第104話「サポートシステム」

 〈エウペーメー〉の採掘場は王都と同じように街の地下にあり、竜人族の兵士が出現したモンスターが街に出てこないように、入口で見張りをしていた。


 オレ達は竜王から貰った指輪を見せることで、すんなり許可を得ると中に入る。


 狭く作られている入口を、ソラが先頭になって突入すると、採掘場の中は薄暗い感じだった。

 王都の地下と違って、明かりはそこまでない。

 点在するランタンの頼りない光が照らす通路は、不気味なイメージをソラ達に与える。


 見たところ広さは、大人三人が並んで歩けるくらいか。


 壁に少しだけ気をつけないといけないが、一人くらいなら剣を振るのに不自由はないだろう。

 それはつまり、二人が攻撃を行った場合は確実にフレンドリーファイア、FFと呼ばれる現象が起きる事を意味する。


 とりあえず特殊マップ効果で、五メートルまで制限された感知スキルを広げながら、ソラはウインドウ画面を開く。

 目の前の画面に表示されたのは、ここに来る前に宿で休養していた王国の兵士から貰ったマップだった。


「ふむ……」


 一通り目を通したソラは、少しだけ落胆する。

 ダンジョンの構造は、だいぶシンプルなものだ。


 いくつか分かれ道みたいなのがあるけど、全て兵士がマッピングしてくれている。マップを確認しながら進めば〈スケルトン・キング〉が出現した広い場所まで迷わずに進める。

 何故落胆したのかというと、確認したマップに宝箱マークが見当たらないから。

 ダンジョンの醍醐味で楽しみであるお宝開封タイムがないのは、ゲームとしてはかなりつまらない。


 ガッカリして肩を落とすソラ。

 すると頭の中に、不意に無機質な少女の声が聞こえた。


〘マスター、マップを開かなくとも私がナビゲートしましょう〙


 何やら声にヤル気を感じる気がする、サポートシステムこと〈ルシフェル〉さん。

 急に出て来てどうしたと頭の中で聞いてみたら、


〘マスターは私を頼ってくれないので、こうやって積極的に出てこないと出番がないと判断しました〙


 なんだか健気というか「サポートシステムってそんなもんだったっけ?」と首を傾げたくなる事を宣言された。


 まぁ、片手間でマップを開きながらは安全とは言い難いので、口頭で行き先を教えてくれるのならとても助かる。


 頭の中で彼女に任せる事を伝えたら 、少しだけ嬉しそうな声のトーンで『了解しました、マスター』とルシフェルは応えた。


 仕事を任されて喜ぶサポートシステムとは一体……。


 〈ルシフェル〉は今の所、オレしか所有していないサポートシステムだ。


 同じユニークスキル〈ラファエル〉を有しているクロに聞いたところ、サポートシステムは初期から変わっていないと教えてもらった。

 つまりこの特殊なサポーターは、現時点では全ての冒険者の中でオレしか所持していない事になる。


 薄暗い道を歩きながら、このAIについてソラは考えた。

 〈ルシフェル〉という名はアストラルオンラインでは天使長の名前であり、この世界に住む者達にとっては特別な存在である。

 その名を持つという事は、このサポートシステムの正体は魔王に破れた天使長そのモノ。それか天使長と何らかの深い関係がある存在なのではないか。


 そこのところどうなのか、一応頭の中で質問を投げ掛けてみたら〈ルシフェル〉からは『回答不能』と機械的な返事が返ってきた。

 本当に分からないのか尋ねてみるが〈ルシフェル〉は同じ返答しかしてくれない。


 うーん。

 怪しいけどこの反応では、質問の内容が当たりなのか外れなのか判断するのは難しい。


 とりあえずこの謎は保留する事にして〈ルシフェル〉にナビしてもらいながら、ソラは一番前に立って仲間達を誘導する。


 しばらく歩くと、槍を持った五体の骸骨タイプの剣士〈スケルトン・ウォーリア〉を感知スキルで発見した。


 敵のレベルは見たところ全て50。


 強さで言うなら、王都の地下にいたスケルトンより一段階上のモンスターだろう。


 幸いにも向こうは、まだこっちに気づいていない様子。

 この狭い通路で槍を構えられると、対処するのはかなり面倒になるし、敵のスキル攻撃で下手すると後ろのサタナスを巻き込まれる可能性が高くなる。

 それならば、どう対処するのが最善か。


 少しだけ考えたソラは、結局いつもの結論に至る。

 面倒な時は、単身特攻で先手必勝だ。

 後ろの三人の歩みを左手で制止して、クロとアリスにサタナスを守るよう指示を出す。


 それから敵に見つかる前にソラは、魔剣を抜いて疾走した。

 自身の15枠ある内の5枠に使用している〈攻撃上昇付与〉で新たに追加された中級強化スキル〈ストレング〉を迷わずに発動。


 攻撃力が上昇するのに加え、次に選択したのは〈光属性Ⅳ〉で新たに獲得した属性攻撃スキル。 


「ハアッ!」


