第115話「幽霊と新しい力」


 彼の頭に生えているのは、後方に向かって伸びている二本の鋭い角。


 髪は燃えるような真紅の色で、優しそうな双眸そうぼうは深い金色を宿している。


 顎から伸びているのは、竜人種固有の特徴的な赤い色のひげ


 その背中は長い年月をかけて鍛えていた事が、ハッキリと分かるほどに引き締まっている。


 ──厄災が迫っている、孫を守ってほしい。


 肉体が半透明の竜人の年寄りは、確かにオレを見て、そう言った。


 まるで懇願こんがんするように。


 言われた言葉を全く理解することが出来なくて、ソラは一体どういう事だと困惑する。


 すると老人は願いを告げた後、微笑を浮かべそのまま立ち上る湯気と共に、幻だったかのように消えてしまう。


「ちょ、まってくれ!?」


 声をかけようと手を伸ばした時には、もう既に手遅れだった。


 先程まで眼の前にあった老人の気配は消えて、この空間のどこにも感じる事ができなくなる。


 それと同時に『源泉を無傷で開放』した事でシークレットボーナスとして、大量の経験値とエルの獲得が発生。

 オレのレベルは56から57に。

 クロはレベルが、51から52になる。


 レベルが上がるのは嬉しいし、シークレットボーナスって何って思うが、今はそれどころではない。

 今の状況を分析したサポートシステムの〈ルシフェル〉が、簡潔にオレの心理的状態から、今もっとも求めている答えを教えてくれた。


〘マスター、竜人のゴーストタイプの反応の消失を確認。このフィールドのどこにもゴーストはいません〙


 ゴーストタイプ?

 怪訝(けげん)な顔をするソラ。

 それはつまり、今の老人が幽霊だった事を意味する言葉だ。


 こういうファンタジーゲームで、幽霊という存在は大して珍しいものではないが、それは大抵は古びた館とか墓地とか暗い地下とか、必ずマップの特性に合わせて出てくることが多い。


 後はシナリオとかで、そのキャラが亡くなった場所とかが挙げられるけど、あの老人の存在感はとても強く、例えるのならばベータプレイヤーのレベル156のハルト以上のモノを感じた。


 とてもそこら辺にいるモンスターを相手にして、亡くなるとは思えない。


 何よりも出現したタイミングと、老人の姿が引っ掛かる。


 ボスモンスターである〈スケルトン・キング〉が温泉に浸かっていて、それを倒したら上半身素っ裸の老人が現れた。


 長年のVRゲームで培った経験で、そこから推測するのならば大体二つのパターンが考えられる。


 先ず一つ目は、オレ達の眼の前に現れたあの老人が〈スケルトン・キング〉の本来の姿であるパターン。


 それと二つ目に、あのモンスターに閉じ込められていて、今回の三度目の討伐でようやく外に出られたパターンが考えられた。


 前者か後者なのかは現状では分からないけど、ポジションでいうと何か重要な事を伝えてくれる、お知らせキャラみたいな感じだろうか。


 そんなNPCキャラクターが今回のクエストの達成後に出てきたのは〈スケルトン・キング〉を3回討伐する事が、彼のイベント発生のトリガーだったと考えるのが普通だ。


〘なるほど、だから何度倒しても恥じらいもなく同じ個体が出て来たんですね、マスター〙


 サポートシステムのくせに、何だか辛辣な反応をする〈ルシフェル〉。


 オレは心の中で毒舌サポートに頷き、先程の『魔王の呪いから開放された』という言葉と『厄災から孫を守ってくれ』という二つの言葉から一つの結論を出す。


 アレが口にした全てを鵜呑みにするのならば、少なくともアレはアリスの祖父か、或いはサタナスの祖父の可能性が高い。


 或いは、その両── 


「そらぁ!」


「ッ!?」


 胸の前で腕組みをして思考を高速で巡らせていると、棒立ちしているオレの身体を、誰かが背後から強く抱きしめてきた。


 クロさん……?


