリセットする意味がある。


 自分達日本人は、この非日常ハレの機会を楽しみにし、日常を生きる活力の源としていると父親は。


 当時スマートフォンを片手に調べながら、オレに教えてくれた。


 ………親父ぇ。


 今思い出してみても、色々と台無しで残念でしかない。


 当時のオレは父親の話に対して適当な相槌あいづちを打ちながら、真っ向勝負で勝てないのなら物理的に倒せば良いんだ、とメチャクチャな考えに至っていた気がする。


 もちろん他のNPCに見つかれば、マイナス加点で最下位不可避なので、暗殺しなければいけないが。


「ソラ、ペース落ちてるよ」


「おっと悪い、考え事してた」


 クロに指摘されて、慌てて手に持ってい

るボールと向き合う。


 フライパンに注いだ油を熱する傍ら、オレの隣には妹のシオ、パートナーのクロがいた。


 二人ともオレと同じように卵を割り入れて、溶き卵をひたすらかき混ぜている。


 これも昨日準備できたら良かったのだが、肉と違って卵はボックスに入れても劣化が早いらしく、このタイミングでの下準備となった。

 

「しかし卵を割って、かき混ぜる作業も楽じゃないなぁ」


「泣きごと言わない、割った時にたまごの殻が自然消滅してくれるんだから、それだけでも大助かりよ」


「まぁ、そうなんだけどな」


 シオのお叱りを受けて、オレは嘆きながらも作業を黙々と続ける。


 この段階でストックを沢山作って置かなければ、万が一材料が無くなった時に大変な事になる。


 揚げる作業が滞らない為にも、屋台のボックスにストックを次から次に作っていく。


 ちなみに昨日切り分けた肉の数は、大体〈レッサードラゴン〉の肉一つで串焼き10食分にはなる。


 それを2000個も捌いたので単純計算だと10倍、つまりは2万食分は余裕である。


 屋台でそんなに売れるのかと問われると、普通は無理だと答えるだろう。


 だがここはゲームの中。


 料理スキルによって一本揚がる時間は、およそ10秒。それで尚且20本同時に作れる事を考えれば、通常では考えられない速度で回すことが可能となる。


 オマケにこれは、普通の祭りではない。


 国全体で行われる大規模なモノだ。


 端から端まで通路にズラッと一列に屋台が並ぶ大規模な祭りなだけあって、その様相は壮観と言えるだろう。


 そして見えている人の数を見てるだけでも、酔いそうなくらいの冒険者達と竜人族達が目の前を通って、既に営業を始めている屋台に群がっている。


 その光景を例えるのならば、みつに群がるアリの如く。


 逆に足りないのでは、と思ってしまいソラは額にびっしりと汗を浮かべた。


『ふむふむ、あの〈レッサードラゴン〉の肉を揚げる料理とは、これは中々にクレイジーな事をしよるの』


「わりと普通にありそうな料理だけどな。何でかリストに載ってる屋台を出す人達は〈レッサードラゴン〉の肉を焼く事しかしてなかったから、不思議でならないんだ」


『何せこの国で料理をする者なら、誰もが知っておるからの。〈レッサードラゴン〉の肉を揚げると、“臭みが出て食えたもんじゃない”事は。

 恐らくは臭みを旨味に変えているのは、そこのまな板の上に置いてある、素晴らしい業物じゃな』


「は? え、それってマ───ッ!?」


 思わず話しかけてきている人物を振り返ると、ソラは中身を混ぜているボールを手にしたまま、危うくひっくり返りそうになった。


 何故ならば、そこには半透明の威厳のある竜の老人が、腕を組んで立っていたから。


「ご、ごごごごゴースト竜王!?」


「真っ昼間から幽霊って出るの!?」


「ふ、ふえぇぇぇ!?」


 警戒してボールを左手で抱えて、思わず右手で腰に下げている〈白銀の魔剣〉の柄を手で触れるソラ。


 シオはゴーストを見てもビビらず、頭の先からつま先まで興味深そうな顔で観察する。


 クロはびびってしまい、涙目でオレの背後に素早く身を隠して、目の前にいる半透明の竜人族の老体を覗き見た。


 三者三様の反応をするソラ達に、先代の竜王は両手を上げて、敵意は無いことをアピールする。


『待ちなさい待ちなさい、血気盛んな冒険者達よ。ワシにお主らと此処で戦う気はない』


「それなら、なんで此処に現れたんだ。敵情視察か」


『いやいや、違う。そういえばお礼を言っていなかったと思っての』


「お礼……?」


『そう〈スケルトン・キング〉に閉じ込められていたのを助けてくれたお礼じゃ』


 先代の竜王はそう言って、周囲が見ている目の前ので、頭を深々と下げた。


『この度は誠に感謝する。魔王を討つ事を宿命とされた、偉大なる白銀の冒険者よ。

 そなた達がいなければ、ワシは恐らくは未だに〈スケルトン・キング〉の中に閉じ込められていたはずじゃ』


「あ、いえお礼なんて……」


 不味い、わけが分からない。


 宣戦布告されている筈なのに、急に目の前にやってきてお礼を言われるなんて、想像もしていなかった。


 この展開をイマイチ理解できなくて、後ろにいるクロとシオも困惑している。


 すると顔を上げた先代の竜王は、口元に微笑を浮かべて、こう言った。


『お互いに良い勝負をしようではないか、冒険者ソラよ』


「は、はい」


『では邪魔したの。ちなみに盗み見してしまったお詫びとして、ワシ等が提供する料理を教えよう。芋を揚げてみつを絡めたものでな、〈キャンディード・スイートポテト〉という料理じゃ』


 それだけ言い残して、ゴースト竜王は嵐のように去っていった。


 ……〈キャンディード・スイートポテト〉とは一体。


 そんな事を考えながら卵を新しいボウルに割り入れていると、背後にいるクロが小さな声で答えた。


「ソラに分かりやすく言うなら、大学芋だと思う」


 なん、だと……?





◆  ◆  ◆





 準備が大体終わると、ソラは転移門の前で開会式をしている、竜王オッテルを見据えた。


 やはり彼は良い国王らしく、広場にはオッテルを支持する殆どの国民が集まっている。


 その数は多すぎて収まりきらず、十字のメインストリートにまで人が並んで立っている程だ。


 みんなの視線は当然、全て中央にいるオッテルに向けられている。


 竜王はマイクっぽいものを片手に、静かで威厳のある雰囲気を纏って今年も祭りを開催できる事を皆に、そして一年前に〈魔竜王〉を封印するために亡くなった妻に対して感謝の言葉を贈った。


 誰からも親しみを持たれる人柄だったのだろう。


 竜王の言葉を聞いた国民の誰もが、その場で涙を流す。


 冒険者達も場の雰囲気に呑まれてしまい、竜王の話に聞き入り、どこか哀愁を漂わせる。


 そんな中でオッテルは力強く右手を上げて、


『明日を笑って迎えられるように、今を楽しもう!』


 と笑顔で此処に〈竜王祭〉を開始する事を告げる。



 オォォォ───────ッ!!



 ドッと湧き上がる歓声。


 民に含め冒険者達も加わり、高ぶった心からの雄叫びは、大地を揺らし天にすら届く程にとても大きなモノとなる。


 ソラはクロとシオ、そして合流したシンとロウと視線を合わせると。


 開戦の合図として、卵とパン粉に突っ込んだ〈串ドラカツ〉を油に突っ込んだ。

 

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