 剣を構えて走るソラは前方にいた骸骨の兵士に突進、剣身が光り輝くエフェクトで気づかれてしまう。

 だけど武器を構えた時には、敵の行動は既に手遅れだった。


 無機質に、己を一つの鋭い刃のように。


 クロの目ですら追えない速度で駆ける白銀の剣士は、先頭の一体を〈ライト・ソニックソードⅤ〉で胴体を両断。


 上昇した攻撃力と属性攻撃にソラの技術が合わさることによって、敵のHPは一撃で0になる。

 一体目が霧散する前に振り抜いた剣を急制止、そこから〈ライト・クアッドスラッシュⅢ〉を始動したソラは更に加速した。


 走りながら袈裟斬りで二体目を倒し、槍の一撃を〈ソニックステップ〉で右に緊急回避。

 逆袈裟斬りで槍を突き出した三体目を倒し、持ち手を変えた左袈裟斬りで四体目を倒す。


 最後の一体が槍の突進スキル〈ソニックランスⅢ〉を発動するが、ソラは顔を横に傾けて紙一重で回避。

 

 同時に使用している四連撃のスキルを、途中でキャンセル。

 最後の一撃を〈ライト・ストライクソードⅤ〉に変更して、鋭い刺突技をスケルトンの胴体に根本まで叩き込む。


 HPが0になった〈スケルトン・ウォーリア〉は光の粒子となって霧散した。


 辺りに静寂が戻る。

 光の粒子となったスケルトン達から、そこそこの経験値とエルを獲得。


「さて、行こうか」


 何事もなかったかのように笑って振り返ると、何故かそこには呆然としている二人の少女と、それとは反対に「ソラ様カッコイー!」とはしゃいでいるサタナスの姿があった。


 二人は一体どうしたのだろうか。


 疑問に思ったので、とりあえず聞いてみると、クロが両手の人差し指を擦り合わせながら、恐る恐るといった様子で答えた。


「そ、ソラ……昨日から戦闘の時すごいよね……鬼気迫るっていうか、なんていうか……」


「ハッキリ言って、怖い顔になってたわよ」


 ズバリとド直球に感想を口にするクロとアリスに、オレは心当たりしかないので「あ〜」と間抜けな声を出した。


 鬼気迫る。


 表現としては間違っていない。


 過去に一緒に〈スカイファンタジー〉をプレイしていた仲間達からも、オマエは極限まで集中力していると鬼みたいになると言われていたものだ。


 今は少しばかり慢心していた自分を鍛え直すために、技の精度と身体の動きを可能な限り磨いている最中である。


 第一の目標としては、これまで以上に自分のスペックを引き出せるようになる事。


 余裕がないように見えるので、人によっては今のオレの立ち回りは、怖いと評価されても仕方がない。

 とはいえ、クロから見て鬼気迫るという言葉が出てくるのだから、そうとう酷い顔をしていたのだろう。


「うーん、そんなにか」


「ええ、東の荒原地帯には我等〈竜人族〉とは違う“角”を生やしたとても恐ろしくて強い鬼人(キジン)族という種族がいるんだけど、彼らを思い出す顔つきをしていたわね」


 竜人族の角の特徴は、後方に伸びている所だ。


 その竜人族とは違う生え方をした“角”である事と、キジンという名前から推測するに鬼の種族だと思われる。


 鬼に例えられるとは、これは相当やばい。


 少なくとも、こうやって二人が指摘してくる程度には、オレは余裕がなくなっていたのかもしれない。

 と少しばかり物思いにふけっていたら、不意に何を思ったのか装備している防具を解除して、防衣だけの姿となったアリスがぎゅっと抱きしめてきた。

 女性特有の二つの膨らみが押し当てられ、心は少年のソラは心臓が大きく飛び跳ねる。


 な、ななな何事───ッ!?


 びっくりして目を白黒させるオレに、突然の抱擁ほうようをした竜の姫は優しい口調でこう言った。


「ソラ様、一人で抱えすぎたらダメよ」


「アリス……」


 少女の暖かい温もりを直に感じて、少しばかり鑑賞に浸る。

 するとその光景を見たクロが、我慢できないと防具を解除して背面から抱きついてきた。


「むぅ、アリスちゃんずるい。わたしもソラをぎゅっとする!」


「サタナスもー!」 


 ダンジョン内だというのに、ソラを中心にして三人の少女が抱き締めるという異様な光景が生まれる。

 モンスターが出てきたらどうするんだよお前等、と心の中で思うが幸いにも感知スキルには全く反応がない。

 果たしてこれはモンスター達が空気を読んだのか、それとも先に進まないとエンカウントしない仕様なのか。

 この状況をどうやって抜け出すか悩んでいると、最後にサポートシステムの〈ルシフェル〉は、オレにこう助言した。


〘マスター、深呼吸しましょう。ヒッヒッフーという呼吸法が落ち着くのに良いらしいですよ〙


 やだ、このサポートシステム。

 全くもって役に立たない助言にソラは、ダンジョンの天井を見上げた。

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