第112話「夜食と思い出」


 結局前日は色々とあったせいでゲームをする体力がなくなり、蒼空はベッドに横たわったら、そのまま寝てしまった。


 次の日の朝に目を覚ましたオレは、日課となったジョギングと朝食を済ませた後に〈アストラルオンライン〉にログインをする。


 ゲームの中で目を覚ましてベッドから出ると、一番最初に視線が合ったのは、赤髪の幼女ことサタナスだった。


 彼女はオレを見ると嬉しそうな顔をして、床を勢いよく蹴って突進。


「そらぁー!」


「ぐふぁ!?」


 1日ぶりのログインで完全に油断していた冒険者ソラは、お腹にサタナスの頭突きがクリティカルヒット。


 上半身は〈エンヴィー・ダークネスコート〉の防御値が高いのでダメージは全く無いが、それでも衝撃だけは消すことができない。


 サタナスを受け止めきることができず、そのまま無様にも背中から床に倒れた。


 馬乗りになった彼女は、ニコニコと満面の笑顔でソラに挨拶する。


「おはよう! サタナスね、ちゃんとソラのいうこと守って、アリスお姉ちゃんとお部屋で大人しくしてたよ!」


「お、おはよう、サタナス。元気いっぱいで何よりだよ……」


 苦笑してサタナスに挨拶すると、その後に続いて現れたのは竜人の皇女様ことアリスだ。


 彼女は腰に手を当てて、オレの様子を見て少しばかり呆れた顔をした。


「まったくソラ様達がいない間、サタナスの相手を一人でするのは大変だったわ」


「ご、ごめん。ちょっと天上がバタバタしてて、ログインできなかったんだ」


 ソラは身体を起こし、しがみついてくるサタナスの頭を撫でながら、アリスに謝罪をした。


 アリスは、オレが嘘をついていないかチェックをしているのか、ジロリと疑り深い視線を向けてくる。


「ふん、我とサタナスの事なんて、忘れてしまったのかと思ったわ」


 ムスッとした顔で、そっぽを向く。


 しかし何か声を掛けてもらいたいのか、顔を横に向けながら、チラッチラッと横目で此方をうかがっている。


 これは間違いなく、一日放置して下がった好感度を回復するチャンス的な会話だ。


 見たところアリスの属性は、複数あるタイプの中では分かりやすいくらいにツンデレ系。


 ツンデレ系というと、一年前に掲示板で勧められてプレイした恋愛シミュレーションのクソゲー〈VRボーイミーツガール〜深淵〜〉を思い出す。


 あのゲームは一人を攻略したら、そのキャラが二週目はヤンデレストーカーになって、少しでも選択肢を間違えると殺されるか、或いは監禁されてバッドエンドに直行というモノだった。


 しかも二週目の攻略が終わると三週目でヤンデレストーカーが二人に増えて、周回する度に難易度は激高になり……。


 ふ、ふおぉぉぉ、六人のヤンデレストーカーの追跡を振り切る為に奮闘したトラウマで動悸ががががががががッ!?


「そ、そら大丈夫?」


 ガクガク震えるソラのただならぬ様子に、サタナスが少しだけ怯えた顔をする。


 それを見てなんとか正気を取り戻したオレは、彼女に精一杯の笑顔で応えると、改めてアリスを見た。


 さて、皇女様ことアリスは、実にテンプレみたいなツンデレムーブをしている。


 彼女の性格と今の動作から推測するに、ここでオレに求められている行動は一つしかない。


 意識を切り替えて、戦闘モードに振っているパラメータを演技モードに。


 ソラはサタナスに退いてもらうと、立ち上がって彼女に歩み寄り、その手を握った。


「今度からは気をつける。サタナスを守ってくれてありがとう、君がいてくれて本当に助かるよ」


「え、ふえぇ!?」


 手を握られ歩み寄られたアリスは、予想外の行動だったのか、顔を真っ赤に染めて激しく動揺する。


 その反応が何だか面白いので、ソラは追撃を入れてみることにした。


「戦闘でもアリスには何度も助けられてるよ。率先してサタナスの護衛をしてくれるし、クロのカバーも意識してくれて常にオレがフリーで動けるように立ち回ってくれてるよな。他にも街では」


