第125話「少女の子守唄」
朝起きて詩乃が監督する元で日課のジョギングを済ませて、シャワーを浴びてから朝食を食べてログインする。
前日に〈エウテニアー〉からは帰ってきていたので、そこからは最後の調整だ。
エントリーしたソラ達に割り当てられたのは、転移門のある大広場の隅っこ。
屋台自体はクロとサタナスが、涼しそうな青が良いということで、ペイント機能を使って青色に染めて、その傍らで道具一式を揃えたオレとシオは、最後の仕上げに取り掛かる。
屋台料理の〈串ドラカツ〉の方は、まさかのシオがベースとなるウスターソースっぽいモノをどこからか入手してきた事で、さらなる進化を遂げる事に成功(道場破りして分けてもらってきたとか言っていたような気がするけど、それは聞かなかったことにした)。
当日はひたすら揚げる作業に追われるので、仕込みは今日しかできない。
4桁もの〈レッサードラゴン〉の肉を、オレとシオは次々に手際よくキリエに打って貰った〈フォレストウルフの包丁〉と〈料理〉スキルを併用して処理していく。
しかしずっと同じ作業が続くので、流石にオレとシオだけでは、あっという間に精神的な限界がやってくる。
だから前日にメッセージを飛ばし〈料理〉スキルを取らせたシンとロウも緊急招集して、ソラ達はローテーションで仕込みをする事にした。
今の時間は丁度交代の時間で、オレ達が保存ボックスに入れた肉を取り出して、ひたすら一口サイズに手際よくカットしていくイケメン二人の姿がある。
その背中にオレは礼を言った。
「いやー、ほんとうに助かるよ」
「剣姫様の呼びかけには、応えないといけないからな」
「ほとんどの冒険者からは、姫扱いされてますからね。呼ばれたらちゃんと応じないと、周囲から袋叩きにされます」
と言って、シンとロウは苦笑する。
……最前線のプレイヤー達は、みんなオレが男だと知っているはずなのに姫?
疑問に思うけれど、恐らくは男でも可愛ければ問題ないとかそういう事を言っていそうな気がするので、ソラはそれ以上は考えるのを止める。
ちなみにこのメンバーにヨルも呼んでみたのだが、彼はオレの頼みに対して「無理」と簡潔にお断りのメッセージを返してきた。
まぁ、彼の場合は仕方がない。
何故ならば、ノコノコと現れたら団長業務放置の件に関して、シオに数時間説教されるのは、ほぼ確実だから。
昔っからスカイファンタジーの〈黙示録の狩人〉のメンバーって、一人を除いて全員シオに対して頭が上がらないんだよなぁ。
ちなみにその一人は、シオとメチャクチャ仲が悪い。
ゲーム内で統一して使用しているプレイヤーネームは、イノリ。
錬金術とか何かを生成する職業が好きで、主にサポートを得意としている少女だ。
シオとイノリは、ソラがいない時に顔を突き合わせると、必ずケンカを始めてしまうので、そのたびに仲裁をする事になる。
シンとロウからは、このゲームをプレイしているとは聞いているけど、情報としてはそれだけだ。
リヴァイアサン戦が終わったあとに、一度くらい会おうとは思ったのだが、本人が拒否したとの事。
リアルのチャットアプリでも反応がないし、もしかしてオレがこんな姿でプレイしている事を嫌悪しているのか。
そう思っていると遠くから大声で「ソラくーん!」とオレを呼びながら、嬉しそうな顔で右手を振ってやってくる金髪碧眼の少女VRジャーナリストを自称するリンネの姿が見える。
彼女は設置した休憩用の椅子に腰掛けるソラの前で足を止めると、胸を張ってこう言った。
「ちゃーんとキリエに言われた通りに記事を書いて、ついでにこの国のNPCの方々にもチラシを使って宣伝してきましたよ!」
「おー、ありがとう。悪いね、急に宣伝を頼んじゃって」
「いえいえ、ソラ君の素晴らしい
それにソラ君の頼みで仕事してるって思うと、アドレナリンがドバドバ出て、とても快感でしたから!」
「お、おう、リンネが楽しいのなら良いんだけど……」
両手を合わせて、実に幸せそうな顔をしている彼女の姿に、ソラは少しだけ引いてしまう。
やっぱり変な人だな、と思いながら彼女を眺めていると、オレの隣にアリスが腰掛けた。
「お祖父様の屋台の事を、兵に調べてもらったけどダメね。どんな屋台にするのかは、分からなかったわ」
「うーん、敵の情報を知ることができたら一番だったんだけど、それなら仕方ない。今できる最高のパフォーマンスで出たとこ勝負するしかないな」
オレが真剣な顔でそう言うと、リンネが一つだけ尋ねてきた。
「冒険者達に事情を説明して、協力してもらえば楽勝じゃありませんか?」
「いや、それはしたくない」
ソラは首を横に振り、リンネの提案を拒絶する。
「宣伝まではするけど、事情を説明してプレイヤー達の協力で、クエストをクリアすることはしない」
「なんでですか?」
「それはオレがゲーマーだからだよ、リンネ。相手が汚いことをするのなら、それ相応の事はするけどフェアな条件なら真正面から全力で迎え撃つ」
その方が面白いだろ?
