第126話「空想のマグマ」

 遂に〈竜王祭〉の当日。


 アレから何とか寝ることはできたが、上條かみじょう蒼空そらの寝覚めは、余り良いものとは言えなかった。


 ぼんやりとした頭の中を占めているのは、竜の皇女から聞かされた、彼女の妹が生まれる前に亡くなったこと。


 VRMMORPGというゲームの中で、NPCがどんな出産をするのかなんて、流石に蒼空でも見たことは無い。


 しかし、彼女から聞かされた話で、オレの中にある一つの仮説が更に補強された。


 竜王オッテルが口にした、サタナスが幼い頃のアリスに似ているという情報。


 先王のゴーストが口にした、孫を守ってほしいという情報。


 それらを合わせると、サタナスはアリスに似ていて、先代の守ってくれという言葉は二人の事を指していた事になる。




 ───これが事実ならば、謎とされていたサタナスの正体は、亡くなったはずの“アリスの妹”?


 


 彼女達にとっては、一番幸せな真実だとは思うのだが、果たしてこれを素直に伝えて良いのだろうか。


 話したとして考えられる通りは、二人とも喜んで受け入れるパターンと、二人とも困惑するパターンと、どちらか片方が困惑する三つのパターンが考えられる。


 しかし余計な事を言って、ギクシャクさせてしまう事を考えるのならば、何も伝えない方が良い。


 実の姉妹であろうがなかろうが、彼女達の絆は変わらないのだから。


 そこまで考えて、蒼空は激しく悩んだ。


「あー、もう、オレはどうしたら良いんだ……?」


 天井を仰ぎ見て、両手を大きく広げると、オレは脱力してベッドに背中から倒れる。


 すると誰かが勢いよく階段を上がり、廊下を走って蒼空の部屋の扉を開ける。


 何事かと思って警戒しながら視線を向けると、そこにはスポーツウェアを身に纏う小鳥遊たかなし)黎乃くろのがただ事ではない様子でオレにこう言った。


「蒼空、たいへんだよ! 外が!」


「ほぇ?」


「そんな小動物みたいな反応しないで、早く外を見て!」


「うーん、わかったよ」


 急にどうしたんだろう、と嫌な予感がしながらもベッドから出ると、言われたとおりにカーテンで閉じている窓に近づく。


 遮光カーテンを思いっきりスライドさせて、遠くに世界樹が見える見慣れた住宅街の景色を見渡す。


 何が大変なのかは、一目で分かった。


「こ、これはまた、凄いことに……」


 地面いっぱいに、昨日までは無かった花がある。


 それは〈アストラルオンライン〉の溶岩地帯に群生している見慣れた赤い〈リフラクトリィの花〉だ。


 これだけなら、まだ何の害もないし世界が赤い花畑になるだけだと余裕を持っていられた。


 だけどあの花が、そこにある意味を知るオレは前回の〈精霊の森〉とは比較にならない恐怖を受けて、額にびっしり汗を浮かべた。


 なんで花が、生えただけで怖がるのか。


 何故ならば〈リフラクトリィの花〉の養分となっているのは“マグマ”である。


 ウソだろ、と心の中で現実を否定するが、蒼空の心の平穏を破壊するかのように道路に突如亀裂が出来ると、マグマっぽいモノが噴水のように吹き出した。


 しかも近くを、犬の散歩をしていた女性が通り掛かり、そのマグマが上から降り注ぐ。


「っ!?」


 とんでもない光景に、黎乃が小さな悲鳴を上げる。


 蒼空も思わず目を背けそうになるが、その前に見えないシールドみたいなものが展開されると、女性を襲うマグマを弾いた。


 女性は驚いた様子で、ややパニックになりながらも、慌ててその場から逃げるように愛犬と走り去る。


 何が起きたのかは分からない。


 女性と愛犬が無事で良かったと思いながらも、蒼空は心の底から呟く。


 これはヤバい、と。





◆  ◆  ◆





 今回のヤバすぎる現実世界の汚染に関して、自称神様ことエル・オーラムはテレビとネットを利用してこう声明した。


『8月いっぱい、それが私達がアナタ達を守ることができる期限です』