「もう良い、もう良いから! それ以上は我恥ずかしくて死んじゃうから!」


 機嫌が良くなったのか、それとも追い詰められてるからなのか、尻尾をブンブン左右に振りながら連動するように涙目で首を振るアリス。


 そんな彼女を可愛いなぁ、と思いながら眺めていると不意に肩を叩かれた。


 何やら背後から、氷点下の鋭い殺意が突き刺さる。


 恐る恐る振り返ると、そこにはニコニコと笑顔の黒髪少女のクロがいた。


「ソラ、なにやってるの?」


「あ……ち、違うんです。これは下がった好感度を回復させるイベントというものでして、けしてやましい事ではげふぅ!」



 罪過数をカウントさせない絶妙な力加減で、クロの鋭い肘がオレの脇腹を打ち抜いた。





◆  ◆  ◆





 アレから〈エウペーメー〉を出発して、一日かけて日付が変わる前に王国に戻ると、竜王のオッテルから新しいクエストを受注した。


 その内容は、ここから馬車で丸一日かけた先にある南の街〈フィロフロシュネー〉の源泉に出現した謎のモンスターを倒すというもの。


 源泉を管理していた戦闘職ではない街の竜人は、命からがら逃げることに成功したらしく、犠牲者は今のところ0人。


 温泉は止まっていないし、これといった被害は現状ではないらしい。


 だが放置していて良い問題でもないので、この度王国に依頼が来たとの事。


 現地の人達でモンスターを倒そうとはしたらしいのだが、道中に湧いている〈スケルトン〉を突破することができなくて断念したと説明された。


 それを聞いた瞬間にオレは察した。


 謎のモンスター、一体何スケルトンなのだ……。


 クエストを受けて退室したソラ達。


 今日はとりあえず街に向かうことを止めて、翌日に王国を出発することを提案すると他の三人はこれを了承した。


 時間帯もアレなので、オレとクロはここら辺でログアウトしたいところ。


 部屋に向かおうとすると、アリスがこれを呼び止めて一つだけ提案した。


「お二人とも、今日は食堂で夕食にしません?」


「王族って、専用の場所で食事するもんじゃないのか」


「そういえばソラ様は知らなかったわね。母上の提案で我達〈ファフニール王家〉は、民や兵たちと同じ場所で食事をするようにしているのよ」


「へぇ、面白いことを言う人だね」


「ええ、母上は民が大好きだったから、常にみんなと同じ目線に立ちたがる人だったわ」


「なるほど、それはみんな好感持てただろうな」


「ええ、我の自慢の母上よ。こうやって食堂に向かっては、二人でこっそり夜食を取りながら理想の殿方について話をしていたわね」


「そっか、それじゃアリスから見てオレはどうなんだ?」


「アリアは絶賛してたけど、我は今の所その姿しか見ていないから採点はできないわ」


「それは残念だ。見せてやりたいけど、それだけの為に天命を減らす事はできないから……」


 答えながら、ソラは内心で冷や汗を流した。


 ああ、この話の流れはとても嫌な予感がする。


 活動的で誰もから愛される人が、娘と行動を共にする冒険者の前に全く姿を現さない。


 答えは分かりきっていた。


 彼女は不意に、廊下に飾られている大きな肖像画の前で歩みを止める。


 そこに描かれているのは、赤髪の美しい二十代くらいの女性。ちょうど今のアリスを大人にしたような感じだ。


 アリスは寂しさと誇らしさが入り混じった、複雑な表情を浮かべた。


「母上を、アナタ達に紹介してあげたかったわ。でも一年前に、封印から復活した大災害〈魔竜王〉から国を守る為に、亡くなったの」


「アリス……」


「ごめんなさい、湿っぽくなったわね。この先に食堂があるわ。今日の曜日なら、おすすめは精霊の森から直送してもらった〈フォレストベア〉のお肉を使った野性味の強いサンドイッチよ」


 精一杯の笑顔を浮かべて、中々に重たそうな料理を勧める皇女様。


 クロは苦手なのか、野性味と聞いて嫌そうな顔をした。


「ほ、他にオススメはない?」


「クロ様、野性味が苦手ならドラゴンリンゴを使った、甘くてサクサクのアップルパイもオススメよ」


「アップルパイ大好き!」


「サタナスも甘いのが好き!」


 アリスを先頭にして、クロとサタナスが後を付いていく。


 ソラは一人立ち止まり肖像画を見ると、胸に手を当てて今は亡きアリスの母に誓った。


 彼女はオレが必ず守ってみせます、と。

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