 背中に柔らかい感触と共に、ガクガク震える少女がゲーム内のオシャレに使用している、フローラルな香りが鼻孔をくすぐる。


 チラリと振り向いてみると、黒髪の少女は涙目で、震えながら先程の消えた老人について尋ねてきた。


「い、いいいいいまの、ゆゆううううれぃ……!?」


 クロが顔を真っ青にして、普通なら今にもVRヘッドギアからプレイヤーの異常事態と感知されて、強制的に機能制限されそうな程に怯えている。

 その姿は、演技しているようには見えない。

 心の底からの、恐怖による震え方だ。


 あー、幽霊とか苦手なのか。


 ゲームのカテゴリー的にはゴーストタイプなのだから、ハッキリと言うなら今の老人は幽霊だ。


 でも怖がらせる為に作られた幽霊ではないので、ホラーが苦手なオレでも全く怖くなかったのだけど、クロはアレでも怖いらしい。


 違うと否定してあげても良かったが、クロがどんな反応をするのか少しだけ気になったので、とりあえず本当の事を伝える事にした。


「まぁ、今のが幽霊かと聞かれると幽霊だな」


「やっぱりぃ!?」


「ファンタジーとか割と普通に出てくるぞ。オレの〈洞察〉スキルによると、このゲームではゴーストタイプっていう形でいるみたいだな」


「ゴースト……」


「クロよ、もちろんあんなのは序の口で、今後はもっと怖いのとか出てくるかも知れないぞ。例えば髪の毛が長くて、這いつくばって高速で接近してくる女のゴーストとか」


「ふ、ふえぇぇぇ!」


 ぎゅうっと、ソラの身体を抱きしめる力を強くするクロ。


 普通の男子高校生ならば、美少女に抱きしめられた上に胸が強く押し付けられて嬉しいと思うところだが、それを堪能できるほど世の中は甘くはない。


「いだだだだだだだだだだ!?」


 レベル51の筋力値の全力で行われる締め付けは、ソラが想像していた以上に強く、ダメージとヘッドギアのセーフティが発生しない絶妙なギリギリのラインで苦痛を彼に与えた。

 例えるのならば、原付バイクにプレスされているような痛みといえば分かりやすいだろう。


「クロヤバい潰れる潰れる潰れるぅ!」


「おばけ怖いよぉ……ッ」


 どうやら恐怖で、オレの叫びが全く耳に入っていないらしい。


 目尻に涙を浮かべて、黒髪の少女は小刻みに震えている。


 実に可愛らしい姿だと思うが、細い腕でトンデモナイパワーで締め付けてくるのは、下手なモンスターを相手にするよりも恐ろしい。


 そんな生かさず殺さずといった、地獄のような状況の中

 アリスが隣に立つと、クロの肩を軽く叩いて先程の人物が誰なのか答えた。


「クロ様、そんなに怯えなくて大丈夫よ。先程の老人は見覚えがあるわ。遠目で分かりづらかったけど、たぶん先代の竜王。つまりは我の祖父よ」


「アリスの、おじいちゃん……?」


 涙目でソラを締め付けながら、小首をかしげるクロ。


 アリスは安心させるために、笑顔で頷いた。


「ええ、そうよ。我の細剣の師匠で、優しくて強くてとても頼りになる人だったわ。亡くなったのは2年前で、どうしてゴーストになってまでこんな場所に現れたのかは分からないけど、怖いゴーストなんかじゃないわ」


 アリスがそう言うと、クロは落ち着きを取り戻したらしい。

 深呼吸を何度かしてから、ソラを締め付ける力を弱めた。


「………………な、なら、こわくない……かも、たぶん」


 それでも多分かい。

 どうやらお化けが、よっぽどダメな様子のクロ。

 だいぶ我慢している様子で、彼女は両手に握りこぶしをつくり、己に言い聞かせるように何度も「こわくないこわくないこわくないこわくない」とお経のように呟いている。


 解放されたオレはクロに謝罪して、彼女の頭を撫でながら、今後の事を考えてどこか遠い目をした。


 これはゴーストタイプのモンスターと戦うことになったら、クロは間違いなく戦力外になるなぁ……。


 あまり気は進まないけど、他のホラー系のVRゲームである程度特訓させる必要があるかも知れない。

 このゲームを始めてトップ3位に入る程の窮地を脱したソラは、取り敢えずクロが落ち着くのを待ってから、この場所から離れる事をみんなに提案した。


「は、はやく出ようそうしよう!」


「ええ、そうね。問題は解決したのだしさっさと上に戻って一泊して、明日には王都に戻りましょう」


 クロとアリスが承諾すると、オレを先頭に次にアリスとサタナスを中間にして、殿をクロにすると四人は直ぐに出発する。


 その道中の中ボスを倒した広いエリアで、やはりというか何というか。

 何だか恒例となりつつある〈魔竜王〉ベリアルを信仰する五人の竜人族が、サタナスを狙って奇襲を仕掛けてきた。


 しかしオレ達は最初に戦った時のオレ達ではない。

 ソラ直伝の防御技を学んで、見違える程に成長したクロとアリスは、襲撃者達のレベル任せのスキル攻撃を容易く受け流して見せる。

 二人が敵と一対一をする形になる一方で、三人の敵が纏めてパーティーのリーダーであるソラを集中攻撃する。


 だがしかし〈付与魔術師(エンチャンター)〉のスキルレベル90で進化した〈速度上昇Ⅳ〉を五つ重ねたオレは、新しい高速移動スキル〈アクセラレータ〉を使用。

 残像すら発生させる程の加速で、敵の視界から姿を消すと。


 目にも止まらない連撃スキルを繰り出して、レベル70の強敵を僅か2分で壊滅させた。

 

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