第113話「馬車の中で特訓」


 翌日にログインして、事前に用意されていた馬車で直ぐに〈ヘファイストス王国〉を出発すること数時間。


 移動中の馬車の中は、いつもの和気あいあいとしたものではなく、重たく緊張した空気に満たされていた。


 いつも場を盛り上げている幼いサタナスは、ハラハラした表情でソラとクロとアリスの三人を順番に見回し。


 アリスとクロは、緊張した面持ちで愛用している自身のメイン武器を手に身構えていた。


 仲間の少女二人がそんな状態の中で白銀の冒険者ソラは、出発する前に購入した木の棒を手に脱力して、リラックスしながら時折溶岩が吹き出す外の景色を楽しんでいる。


「いやー、しかし溶岩に耐える植物というのも、中々に凄いもんだよなぁ」


 火山地帯というと、基本的には植物なんて生息できないモノなのだが、この〈アストラルオンライン〉にはマグマを養分にしている〈リフラクトリィの花〉という特殊な赤い花が咲いている。


 効果は日本語に訳すと〈耐火の花〉だったろうか。


 オレが今コートの下に装備している真紅の服には〈リフラクトリィの花〉から抽出したエキスが使われており。

 それによって火属性ダメージを30パーセントカットすると同時に、火山地帯での活動デバフを無効化する役割もしてくれている。


「初めて火山地帯に入った時は知らない状態異常〈過熱状態〉になって、みんな疲労度50パーセント増加と敏捷性に50パーセントダウンのデバフ受けて、初見のゴーレムとかレッサードラゴン相手に死者が多発してたよな……」


 流石のオレも王国に到達するまでに2回ほど突然噴出した溶岩に焼かれて死んだのは、今でも忘れられない記憶。


 ちなみにこの耐火服を装備していれば5割ほど残るが、そうでないときは即死だ。


 一番防御力の高いロウが即死した時は、誰もが踏み出す足場から吹き出す溶岩に、怯えたものである。


 しみじみ思いながら、耐火処理をしてある馬車がマグマを浴びた。


 馬車を引いている〈バイコーン〉も御者もマグマ対策はしているが、実に心臓に悪い。


 警戒していたクロとアリスの意識が、流石に外の方に向けられる。


 その瞬間をオレは逃さなかった。


「隙あり!」


「ふぇ!?」


 脱力した状態からコンマ数秒で戦闘態勢に入ったソラの横薙ぎの一撃が、僅かに反応が遅れたクロの右肩を叩く。


 攻撃力0の木の棒の一撃を受けた彼女は、痛みを感じることはないが、衝撃に耐えることができず座席に倒れる。


 ソラは更にそこから立ち上がって高速回転して、水平二連撃の〈デュアルネイル〉を忠実に再現したもう一撃をアリスに放つ。


「く、ううぅぅ!?」


 先にクロがやられた事で、竜人の皇女は辛うじて反応して、一撃目を愛用している細剣の側面でガード。


 二撃目も同じように受けようとするが、それを察知したソラは、途中で斬撃の軌道を変更。


 空中で直角に変化した二撃目が、持ち手を叩き、アリスは武器を落としてしまう。


 武器落とし。


 主に武器を使った対戦ゲームで使われる〈アームズ・ファレンラッセン〉と呼ばれる技。


 防御ばかり意識していると突然手元を狙われるので、対人戦だと気をつけないといけないゲーム外スキルの一つである。


 無防備になったアリスの鼻先に木の棒の先端を突きつけると、ソラは「はい、二人共アウト」と告げた。


「う、ううぅ、常に警戒するのむずかしいよぉ……」


「泣き言いわない。出発する時に、今回は移動の時間が長いんだから、こうやって特訓するって話をした時に了承しただろ?」


「むぅ、がんばる」


 先程からバシバシと、その身体で不意打ちを受け続けているクロは、上手くいかない事にフラストレーションがたまっている様子。


 そろそろ手加減する度合いを、引き上げる必要があるか。


 そう考えるとアリスが感嘆の声を上げた。


「ほんと、こんな狭い場所でよくそんな動きができるわね。我なら間違いなく周囲に接触しないように気をつけて、速度が極端に落ちると思うわよ」


「あー、まぁこれに関しては慣れかな」


「口ぶりから察するけど、こんな狭い場所で戦うような事が前にあったの?」


「違う世界の事なんだけどな。二人通るのがやっとの道で騎士四人に挟み撃ちにされた事があって。

 バツグンのコンビネーションを見せてくる前方の二人組を速やかに倒して、10分以内に後方の二人組を倒さないと倒した奴らがリスポーンしてくるエンドレスを繰り返してたら、自然と身についたなぁ……」