ソラはそう言い残すと、休憩を終えて大量の肉を
◆ ◆ ◆
その日の夜〈竜王祭〉を目前としたオレは、上手く寝付く事ができなかった。
リンネとアリスにはカッコつけた言葉を口にしながら、実に格好が悪いことである。
昔からこうだ。
遠足とか大きな行事が入ると、いつもより少しだけ興奮して寝れなくなる。
自身のコントロールが、上手くできていない証拠だ。
しかし徹夜して当日の集中力を落とすような事をするのは、協力してくれたみんなに申し訳ない。
だから蒼空は少しだけ気分転換をする為に、VRヘッドギアを装着すると冒険者ソラとして〈アストラルオンライン〉で最後にログアウトしたクロと兼用している大きなベッドで目を覚ます。
──すると美しい歌声が、隣のベッドから聞こえてきた。
優しく、涼やかな声。
これは、アリスの声だ。
物音を立てずに、ソラはベッドから出ると竜の皇女の歌声に耳を澄ませた。
眠れ、眠れ
わたしの愛しい子よ
母の腕に護られながら
穏やかな、微睡みの中へ
天使達に見守られ
世界樹の船に乗って
新しい朝は、あなたを歓迎する
眠れ、眠れ
わたしの愛しい子よ
窓から差し込む月明かりが、ベッドで上半身を起こす赤髪の少女、アリスを照らし出す。
彼女の膝には、小麦色の肌の幼女サタナスが頭を乗せて安らかな眠りについている。
サタナスの頭を撫でながら歌うアリスの瞳からは、一粒の涙が流れ落ちる。
その幻想的で、胸が締め付けられるような光景に、ソラは釘付けにされた。
呼吸する事も忘れて見入っていると、不意に歌声が止まり、アリスの視線が此方に向けられた。
「あら、ソラ様」
と、アリスに呼び掛けられたオレは、少しだけバツが悪い顔をして姿を現す。
「ごめん、盗み聞きして」
「ううん、良いのよ。こうしてあげないと、この頃サタナスが寝付けなくてね」
「……そうなのか。ごめん、アリス一人に負担かけて」
「貴方が謝ることないわ、言わなかった我も悪いんだもの」
苦笑して、彼女は安らかに眠っているサタナスの頬を撫でる。
ソラは後ろ髪を
「さっきの歌は、この国の子守唄?」
「ええ、そうよ。実はいつか妹に歌ってあげようと思って、小さいときに頑張って母上から教わったのだけど……」
言葉に詰まるアリス。
彼女の口から出た重要な単語を、オレは思わず口にしてしまった。
「妹……?」
「……特別なことじゃないの。この国の人達は、みんな知ってる事よ」
少女は精一杯の笑顔を浮かべると、ソラに一つの真実を伝えた。
10年前に彼女の妹が、生まれる前に死産した事を。
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