第122話「屋台料理の試作」


 場所はキリエの店の前から変わって、王都〈ユグドラシル〉の第2街区。 


 ここは大きな高級レストランから小さな喫茶店まで、大から小まで様々な飲食店が道沿いにズラリと立ち並んでいるエリアだ。


 以前にVRジャーナリストのリンネのウェブサイトの記事で取り上げられた事があり、初心者から中級者の冒険者達の間では、ここの利用は必須になっているらしい。


 その理由は削除されるから記事には詳しく記載されていないが、このエリアにある店で飲食をする事によって、一時的なボーナス付与を得ることができるとの事。


 主な効果は『獲得経験値アップ』と『武器熟練度アップ』と『エルの獲得量アップ』の3種類。


 どのボーナスが得られるのかは店のジャンルで変わり、効果量と継続時間は店の大きさと料理のお値段で変動する。


 最前線にいる冒険者達は、転移門があるとはいえ、わざわざこんなところまで来るのは手間なので利用する者は少ない。


 後発組が少しでもオレ達に近づけるように、運営側が追加した救済措置みたいなものだろうか。


 ──と、ソラは気を紛らわせるために思考を巡らせると、目の前にある一軒の建物に視線を向ける。


 この通りにある建物は、基本的にオシャレなデザインが多い。


 そんな中で異彩を放つ建物がある。


 左右をオシャレな中華っぽい店とイタリアンっぽい専門店に挟まれた、一軒の木造平屋。


 店の名前は〈炎の料理店〉とノレンに記載されているが、その名の通りに燃えて消滅してくれると、世界は一歩平和に近づくとオレは思う。


 これは冗談ではない。


 少なくとも、このクソクエストだけは人に薦(すす)める事はできない。


 無事に最初のクエストをクリアして〈料理〉スキルを獲得したソラとクロ。


 二人は連続する料理バトルのクエストを途中で中断して店から出ると、店の前に設置されている休憩用のベンチに腰掛けてぐったりした。


「ふぅ、とんでもない開始クエストだったな」


「シオちゃん達、運が良かったんだね……」


「ああ、ハズレ枠があんなに“しんどい”とは、思いもしなかったよ……」


 〈アストラルオンライン〉最強ともいえるトップクラスの二人がなんで、こんなにも精神的ダメージを受けているのか。


 それはここでしか受けることが出来ない料理クエスト〈ヤラれる前にヤレ〉の開始条件である、味がランダムに変化するギャンブル料理を完食したからだ。


「まさかショートケーキの味がするラーメンが、あんなにも胃もたれするとは……」


「最初は、行けると思ったんだけどね……」


 分かりやすく説明するのならば、麺はスポンジ味、スープは生クリーム味、チャーシューなどの具材はイチゴ味と、まさかの見た目はどう見てもラーメンなのに中身がショートケーキ構成。


 最初に食べ始めた時は、これならまだ新手のデザート感覚でイケると思ったのだ。


 しかしその考えは食べ進める事によって、目の前にある料理よりも甘いものである事を、オレ達は直ぐに理解させられた。


 最初の勢いは中盤になると完全になくなり、スープの変わることのない甘ったるい生クリームの味が延々と続くことに直ぐに飽きが生じて、終盤になると胃が「ムリムリこれアカン」と拒絶反応をした時には危うく虹が出そうになった。


 シークレットクエストを破棄すると次に受けられるのは一週間後になり、竜王祭の開催に間に合わないので何とか気合で乗り切ったが、こういうのは二度とやらないと心の中で固くう。