 確かタイトルは〈ダークナイト2〉といって、内容は旧支配者を召喚して正気を失った国の住人達を、旅人の剣士が退治するというもの。


 発狂した全ての住民を斬り殺し、最後には召喚陣に仕掛けられた反転のシステムを作動させて、旧支配者を送還して物語は終わるのだが。


 難易度は激高で、基本的には敵が角待ちするのは当たり前。


 上から敵が降ってくるのは当たり前。


 床に落とし穴や、槍が突き出してくるトラップがあるのは当たり前。


 雑魚がハメ技してくるのは当たり前。


 ボスが引き撃ちしてくるのは当たり前。


 魔法や剣技は全て一度使うと、リキャストタイムが一時間と長くて使い所を間違えると、通常攻撃で削れない敵を相手にした場合は進行度によっては死んだほうが早いまである。


 ちなみにセーブポイントは、基本的にはステージの始まりと中間にしかなくて、ボス部屋手前で魔法の爆撃でハメ殺しにされた時は乾いた笑い声しかでなかった。


 よくアレをクリアしたもんだよ、自分で自分を褒めたくなる。


 うんうん一人で頷いていると、クロが苦々しく笑ってこう言った。


「前々から気になってたけど、ソラってどMなの?」


「うーん、どMではないかな。クソゲーって味わい深くてさ、プレイヤースキルで頑張ればクリアできるかできないかの境界線を、ひたすら反復横跳びしてるスリル感がたまらないんだよ」


 まぁ、中には本当にクリアできないものもあるが、そういったのはクソではなくてムリゲーなので別とする。


「受け流し、切り払い、防御をマスターしたいのなら〈剣豪〉という素晴らしい苦行ゲーがあるぞ」


「……この流れで地獄に引きずり込もうとしないで」


「そっか、それは残念隙あり!」


「ぴゃあ!?」


 バシーン、と鋭く振り下ろされた木の棒がクロの足を叩く。


 痛みは無いのだが、受けた衝撃にビックリして、クロは変な声を出して身体が一瞬だけ飛び跳ねる。


 実に良い反応だと思いながら、ソラはその隣に腰掛けている少女から殺気を感じ取った。


「今なら!」


 この2時間ずっと叩かれた仕返しと言わんばかりに、最小限の動きでアリスから左下段から右上段を切り裂く、逆袈裟斬りが放たれる。


 冷静に殺気から来ることを察していたソラは、斬撃に合わせて木の棒を振るい、そのまま綺麗に受け流した。


「嘘でしょ!?」


「これが受け流し、そしてこれがカウンターだ」


「ふぎゃあ!」


 バシンッ、と上段から振り下ろされた木の棒が、アリスの脳天を直撃した。


 ソラは両目に暗い光を宿し、衝撃で目を回すアリスと、怯えるクロの二人を見据える。


「さーて、まだまだ先は長いからな。ビシバシいくぞ♪」


「おひょしさまがくるくる回るのよ〜」


「お、おにだよ。おにがいるよ……」


「鬼じゃなくてソラ師匠と呼べ」


 それから四時間くらい、馬車で特訓を続けていると、徐々に二人共オレの不意打ちに対して反応できるようになり。


 街につく頃には、クロとアリスは5割くらいの確率でオレの攻撃を、受けられるようにはなった。


 ちなみにサタナスはトランプを用意して、片手間で遊んであげていたのだが。


「わーい、またサタナスの勝ち!」


「ぐぅ、また負けただと!?」


 ババ抜き、ポーカー、色んなゲームでオレは全て彼女に敗北した。


 

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