第116話「真逆の伝説」


 クソッ!


 クソクソクソッタレがぁ!!


 黒いローブを身に纏う大剣使いの竜人族は、ぜぇぜぇと息を切らしながら悪態を胸中に、暗く足元の悪い細道を走り出口を目指す。


 なんで、こんな事になったのか。


 まるで、わけが分からない。


 ヤツと戦う事以外は、大して難しくもない簡単な任務の筈だったのに。


 なんで、自分は敗走をしている?


 竜人族の男は、恨めしそうな顔をする。


 逃げのびた最初の刺客の相方が、“金色”にやられたと聞いて、慌てて此方もそれなりに準備をした。


 金色というのは、魔王シャイターンを討ち取ることを目標に掲げた〈白虹はっこうの騎士団〉に所属する、女の刀使い。


 その強さは、王都を攻め落とそうとした魔王軍の幹部〈サマエル〉と一対一の戦いで片腕を切り落として、撤退させたと噂されている程の化け物。


 ヤツの猛攻に耐えられるように、盾を装備した騎士の前衛三人に、足止めと弱体スキルを付与できるように、自分達は徹底的に金色の対策をしてきた。


 それなのに、想定外の事態が起きたのだ。


 片手間でひねつぶそうと思っていた、世界樹〈ユグドラシル〉に選ばれた弱き冒険者達の強さが、最初に生き残った同胞どうほうから聞いていた事前情報と全く違った。


「クソ! 報告では我らに遠く及ばない戦力と聞いていたのに、何なんだアレは!? あんな冒険者がいるなんて、聞いていないぞッ!」


 以前に破れた最初の戦士達は、金色によって一人を残して全滅して。


 次に派遣した戦士は、誰も帰還するモノはいなかった。


 恐らくは金色によって全滅させられたのだろうと、自分を含めて誰もがそう思っていた。


 しかし、その認識は間違っていた。


 男は、作戦を始める前の事を思い出す。


 今回こちらは、レベル70の上位戦士が5人。


 それに対して向こうは、せいぜいレベル60に満たない片手剣使いの冒険者が二人に、盾を持った細剣使いの皇女が一人。


 オマケに向こうは幼女を守るために、皇女が一人で守りに入らないといけない。


 前衛で動けるのは、最大でも二人。


 戦力差は5対2という、圧倒的に此方が数的にも有利な状況。


 だから迅速に制圧して、金色に対する人質にする事を視野に入れて、自分達は格下の皇女率いる冒険者のパーティーを襲った。


 ──それなのに、いざ戦闘が始まると数と質共に勝っているはずの自分達は、まるで相手にならなかった。


 竜人族の男の脳裏に浮かんだのは、正に悪夢としか言えない光景。


 最初に前方と左右から、盾と片手剣を手にした此方の仲間が切り掛かった。


 レベル差があるのだ。


 その一撃で、全ては決まる。


 そう思っていたら、次の瞬間には切り掛かった騎士の三人の一撃は見事な剣技で切り払われ、受け流されて地面を叩いた。

 更には予想外な事に、竜の姫ともう一人の黒髪の少女もレベル差があるというのに、同志の攻撃を見事に防御してみせた。


「強撃一本、後はオレがやる!」


 叫んだ銀髪の剣士の指示通りに動き、硬直時間のある強撃で、とっさに防御した此方の仲間二人を、大きく弾き飛ばした黒髪の剣士と竜の皇女。


 指示ミスかと思い、敵に生じた致命的な隙を狙って、此方が動こうとした瞬間だった。




「〈アクセラレータ〉始動」




 銀髪の剣士が、聞いたことがないスキルを口にしたと同時に。


 まず最初に、銀髪の剣士の眼の前にいた一人が〈ストライクソード〉によって、一撃で殺された。


 次に瞬間移動に等しい移動をした銀髪の剣士は、視認することすらできない光速の二連撃〈デュアルネイル〉で、皇女の前にいた一人を殺した。


 そして瞬きをしたら、次には黒髪の剣士の前にいたはずの仲間が、光の粒子に変わっていた。


 これが僅か数秒の出来事である。


 自分ともう一人が慌てて〈弱体化〉と〈暗闇〉のデバフスキルを使用したが、一体どんな耐性を持っているのか、白銀の剣士はその全てを受けて弾いた。


 光の如く速さで動き、全ての状態異常を無効化する化け物。


 こんなのと戦えるかと、自分はとっさに仲間を敵に突き飛ばして、全力で逃げ出した。


 後ろも振り返らずに、右に左に移動攻撃スキルを織り交ぜながら、ただひたすらに走った。


 しかし現実は、そんなに甘くはない。


 男は背後から迫ってきた死神に追いつかれ、有無を言わさず上半身と下半身を一刀両断にされた。


 光の粒子に身体が崩壊しながら、美しい白銀の少女の姿を眺めながら、竜人の男は思い出す。


 とある黒いローブを纏った、“怪しい少女”から聞いた事を。


 それは二人の冒険者と竜の皇女が保護している赤髪の幼女を入手すれば、長年の悲願である〈魔竜王〉様を、全盛期の力で復活させる事ができるという内容。


 あの言葉を信じて、行動した結果がこれだ。


 ……ああ、世界に混沌もたらす魔竜に栄光あれ。


 平和を望む、弱き竜王に呪いあれ。


 そう呟いて、竜人の男は消滅した。





◆  ◆  ◆





 初めて訪れた〈フィロフロシュネー〉の街の夜は、実に賑やかなものだった。


 串焼きっぽいものとか、鉄板焼っぽいものなどの屋台が中央の広場に立ち並び、集まった村人達が源泉を陣取っていたモンスターがいなくなった事を喜び、酒を片手に祝杯を交わしている。