 甘い物大好きなクロでさえ、テンションがガタ落ちしている辺り、デザートラーメンの恐ろしさが分かる。


 美味しいと、ただ甘いというのは違うという事だ。


「さ、さて……それじゃ休憩も終わったし、キリエさん達のところに戻るとするか」


「そうだね。一時間後には終わるって言ってたから、時間的には丁度いいかな」


 特殊枠の〈料理〉スキルは手に入れたのだ、此処にはもう用はない。


 精神的に深いダメージを受けたソラとクロは立ち上がると、とりあえずキリエの店に戻ることにした。





◆  ◆  ◆





 二人は準備中になっている店に戻ると、キリエから貰った鍵を使って中に入る。


 みんなの姿は、見当たらない。


 まだ店の奥にいるのだろうか。


 そう考えていると、店内に何やらとても良い匂いが漂っている事に気がつく。


 先程口にした、あの甘ったるい地獄のようなデザートラーメンの匂いとは全く異なる。


 これは香ばしい揚げ物の匂いだ。


 顔を見合わせたソラとクロは、匂いがする方角に向かって歩みを進めてみる。


 以前に案内してもらった作業場の前を通るが、扉は開きっぱなしで中には誰もいない。


 一体どこにいるのか。


 そう思って匂いを辿って歩いていると、奥の部屋の扉が少しだけ開いているのに気がついた。


 少しだけワクワクして、ソラが先頭に立つと、少し扉が開いている奥の部屋に歩み寄り、ドアノブに手をかけて大きく開く。


 するとそこに、全員集まっていた。


「あ、お兄ちゃん、おかえり」


「あら、丁度いいところに戻ってきたわね」


「ソラー、これ美味しいよ!」


 此方を振り向いたシオ、アリス、サタナスが笑顔でオレとクロを出迎えてくれる。


 中に入ってみると、そこはキッチンとダイニングルームが、ワンセットになっている一室だった。


 キッチンに立っているシオは、油の弾ける音を奏でる鍋を前にして、長箸ながはしを手に何かをげている様子。


 その中身は考えるまでもない、オレ達が〈竜王祭〉で出す予定の料理だ。


 アリスとサタナスは、串に刺さっているきつね色の揚げたての料理を手に、目を輝かせていた。


「ソラ、アンタ等の屋台に出す“くしカツ”凄いぞ!」


 そう言ったのは、赤髪の鍛冶職人のキリエだった。


 彼女は片手に串カツを持って、衣をまとった肉を頬張ると、サクサクと実に美味しそうに咀嚼そしゃくする。


「感想としてはビフカツに近いな、外はサクサクで中身はしっとり赤みの旨味がしっかりと出てて、最高に美味い! こりゃビールが欲しくなるね!」


「はいはい、キリエさん。周りには未成年しかいないんですから、そこは自重してください」


「あははは、すまないね。でもとても美味いのは間違いないよ」


 呆れ顔をしたソラから指摘されると、キリエは苦笑した。


「シオ〈フォレストウルフの包丁〉は上手くいったみたいだな」


「ええ、これなら負ける気がしないわ」


 オレはクロと二人で、鍋とにらめっこをしているシオの隣に立つ。


 鍋に注がれた、たっぷりの油の海を泳いでいるのは、鋭い串に刺さった衣をまとったモノ。


 これぞオレ達の屋台の料理、食べやすいように一口サイズにカットして串に刺して、卵に浸してパン粉をまぶして揚げた“レッサードラゴンの肉を使った串カツ”である。


 あえて名前を付けるのなら〈串ドラカツ〉とでも呼称しよう。


 試作品を頬張るアリスが、何やら感動してオレにこう言った。


「ホント、すごいじゃない。お肉って基本的には焼いたものしか見たことないけど、揚げるとこんなにも美味しいのね」


「ああ、屋台のリストを見せてもらった時に思ったんだけど、基本的に他の屋台は焼きがメインだったからな。これなら他とは違う独創性を出せると思ったんだ」


「まぁ、多少の野性味があるから、切るだけじゃなく下処理もちゃんとしないと臭くて食べられたものじゃないけどね」


 シオが補足すると、出来た一本をオレに手渡す。


 受け取ったソラは、息を吹きかけて少し冷ましてから一口かじり、良く味わってから飲み込む。


 味の感想は、キリエと同じだ。


 これなら十二分に、他の屋台と勝負できるとソラは確信する。


「よし、後はキリエさん、リンネに連絡して宣伝していきましょう!」


「任せな、アイツもソラの為なら協力は惜しまないはずさ!」


 こうしてオレ達は、後はその時が来るのを待つだけとなった。

 

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