第110話「天の裁定」
白髪のスーツ姿の女性が手に持っていたのは〈アストラルオンライン〉の天使の羽と世界樹のロゴが刻印された、ホワイトカラーのカードリーダーだった。
最初に桐江が冒険者カードを取り出して、カードリーダーの液晶画面にタッチさせる。
すると読み取りが始まり、カードが半透明の淡い光を放つと、そこからカードを持つ手を伝って桐江の身体を覆う。
「桐江さん!?」
これにはオレと桐江も驚くが、光は彼女の全身を包むと、直ぐに消えて無くなる。
「だ、大丈夫ですか?」
「ああ、今のところは問題ないよ。むしろ疲れとかなくなって、スッキリしてるのが怖いくらいだね……」
その一方で、カードリーダーの液晶には、くるくる回るリングと共に【Loading】という英字が表示された。
先程の超常的な現象を除けば、ごく普通の機械の動作にしか見えない。
読み込みに掛かった時間は一分くらい。
画面は切り替わり液晶画面には〈アストラルオンライン〉のプレイヤーネーム【キリエ】と共に、天使の羽と世界樹のロゴの中央に【F】という一つの記号を表示した。
「ランクFか、イマイチ高いのか低いのかわからないな。エル、このランク制度って何段階評価なんだ」
「9段階評価ですよ。一番低いのはランクGで、一番高いのはランクSSです。初期でFから始まるのは、彼女が〈アストラルオンライン〉を攻略する支援を頑張っている証拠ですね」
ソーシャルゲームのレア度表記かな?
冒険者達のランクにそんな感想を懐きながら、蒼空は不機嫌そうな顔をしている桐江に視線を向ける。
彼女は手を開いたり閉じたりしながら、身体の変化を確かめているらしい。
理事長と校長に「少々失礼します」と断りを入れて、軽く小ジャンプを繰り返した後に何もない空間に向かって先ずは右足を前に強く踏み出し、鋭い右正拳突き。
次に左足を前に踏み出すと、食らったら首がもぎ取れそうな、綺麗で斬撃のような右回し蹴りを放つ。
ふむ、と何か納得したような声をもらすと、桐江は姿勢を正してオレの方を見た。
「ランクが付いたからって、身体能力が向上するわけじゃないみたいだね」
「そ、その動きで能力向上してないんですか。桐江さんって実は、師匠と同じ化け物枠……」
「アタシを、あんな本物の化け物と一緒にしないで貰えるかな。確かに格闘技に関しては、普通の人よりも大分強い自負はあるけど、素手でクマを撃退するなんて無理だから」
やれやれと、首を横に振る桐江。
みんなは、信じられるだろうか。
素手で野生のクマを撃退した、高校3年生の伝説を。
漫画や小説などでは、割と良くありがちな此方のお話しだけど、
しかも無傷で。
果たして人間に、そんな事ができるのか疑問に思う所ではあるけど、詩乃なら普通に朝のジョギング感覚でやりそうではある。
彼女の無双物語で、もっともインパクトのあるタイトルの一つだ。
「それでスキルが使えるようになるって話ですけど、桐江さんどんな感じですか?」
尋ねると、彼女は目を閉じて自分の中を探るように集中する。
少ししてから、桐江は目を開き、オレに向かってこう言った。
「アタシが今の所使えるのは、設定しているジョブの【武器作成】だけみたいだな」
「鍛冶職人のスキルですか、つまり桐江さんは剣とか作れるってこと?」
「いや、たぶん無理っぽそうだ。なんていうかスキルレベル1の鍛冶職人って感じがする」
そう言って桐江はポケットから一本の鉄製のボールペンを取り出し、次に何もない空間から一本の小さなトンカチみたいなのを取り出した。
え、まさかと思うオレの目の前で彼女は、ボールペンを一回だけそのトンカチで軽く叩く。
叩いた場所が淡い光を放つと、それは手に持つボールペンを覆い、その形状を急激に変化させる。
そうして完成したのは、小型のナイフだった。
「え、それ【スキル】ですよね? 何もない空間から
「ああ、そうだね。一応、頭の中に浮かんできたガイドに従ってやってみたけど。リアルの【武器作成】のスキルは、鉄製のモノを武器に再構築するって感じだよ。この小さい槌はオマケっぽいかんじかな」
