第118話「竜姫の誓い」


 翌日にソラ達は村長を含め、沢山の人達に見送られて、救国の褐色少女の伝説を信じる村〈フィロフロシュネー〉を出発した。


 王国の帰路は当然、来た時と変わることのない溶岩地帯。

 青いバラのような花〈リフラクトリィの花〉が所々で群生していて、時折マグマが噴出している地獄のような景観が続いている。


 最近は恒例行事となっている揺れる馬車の中、オレは村長から貰ったボードゲームで、幼い少女のサタナスと向かい合って暇つぶしをしていた。


「わーい、また勝った!」


「う、うーん、サタナス強すぎないか?」


 これでソラの本日の負け回数は、10回を突破する。

 昨日の連敗に引き続いて、幼い少女に容赦なくボコボコにされている状況だ。


 このモンスターの姿を模したコマを並べて戦うボードゲームのルールは、トランプと同じように、現実世界にあるチェスとまったく同じ。

 ボードゲームはあまり得意ではないが、運が大きく絡むトランプと違って、こちらは頭脳戦である。


 サタナスの年齢は、見た目で言うのならば小学校3年生くらい。

 そんな彼女に高校一年生のオレが勝ちまくるのは気がひけるので、最初に勝ったら手加減しようと思ったのだが、その考えは砂糖菓子よりも甘かった。


 サタナスは、何らかのシステムアシストを貰っているのか、メチャクチャ強い。


 難易度で例えるのなら、この手応えは以前に一度だけ体験した、チェスのNPC戦のプロモードだろうか。


 こちとらハードモードをクリアするのがやっとの平凡な腕前なので、彼女の設定が最高難易度ならば勝てないのは当然である。

 ニッコニコの幼女は左右に小刻みに揺れながら、実に楽しそうに言った。


「えへへ、次はソラお兄ちゃんが先行だね」


「ぐぬぬぬぬ、次は勝つぞ……ッ」


 そう言って一番前列のコマを一つ前進させる──と同時に、訓練用の“木の棒”を持つ手に力を込めて向かい側に座る二人を奇襲した。


 先ず放ったのは、左から右に線を描く薙ぎ払い。


 狙いはボードゲームに気を取られ、少しだけ警戒が緩んだ、バトルドレスを身に纏う黒髪の少女クロだ。


 昨日は反応が遅れて、肩に受けた彼女。

 今日はとっさに片手直剣を斜めに構えて、ギリギリのタイミングで上に受け流してみせる。


 だけどオレの奇襲は、そこで終わらない。


 上空にそれた斬撃を巧みな身体操作で軌道修正、クロの隣りにいるアリスを狙い、左上から右下に木の棒を振り下ろす。

 アリスは焦ることなく、オレの左袈裟斬りに合わせて細剣を振り上げて、側面を打って弾き返した。


「おお、マジか」


 男子三日会わざれば刮目して見よ、という有名な言葉がある。

 意味は、日々鍛錬する人が居れば、その人は三日も経つと見違える程成長しているものだ。


 まさか昨日はバシバシ叩かれまくっていたというのに、たった一日でこんなにも動けるようになるとは。


 クロとアリスは互いに顔を見合わせて、上手くいったと言わんばかりにしたり顔をする。


「ふふふ、まだまだぁ!」


 見事に防いだ弟子の二人に何だか嬉しくなり、つい少しだけ本気を出す。

 握る木の棒から、緑色のスキルエフェクトを発生。そのまま水平ニ連撃〈デュアルネイル〉を発動する。


 二人は超高速で繰り出される水平二連撃を、剣で受けてガード。

 重たく鋭い連撃に姿勢が少しだけ崩れるものの、一度もその身に受けることなくしのいでみせた。


 これには凄い、とオレも素直に認めざるを得ない。


 クソゲーを長い時間トライ・アンド・エラーする事で、ようやく三種の防御の型をマスターしたソラの技量に、たった二日目で近づきつつある。

 昨日の〈魔竜王〉を崇拝する竜人族との戦いでコツを掴んだのか、それとも個人的に練習しているのかは分からない。


 だが昨日悔しそうな顔をしていた二人が、頑張って防御を覚えようと何らかの修行をしているのは、攻撃した際の手応えから何となく推測できた。


 良いじゃないか。


 負けず嫌いこそ、ゲーマーの本質であり伸びるために必要不可欠なものだ。

 そんな事を考えながら、隙きをついた四連撃〈クアッドスラッシュ〉を放つ。

 二人は高速の連撃を、必死な顔で辛うじて手にした武器で受け流しながら、最後の一撃を止める。

 精一杯で余力なんて全く無いが、少しだけ本気になった攻撃を全て防がれた。点数評価をあげるなら二人共100点満点である。

 ソラは構えを解くと、一息入れて素直に二人を称賛した。


「凄いじゃないか、良い感じに防御ができてるぞ」


「えへへ、二人で練習したかいがあったね」


「練習?」


「打たれっぱなしは悔しいから、昨日の夜ソラ様がログアウトした後少しだけ二人で半減決着の〈決闘(デュエル)〉をしていたのよ」


「あー、なるほどな」


 嬉しそうな顔をするクロと苦笑いするアリスを見て、オレは僅か一日で二人が急激な成長をした理由に納得した。


 やはり実戦に勝る経験は無い。


 昨日の夜にどれだけの時間を掛け、二人で研鑽けんさんしていたのかは分からない。

 だとしても一朝一夕で身につくようなものではないので、これは二人の才能と努力あっての結果だとソラは思った。


「アリスお姉ちゃんと、クロちゃんすごい!」


 サタナスが目を輝かせて、二人に称賛の言葉を送ると、クロとアリスは気恥かしいのか揃って照れる。

 少し経ってアリスは、何かを決心したような顔をしてサタナスを見ると、唇をキュッと横一文字に引き締めた。


「サタナス、一つだけ貴女に言いたい事があるの。聞いてくれる?」


「アリスお姉ちゃん……?」


 急にどうしたんだろうか。

 大好きな人から真剣な眼差しを向けられ、オレの隣で小首を傾げる少女。

 そんな仕草を可愛いと思いながら、ソラはついアリスに対して身構えてしまう。

 彼女に限って、今更サタナスを拒絶するなんて事は絶対に有り得ないとは思うが、こういう場面は昔からどこか緊張してしまう。

 思わず息を呑みこむと、アリスは優しい口調でこう言った。


「サタナスは、これから何が起きても我が必ず守る。その為に強くなるって決めたわ」


「アリスお姉ちゃん……」


「魔竜王の信仰者がサタナスを狙っている以上、ソラ様に頼り続けるのは良くないわ。だから我は強くなって、これからもずっと一緒にいられるようにする。……もちろん、サタナスが良ければだけど」