 どの街にも温泉はあるのだが、彼らにとって街の目玉でもあり、商売道具であるモノが脅かされるというのは、とても不安だったらしい。


 まさか村長に報告すると、街全体で祭りが始まるとは思わなかったが。


「安くて美味いレッサードラゴンの肉を使った串焼きいかがですかー! おっと、そこの小さいお嬢さん、できたてがあるよ!」


「アリスお姉ちゃん、サタナスあれ食べたい!」


「はいはい、分かったから手を引っ張らないで」


 屋台から漂う香ばしい誘惑に負けた最年少のサタナスが、先程からアリスを引きずって右に左に屋台を回っている。


 その光景は微笑ましいものであり、ここの村人達も笑顔で見守っていた。

 ちなみに今のサタナスは、いつも忌み子の証である肌の色を隠すコートを身に着けていない。

 赤いワンピース一枚で、褐色の肌を月明かりの下に堂々と晒している。


 なんで隠していないのか説明すると、それはつい先程ダンジョンをクリアして戻ってきた際に、サタナスが石につまづいて転んで街の住人に褐色の肌を晒してしまったから。

 この時オレは、街の人達から冷たい視線を向けられ、以降は避けられる事を覚悟した。

 だけど一番近くにいた若い女性が、サタナスを全く拒絶しないで「お嬢さん、大丈夫?」と優しく駆け寄ってくれたのだ。


 しかもそれは、彼女だけではない。


 他の人達も女性と同様にサタナスを受け入れてくれて、誰一人として嫌な顔をする者はいなかった。

 最初の村では、サタナスを恐れて見ようとしない者達が殆どだったのに。

 他の街では、忌み子が現れたから警戒しろと忠告を受けたのに。

 なんでこの街の人達は、彼女を忌み子だと拒絶する事なく、自然と受け入れているのだろう。


 疑問に思っていると、街を見回っていた民族衣装を身に纏う年老いた女性、村長のジュアンがやってきた。


「ソラ様、アタシ達があの子を受け入れているのが、そんなに不思議かね?」


 胸の内の疑問をズバリと言い当てたジュアンに、ソラは小さく頷いた。


「はい、この村は彼女に対して、何であんなにも好意的なんですか」


 尋ねると、ジュアンはトカゲみたいな尻尾を振りながら、シワのある顔に深い笑みを刻む。

 次に星々が輝く夜空を見上げると、実に楽しそうに語った。


「この村の者達には、実は大昔に褐色の肌の少女が、祈りで王国を助けた伝説が代々伝えられているのさ」


「褐色の少女が、祈りで国を助けた。……国に広まってる、災いをもたらす話とは全くの正反対ですね」


「ああ、そうだね。でもアタシはこっちが正しいと信じてる。だって誰かを否定して不幸にするよりは、みんなが幸せな方が楽しいだろ?」


「……そうですね。オレも、そう思います」


 そう言って、ソラは眉間に小さなシワを作る。


 脳裏に思い浮かぶのは、守ることのできなかった金髪碧眼の少女の後ろ姿。


 手を伸ばす事のできなかった、初めての弟子にして最初のパートナー。


 イリヤ……。


 彼女を思い出して、顔を歪めるソラを見たジュアンは、その顔に苦笑を浮かべた。


「ふぇ、ふぇふぇ、ソラ様も完全無欠というわけじゃないみたいですな」


「……はい、オレはそんな大層なもんじゃないですよ」


「ふむふむ、かなり深刻な悩みと見ましたぞ。そんな貴女には、トラウマを刺激したお詫びに、これを差し上げるとしましょうか」


 何やら申し訳無さそうな顔をしたジュアンは、オレに小さな宝石を手渡す。


 サポートシステムの〈ルシフェル〉は、それの正体を簡潔に教えてくれた。


〘レドゥの宝石、所有者に望む出会いをもたらすと云われている古の宝石です。残念ですがコレクターアイテムで、実際に効果はありません〙


 望む出会いをもたらす宝石……。


 ジュアンは立ち上がると、ソラの肩に手を置いてこう言った。


「過去は変えられませぬが、未来は貴方の選択で変わります。それをゆめゆめ忘れないでくだされ」


「ジュアンさん……」


「さぁ、お仲間が呼んでいますぞ。偉大なる冒険者に、天下一の幸運を」


 背中を叩かれて、ソラは彼女に礼を言うと、自分を呼ぶ少女達に向かって駆け出す。


 気持ちは晴れないが、その足取りはいつもより、少しだけ軽くなった気がした。

 

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