第119話「唐突な屋台クエスト」


 竜王祭りゅうおうさいとは、この土地の火山の活動を抑え竜人族の生活を支えてくれている〈竜結晶りゅうけっしょう〉をもたらしてくれた天上に対して、一年に一度だけ感謝を捧げる祭事。 


 国を上げて開かれるこの祭りは、朝から夜にかけて行われ、毎年沢山の店が屋台を出して祭りを盛り上げる役目を担う。


 そして最後に国中を満たす人々の活気と熱意を“竜の姫が舞で束ねる”事で、国中に設置されている〈竜結晶〉に、再びこの一年を乗り越える為の力を与える。


 これが〈竜王祭〉という祭りの全容であり、何百年も続いている歴史の一つだと、竜王オッテルは何も知らないオレとクロに丁寧に説明してくれた。


「〈竜王祭〉とは生者が明日を生きるために、世界に感謝と願いを込めて行うモノだ。それを教えてくれた父、先代の王が何を思って参加するのかが、さっぱり分からぬ……」

 

 流石の竜王オッテルも、この不可思議な状況に困惑している様子。

 話をまとめると、こういう事だ。


 先ず亡くなった先代の竜王がゴーストの姿で此処に現れて、更には昔亡くなった腕利きの従者達を引き連れて祭りに出店すると宣言した。

 その際にヒゲを生やした筋肉質な竜の老人は、オッテルに対してこう言ったらしい。


『オッテルよ! 次の〈竜王祭〉にはワシ等〈サドゥンリィ・ゴースト〉も参加するぞ!』


 サドゥンリィとはクロいわく、日本語に訳すと『突然、急に、不意に』という意味らしい。


 つまりサドゥンリィ・ゴーストの名前ををそのまま日本語で訳したら『突然幽霊』とかそういったよく分からん意味になる。

 これは狙って名付けたのか、それとも運営側のお遊びなのか。

 どちらにしても、オレからしてみるとクダラナイの一言だ。


 とりあえず、この場所で何が起きたのかは理解できた。

 オレとしては、魔竜王の信仰者の襲撃でなくて何よりと言ったところ。

 竜王オッテルを見たソラは、一つだけ尋ねることにした。


「竜王、先代の王がゴーストで参加するとして、何か問題とかあるんですか」


「うむ、実のところ問題は別にない。参加自体は自由であるし、今年は沢山の冒険者達が参加するからの」


「それならいっその事、先代の王は放置しても良いのでは。何か問題を起こすようなら、祭りに参加する冒険者達で袋叩きにできますし」


「ソラ様って、時々恐ろしい事を平然と口にするわよね……」


 ドン引きしたアリスが、頬を引きつらせる。

 彼女はオレの言葉の意味が分からずに、キョトンとした顔をするサタナスの肩を両手で掴んで、少しだけ距離を取った。


 自分的には、とても無駄のない合理的な話をしただけなのだが、どうしてそんな恐ろしいものを見るような目をされるのか。


 笑顔のサタナスを除いて、周囲の人達の視線が少しだけ痛い。

 この微妙な空気、一体どう切り抜けたものか。


 すると絶妙なタイミングで、いきなり〈フィロフシュネー〉のクエストの完了と同時に経験値とエルの獲得。


 ソラとクロの目の前にウィンドウ画面が出現して、次のクエスト内容が表示される。


 タイトルは『スケルトン・キング最終章』。


 内容は『先代の竜王率いる凄腕従者達と屋台対決』という急にクエストの方向性が斜め上どころか、宇宙の彼方にぶっ飛んだものだった。


 ヤタイ、ヤタイナンデェ!?


 竜王オッテルは立ち上がると、混乱しているオレ達に対し状況をまとめてこう言った。


「これは恐らく先代の挑戦状とみた、というわけですまないがソラ様、出店して父……先代を倒してくれないか」

 