「うん! サタナス、アリスお姉ちゃんとずっと一緒にいる!」


 満面の笑顔で、サタナスがアリスに抱きつく。

 竜のお姫様は小さな彼女を抱きしめると、その口元に微笑を浮かべる。

 オレとクロは顔を見合わせると、この美しい光景を守ろうと頷くのであった。





◆  ◆  ◆





 アレから唐突に発生した〈レッサードラゴン〉の連続襲撃を全て突破したソラ達は、最後に魔竜王の信仰者達と戦うことになった。

 しかも仲間が三回も返り討ちにあった事で本気になったのか、最初にドラゴン達でオレを足止めさせて、その隙にサタナスを奪おうとしてきた。

 敵の数は五人。いくら防御の技量が上がったとしても、二人だけでは突破されてしまう人数差だ。

 実際に敵も二人掛かりでクロとアリスを足止めして、残りの一人がサタナスを狙う作戦で来た。

 残念なことに、馬車の御者とバイコーンには戦闘能力は全く無い。

 襲われたら抵抗する事も出来ずに、サタナスは連れ去られる。

 そう思ったソラは、慌ててドラゴンを処理して駆け付けようとした。

 だが振り返るとそこには、予想を大きく外し、真紅の光の粒子を纏ったアリスが奮闘する姿があった。


 ユニークスキル〈双竜の巫女〉。


 サタナスとの絆が一定値に達する事で、アリスが獲得する専用のスキル。

 一定時間のステータスの大幅な向上に加えて、ダメージを大幅に軽減する中々なチート能力だと〈洞察〉スキルは教えてくれた。

 黒マントの信仰者達は「竜の姫がこんなに強いなんて聞いてないぞ!」と悪態を吐きながら、アリスの剣でHPを0にされて光の粒子に変えられる。

 クロも負けじと、ステータスを強化するジョブスキル〈戦意高揚〉を発動。

 動きを加速させて二人の少女は、あっという間に襲撃者達を返り討ちにした。

 その間にドラゴンを全て倒し終えたオレは、すぐに二人と合流。三人で周囲を警戒しながら馬車に駆け込み、その場を離れた。

 座席に腰掛けて一息ついたソラは、アリスに礼を言った。


「……ふぅ、アリスが強くなってくれて助かったよ」


「ほとんど、二撃で敵を倒してて凄かったね」


「アリスお姉ちゃん、ソラ様みたいだった!」


 三人から褒められて頬を赤くした彼女は、それから自身の手に視線を落とす。

 自分でも驚いているらしく、アリスは信じられないと言わんばかりの顔をしていた。


「守らなきゃ、と思ったら身体の底から力が溢れてきて……」


 なるほど、つまりはサタナスに危険が迫ると発動する仕様なのか。

 正に今のアリスにとって、最強の切り札と言えるスキルだ。

 それからしばらく馬車は走り、襲撃される事なく〈ヘファイストス王国〉に到着する。

 オレはずっと使用していた〈感知〉スキルを、サポートシステムのルシフェルに任せて警戒を緩めた。


「うへぇ、流石に連続で襲撃されるのは精神的に参ったなぁ」


「ソラ、お疲れ様」


 サタナスの守りをアリスとクロの二人に任せて、一人でトータル100体もの〈レッサードラゴン〉を相手にするなんて思いもしなかった。

 ソラは脱力して、隣に腰掛けているクロに手招きされて膝に頭を乗せる。


 何故こんなに疲れているのか。


 その理由は実に簡単なもので、一時間毎に20体のドラゴン達の襲撃を受けたから。

 誰だって五時間で、トータル100体のドラゴンを相手にしたら疲れるだろう。