 どうやら今朝方に見た女性を守ったシールドみたいなモノは、エル達〈守護機関ガーディアン〉が用意した緊急時用の世界規模の結界らしい。


 現実を肯定して、幻想を拒絶する結界。


 オレ達からしてみると、その力も幻想であり大分矛盾しているような気がするけど、それでマグマから身を守れるのならツッコミを入れるのは無粋か。


 それにリビングにある大型テレビの向こう側にいる彼女は、今回は何だか少しだけ疲れているようにも見える。


 理由は緊急手段の一つとして準備していた、切り札とも言える結界を使用しているからなのか。


 故に期限は、彼女達が限界と定めた今月いっぱい。


 もしもそれ以内に〈魔竜王〉ベリアルを倒せなければ、マグマはオレ達の身体に届くようになる。


 つまりはゲームオーバーというやつだ。


 エルが語り終えると、次にニュースに切り替わる。


 そこではマイクを手にした人が「地中の直ぐ側に、噴出する程のマグマを観測する事はできなかった」事と「船の甲板かんぱんでも同じ現象が起きた」事を真っ青な顔でカメラに向かって語っていた。


 やはり今回の一件も、マトモな物理現象ではないという事。


 まったく、今日は〈竜王祭〉だというのに、悩みの種が次から次にバーゲンセールのように駆け込んでくるではないか。


 蒼空はため息を吐くと、リビングのソファーに背中を預ける。


 すると向かい側に腰掛ける、オレの従姉弟である詩乃は苦笑した。


「イベントが発生しなくても、こういう事が起きるのか。結界がなければと思うと、ゾッとする話だな」


「さっき見てたけど、割れた道はマグマが噴出した後に元に戻ってたな。もしも結界が無くなったら、マトモに外出するのは大分怖いと思う」


「ハハハ、本当にファンタジーな話だ。とはいえ、結界の期限は今月いっぱい。前回の〈精霊の森〉の件はリヴァイアサンを倒す事で消えた事から、今回も解決法は同じだろう」


「〈魔竜王〉ベリアルを倒す事ね」


「それが、唯一の解決方法……」


 妹の詩織と黎乃は正解を口にすると、緊張した面持ちで唇をキュッと引き締めた。


「まぁ、みんな肩の力を抜いていこう。いざとなれば、オレがユニークスキルで男に戻れば、どんな不利も覆すことができるから」


「でもお兄ちゃん、あのスキルは……」


 蒼空が以前に使用した、ユニークスキルの話をすると三人の顔が少しだけくもる。


 その理由は、ただ一つ。


 ユニークスキル〈ルシフェル〉による堕天は強力すぎる反面、代償だいしょうともなうのだ。


 それは一回の使用ごとにプレイヤーの残機である〈天命残数〉が減る量が1ずつ増えるというもの。


 次の消費は1足す1だから残機は【2】減るだけで済むが、その次は3、4、5と増えていく事になる。


 恐らく普通のプレイで死ぬ回数を考慮こうりょした場合に、オレが最強の男に戻れる回数は後10回程度しかないだろう。


 ラスボスの魔王、シャイターンとの決戦を考えるのならば、無駄に死ぬことはできないし、最低でも一回分は残さなければいけない。


「まぁ、今でもかなり無敵だから、男に戻るのは本当に最終手段だな。

 それにプレイヤー全体が前回の強化修正で強くなったし、こればっかりは実際にベリアルと戦わないと分からない。というわけで」


 何だか湿っぽくなってしまった空気を入れ替えるために、蒼空は柏手かしわでを打って、三人の視線を自分に強制的に向けさせる。


 そして立ち上がると、こう言った。


「先ずは目の前の問題から片付けよう。竜王祭の屋台クエストで、先王を倒して宝玉をもらい、後は復活するベリアルに備える。それが今のオレ達に出来る事だ」


 蒼空の言葉に、三人は力強く頷いて見せる。


「そうね、今は目の前のことに集中しなきゃ」


「蒼空の言う通りだね、先ずはおじいちゃんを倒そう」


「私は別件があるから、力にはなれないけど屋台には寄らせてもらうよ」


「よし、それじゃ行こう!」




 そして、オレ達の長い一日は始まった。


 

 

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