第121話「フォレストウルフの牙」
中央広場の転移門を使って〈ヘファイストス〉王国から始まりの王都〈ユグドラシル〉に移動したソラ達。
すると黒いコートに付属しているフードを目深まで被っているというのに、周囲にいる者達がオレの存在に気づく。
最初の波紋は小さいものだったが、それは一瞬にして広がり、大きなものへと変わる。
あれはSNSやテレビでも取り上げられている有名な銀髪碧眼の剣姫だと、中央広場にいる冒険者達は驚いて固まった。
しかも彼の左右にいるのはトップクランに所属している〈
おまけに二人のNPCの竜人族。
未だ〈ヘファイストス〉王国に到達する事のできない彼らにとっては、レアモンスター以上に
そんな周囲が固まったり平伏したり、ザワザワと騒ぐ混沌とした中で、一人だけ白銀の冒険者ことソラはホッと胸を撫で下ろす。
ふぅ、なんとか無事に移動できたな。
最初はNPCのアリスとサタナスは転移門を使用できないのではないか、と喫茶店を出たときに気づいたのだが、それはオレの取り越し苦労に終わった。
どうやらNPCでもパーティーを組んでいれば、冒険者と同じように転移門を使えるようだ。
そう思っていると、サポートシステムの〈ルシフェル〉は得意そうな声で、オレの頭の中でこう言った。
〘もちろん、私は知ってました〙
キミ、サポートシステムだよね?
いつもなら聞かなくても答えるくせに、と少しだけ異議を申し立てると〈ルシフェル〉は続けてこう答えた。
〘常に〈感知Ⅱ〉スキルで周囲20メートル以上を指示通りに探っていたので、答える事ができなかっただけです。けしてマスターに対する不満とかは、一切ありませんからね?〙
どうやらこのサポートシステム、今日はずっと〈感知〉スキルで常時周囲の探索を任されて、リソースに余裕がないから
そんな変わったAIの言動に対して、なんとも言えない顔をするソラは、胸中で溜め息を一つ。
「それじゃ、キリエさんの店に行こうか」
取り敢えず周囲の冒険者達は殺到してくる気配はないので、そのまま彼女達を連れて真っ直ぐに、キリエの店に直行する事にした。
◆ ◆ ◆
彼女の店は緩やかで長い坂を登り、そこから3番目の十字の通路を右に曲がったところにある。
ちなみに王都〈ユグドラシル〉は円形の土台が幾つも積み重なったような構造をしており、オレ達一般プレイヤーに開放されているのは、4番目のエリアまで。
5番目から上は王族の領域らしく、壁で封鎖されていて、自由に出入りできないようにレベル200の門番や警備が守っている。
以前に兵のいない壁から侵入を試みた上位のプレイヤー達がいたらしいが、全員壁を越えて足を踏み入れた瞬間に見えない何かに斬り殺されて、リスポーンさせられたとの事。
かなり謎だらけの王都だが、村人から王と娘の名前だけは聞くことができるらしい。
王都〈ユグドラシル〉を統べる者の名は、オルディン。
娘の名前は、ヨルズ。
自分がシオから以前に聞いて、知っているこの国に関する知識は、それだけである。
……そういえば始まりの国だというのに、あんまりこの国の事を知らないな、とソラは歩きながら思う。
アリスは初めて来たのか、サタナスと二人で物珍しそうに街の様子を眺めていた。
それからしばらく散歩気分で歩いていると、視界の先に目的の木造の店が見えてくる。
「お、キリエさんだ」
事前に来る事と要件をメッセージで送っていたからか、赤髪の鍛冶職人の女性は、店の中ではなく外で待ってくれていた。
オレ達がキリエと挨拶をすると、彼女は右から順に視線を配り、楽しそうに笑みを浮かべた。
「ハハハ、また面白い事になったもんだね。本当にアンタは他の奴とは、やってる事が違うよ」
「シンとロウからは、まーたコイツはユニーククエストを引き寄せてやがるって、呆れられてます」
チャットアプリで時折、情報交換をしているのだが、その度に〈歩くユニークコイコイ〉という花札なのか虫を捕まえるのか分からんあだ名で呼ばれたりする。
「まぁ、以前やってたゲームでも似たような事をしていたので、今更気にする話でもないかな」
「ふーん、ユニークを呼び寄せる性質か。一般プレイヤーからすると喉から手が出る程に羨ましいけど、そこのところどうなんだい?」
「あー、オレの場合はユニーククエストのやり過ぎで、もう普通のクエストとは何ぞやって感じですね」
普通のクエストをやっていたと思っていたら、いつの間にかユニーククエストになっていた時は笑ってしまったものだ。
昔を思い出して、ソラはどこか遠くを見つめるような目をした。
すると、隣りにピッタリ張り付いているクロが、オレのコートの袖を軽く引っ張る。
彼女は小首を傾げると、今回ここに来た理由をソラに尋ねた。
「ソラ、キリエに何を頼むの?」
「ああ、それはこれだよ」
オレは透明な四角形のウインドウを開くと、指で操作して所持しているアイテム一覧から一つ取り出した。
「キリエさん、これをお願いします」
「お、コイツが例の
「お兄ちゃん、それって……」
「フォレストウルフの牙?」
同じものを所有しているクロが、オレがキリエに手渡した物の正体の名を当てる。
彼女の手に握られているのは、薄く
アイテム名は〈フォレストウルフの牙〉。
以前に〈精霊の森〉で倒したレアモンスター、フォレストウルフから入手したもので、今回の屋台の切り札になる一つだ。
オレの説明を聞いたシオ達3人は、この牙がどんな切り札になるのかと尋ねてきたので、隠さずに答えてあげる。
「こいつは以前にアップデートで〈調理器具〉カテゴリーの包丁にする事ができるようになったんだ。
そんでもってコイツを使った包丁は〈洞察Ⅱ〉スキルによると〈料理〉スキルと併用する事で“食材の旨みレベルを1段階上げる事ができる”アクティブスキルが付与される」
「食材の旨みレベルを、上げる……」
「つまりそれ使って料理すると、美味しくなるってこと?」
クロが分かりやすく要部分を言葉にしてくれたので、ソラは頷いて肯定した。
「そう、こいつと〈料理〉スキルを使って〈レッサードラゴン〉の肉を調理すれば、それだけで他の屋台の一本先を行ける。
そしてオレの策は、ここで終わりじゃない。キリエさんにオレとクロの持ってる牙を、包丁にしてもらっている間に、今回必須になる〈料理〉スキルを取りに行くぞ」
「りょーかい」
いつもの緩い感じの返事をして、クロも自身のアイテム
彼女は二本の牙を手にすると、何やら鍛冶職人としての魂に火がついたのか、ゴゥッと燃え上がる。
「料理包丁か、初めての挑戦だけどコイツは面白いじゃないか。お代はタダにしてやるから、その屋台に出す料理、よければアタシも食べさせてもらっても良いかい?」
「もちろん、良いですよ。どのみち試作はするつもりだったので」
「よし、それじゃあ早速、取り掛からせてもらうよ!」
「よろしくおねがいします」
楽しそうに笑みを浮かべて、キリエは足早に店に入る。
それからシオとアリスとサタナスに、キリエの店で一緒に待ってて貰うことにすると、ソラはパートナーのクロと二人で駆け出した。
目指すべき場所は、2番目のエリアにある小さな料理店。
そこで〈料理〉スキルを獲得するために。
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