「なんか鍛冶職人というよりは、錬金術師っぽいスキルだなぁ……」
「うーん、そうだね。リアルでゲーム内と同じように本格的に武器作成なんてさせたら、スキルとしては使い物にならないからこういう形になったんじゃないか」
「なるほど、それはありそうですね」
さて、次はオレの番だ。
エルが目を異常にキラキラさせて心待ちにしているので、カードリーダーの前に立って適当に財布に突っ込んでいる冒険者カードを探して取り出すと、それを液晶画面にタッチさせる。
「うわ!?」
すると先程の桐江の時とは比較にならない程の光の
部屋は、眩い白銀の色に染まり。
それは全て一人の少女に収束する。
光が消えると、蒼空は一種の全能感に包まれていた。
頭の中に思い浮かぶのは、いくつかのスキル。
付与魔術師のスキルと、片手直剣のスキル、それとユニークスキル〈ルシフェル〉以外のモノを確認できる。
「これが、ランクで得られる力……」
チラリとカードリーダーの液晶を見ると、読み込みに時間が掛かっているのか、くるくる回るリングと共に【Loading】という英字がずっと表示されている。
それは1分待っても終わる様子がない。
待っていても仕方がないので試しに蒼空は、以前に黎乃との戦いの時に一回だけ使用した手刀を右手で作ると、右足を前に踏み出し〈スキル〉を発動させた。
青い輝きと共に、全力で刺突技〈ストライクソード〉を発動。
鋭い突きが、音を置き去りにして何もない空間を穿つ。
桐江とエルは視認することができたが、理事長と校長は見えなかったらしい。
何が起きたのか分からなくて、オレが突き出した右手の手刀とエルを交互に見た。
その視線を無視して、エルは読み込みの終わったカードリーダーに視線を向けると、とても嬉しそうな顔をする。
「流石です、ソラ様のランクは【C】現時点では殆どのトッププレイヤーの【F】ランクよりも二段階上ですよ」
「【C】ランク……」
「蒼空の技量もあるからなんだろうけど、ヤバい突きだね。それだけで人ひとり殺せるんじゃないか?」
「そうですね、桐江さん。これは危険だと思います」
「おい、これを見てもアンタはさっきと同じことを言えるのか?」
「ええ、言えますよ。その根拠はこれから分かります」
「それってどういう」
オレと桐江が、エルに視線を向ける。
すると突然外から、大音量でファンファーレが天上から地上に向かって鳴り響いた。
これはまさか!?
ゲームの中で何度も聞いて、そしてつい最近、現実世界でも聞いた荘厳なイメージの演奏。
慌てて窓を開いて、外を見る。
すると蒼空の視界に飛び込んできたのは、純白の光の粒子に覆われた神里市だった。
いや、神里市だけではない。
これは恐らく、地球全土を覆っている。
リアルで手に入れた〈洞察〉スキルで状況を理解した蒼空は、世界に訪れた一つの大きな変化に思わず息を呑む。
世界中の誰もが事の成り行きを見守る中、この現象を起こしている世界樹は、少女の声で人々に告げた。
『世界樹〈ユグドラシル〉より皆様にお知らせです。本日より〈決闘〉以外で人に危害を加える事を制限します。
違反行為をした者には〈罪過数〉がカウントされ、一定値を越えても尚、違反行為をした者にはその度に〈寿命〉が20年減ると共に〈封印〉が付与されてスキルの使用が出来なくなります。
〈罪過数〉は犯罪行為を行っても適応されます、重い犯罪を行えばそれに応じたペナルティが下されますので、十分にご注意下さい」
これがエルの言っていた、人々に課せられる〈制約〉か。
この日、世界から犯罪行為は無くなった。
何故ならば、警告を無視して違反を続けた者達が寿命を失い、相次いで光の粒子になって消えたからだ。
この日、聖書に記載された神の裁きが現実になったとして、多くの人々は〈世界樹〉を御神体として崇めるようになり。
そして祝福を授かった選ばれしプレイヤー達は〈使徒〉と呼ばれ
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