「おい、話が唐突すぎないか!?」


 先程の微妙な空気もどこにやら。

 急な展開に対して流石にツッコミを入れると、竜王オッテルは何故か清々しい顔をして、オレに向かって右の拳を向けて親指を天に突き上げてみせた。


「いやいやいや、なんか良い顔してるけど騙されないからな! 屋台出すって言っても、そんな簡単に決められるわけないだろ!?」


「無茶振りしているのは十二分に理解している。もしも先代を倒すことができたら、宝物庫にあるものを一つだけソラ様達に報酬として授けよう」


「………………宝物庫、だと?」


 その言葉を聞いたソラは、ピタッと反論するのをやめた。


 ファンタジーゲームで宝物庫といえば、市場では入手することのできない激レアなアイテムを、確定で入手できるチャンス。


 これを逃すことは、ゲーマーとしては絶対に許されない。


 ソラは恐る恐るといった様子で、オッテルに先程聞いた言葉が間違いではなかったのか確認をした。


「竜王、宝物庫の中を一つですか……?」


「ああ、そうだ」 


「それって中にあるものなら、何でも良いんです?」


「何でも良いぞ」


 オッテルが深く頷いて見せると、ソラはスーッと大きく息を吸い込む。

 そして肺を満たす空気をゆっくり吐き出し、その間に思考を纏めた。

 あれこれ言ったところで、正直なところユニーククエストの途中破棄は絶対に有り得ない。

 逃れられない屋台の対決ルートにオマケの報酬が増えたのだから、正直に言って棚からぼたもちである。

 クエストを引き受けるか、断るか。

 答えなんて、考えるまでもない。


「──承知しました。先代との屋台対決は自分に任せてください!」


 言質を得たソラは、その場にひざまずいてオッテルに頭を垂れて、まるで劇場のワンシーンのような姿勢を取る。


 その見事としか言いようがない姿に、唯一離れないで隣りにいたクロが、くすりと笑った。


「ソラって、本当にレアなアイテムに目がないよね」


 なんとでも言うが良い小娘。

 レアアイテム、その中でも特に非売品に関しては、オレ達ゲーマーにとっては夢でありロマンであり、モチベーションそのモノなのだ。


 そのチャンスを眼の前にぶら下げられた今、例え相手が亡霊だろうがなんだろうが全て塩をまいて浄化させてやる。


 まだ見ぬ宝物庫のアイテムを選ぶ未来を夢見て、ソラはかつてないほどに、やる気を燃え上がらせた。





◆  ◆  ◆





 クエストを受注すると、城を出て街を見回る事にしたソラ達。


 屋台の準備が進められており、大通りにはびっしりと似たような木製で、各店の独自のノレンが風で揺れている。


 数はパッと見ただけでも、二桁は余裕で越えるだろうか。


 飲食店から冒険に使えそうな便利道具など、色々なジャンルがピンからキリまで揃っていた。


「さて、オッテルから屋台クエストを引き受けたのは良いんだけど、どうしたものか……」


「ッ!?」


 オレのその言葉に、後方にいたアリスがつま先を地面に引っ掛けて、危うく前のめりにずっこけそうになる。

 間一髪でソラの服を掴み、転倒を回避。

 彼女はこちらを勢いよく見て、信じられないと言わんばかりに、驚きの声を上げた。


「そ、ソラ様!?」


「うん、悪いけどノープランだぜ」

 

 アリスはオレが何か考えがあって、オッテルのクエストを引き受けたのだと思っていたらしい。


 だが実のところ宝物庫という眼の前にぶら下げられた、これ以上ない極上のエサに釣られただけ。

 ハッキリ言って頭の中は、何も考えていなかった。

 ただ一つだけ言い訳をするのなら、あの状況でオレみたいな人間が、後の事を考えて行動できるわけがない。


「ソラ、どうするの?」


「んー、何も考えずに受けたけど、だからって何も考えつかないわけじゃない。こういう場合は、シンプルに状況を整理するのが必要かな


「状況を整理……」


「ああ、分かりやすく言うなら、屋台っていうのは殆どが物を売って稼ぐスタイルだ」


「物を売る……つまり売る物があれば屋台として成立するってこと?」


「その通り、屋台っていうのはジャンルに縛られないからな。なんならそこら辺に生えてる草とか、花を売る事だって出来る」


「でもそれって……」


「ああ、もちろんそんな手抜きで、つまらん店に客なんてものは来ない。クソゲーで〈アルティメット屋台〉というのがあってだな、目標売上金額を達成するのに先ず一番強いライバル店を物理的に潰すという裏ワザが」


「そんなことしたら即失格になりますわよ」


 物騒なオーラを漂わせるソラに対して、アリスが冷静にツッコミを入れてくる。


 ソラは額にうっすら汗を浮かべると、少しだけ間を開けた後に右手を振って否定した。


「やだなぁ、そんな事するわけないじゃん」


「わりと目が本気じゃなかった?」


「ハハハハ、気のせい気のせい。さて冗談はここまでにして、ちゃんと話をしようか」


 先代達がどんな屋台を出してくるのかは知らないが、どうせ参加するのなら全てをぶち抜いて一位を目指したい。

 というわけで、ソラは一つだけアリスに尋ねた。


「アリス、前回の竜王祭で一位から三位を取った店が何をやってたか分かるか?」


「前回のトップの三店、たしか前回の竜王祭は全部料理店だったような気がする。一位が唐揚げ屋をやってたのだけは、ハッキリと覚えているわ」


 やはりどのゲームでも、上位はそういうジャンルに客層が偏るらしい。

 オマケに一位が唐揚げという事は、自然とこの国の住人達に何が好まれているのかが容易に想像できる。

 思い返せば、今まで向かった街の屋台はどれも肉系が多かったような気がする。

 それも竜種が混じっている影響なのかも知れないが、方向性を決める情報としては十分だ。

 となると残る問題としては、手持ちの材料で何が作れるか。


「今手元にあるのは、一週間後に腐ってダメになるレッサードラゴンの肉が4桁ほどか」


 今からクロと二人で王都〈ユグドラシル〉に向かい、料理スキルだけ取得して戻ってきたとしても、出来そうなのは他の屋台と同じ串焼きくらい。


 ただ焼いてハイどうぞと出すのは、余りにもつまらないので、もう一つ何か手を加えたいところ。


 そう思っていると、いきなり背後から「お兄ちゃーん」と聞き慣れた声が聞こえてきた。


 振り返ると、遠くから何かクレープ生地みたいなものを手にした黒髪の少女──妹の詩織しおりこと冒険者シオが、此方に向かって走って来る姿が見えた。


「あ、シオちゃーん!」


 気づいたクロが元気よく手を振り、合流すると二人は人前だというのに、恥ずかしがる事なくハグをする。


 微笑ましい光景に、ソラは頬が少しだけ緩む。


 それから初見のアリスとサタナスに、シオは丁寧に挨拶をすると、事情を聞いて自分も協力すると胸を叩いた。


「料理なら任せて、料理クエを全部クリアした今の私に怖いものなんてないわ!」


 これは心強い。

 新たに最強の助っ人を仲間に加えると、ソラ達は屋台の料理を四人で考えることにした。

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