 これはフルダイブ式のVRゲームであって、脳死で戦えるレトロなゲームとは違う。

 精神的な疲労は、無心でコントローラーをポチポチするのとは桁外れである。


 クロと二人ならば、疲労はある程度は軽減できただろう。

 しかし〈洞察〉スキルでドラゴン達が何者かに誘導されてきたのを知ったオレは、いざという時の為にクロを待機させて一人で倒す事を決めた。

 実際に最後には信仰者が攻めてきたのだから、この判断は間違ってはいなかったと言える。


 でも、本当に疲れたな……。


 疲労度を小回復する、パイナップルみたいな酸っぱくも甘い飴玉を口の中で転がしながら、ソラは両目を閉じる。

 元の男の姿だったら、自分より小さな女の子に甘えるなんて、恥ずかしくて出来ない。

 女の姿だからか、そういった異性に対する羞恥心は少しだけ薄らいでいる気がする。

 でもそれは同時に、順調に心も女子になっている事を意味するので、正直に言ってよろしくはない。

 しかしクロの膝枕は何らかの癒やしの力を宿しているのか、こうしていると身体から力が抜け───


 ハッ!?


 いかんいかん、危うく本気で眠りそうになった。恐るべしクロの膝枕。

 しかし目を開けると彼女が見下ろしてきて、にっこりと可愛らしい笑顔を向けてくるので、これはこれで心臓に宜しくない。

 第一に美少女に膝枕してもらってるとか、普通に親友二人からリア充と呼ばれても仕方のない事案である。

 いや、でもクロは妹みたいなもんだし、シオに膝枕してもらうのと大差ないのでは……。

 そう思いながら一人悶々もんもんとしていると、ソラ達を乗せた馬車は庭園を抜けて無事に城に到着した。

 庭園を通っている際に何か引っ掛かるものを感じたが、それは外の騒がしさによってかき消された。


「何やら城が騒がしいわね。ソラ様とクロ様、警戒した方が良いかもしれないわ」


「一難去ってまた一難ってやつだな、了解した」


 クロの膝枕を名残惜しみながら身体を起こし、先ず最初にオレが馬車から降りる。

 次にアリスとサタナス、最後に殿としてクロが警戒して降りた。


 すると確かに城にいる兵達が慌ただしく、集まって何か話をしていた。


 どうしたのか近づいて聞いてみると、みんな口を揃えて「大変な事になったんです」と同じ返答をする。

 もう一回聞いても、答えは同じだった。


 こういうときは何を聞いてもムダなパターンが多いので、ソラはアリス達に首を横に振ると、竜王のいる玉座に最短距離で向かった。


 道中のメイドも掃除をしながら「今年の竜王祭はどうなるんでしょう」と不安を吐露とろしている。


 ……ほんと一体何があったんだ。


 疑問に思いながらも玉座に到着すると、そこには難しそうな顔をした竜王オッテルがいた。


「父上、この騒ぎは何事!?」


 先行してアリスが問いただすと、オッテルはなんとも言えない顔をして、オレ達にこう言った。


「……実は先程ゴーストになった先代の竜王が、今は亡き腕利きの従者達を引き連れて〈竜王祭〉に出店すると宣言してきてな。どうしたものかと困っているのだ」


 なんだって。


 先王のゴーストが仲間をつれて屋台をだすだと。


 あまりにも予想外すぎる展開に、流石のソラも困惑した。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る