第102話「付与魔術師の飛ぶ斬撃」


 朝のジョギングとシャワー、その後に朝食を終えて〈アストラルオンライン〉にログインしたソラとクロ。


 二人に宛てがわれた一室の、大きいダブルベッドで同時に目を覚ますと、オレ達はすぐにアリスとサタナスの部屋に向かった。

 彼女達の部屋は最上階で、オレとクロの客間っぽいところはニ階にある。


 部屋から出るとソラが先導して、二人は城の最上階を目指して歩く。


 その道中でオレは、城内の様子が昨日までとだいぶ違う事に気がついた。


 すれ違う竜人の兵士や使用人達が、なんかやたら明るい。


 確か昨日まではドラゴンの襲撃でピリピリしていた筈なのだが、それが無くなって何かを楽しみにしている感じになっている感じだ。


 オレとクロが進めている竜王のクエストはまだ途中で、未だに問題解決には至っていない。

 昨日の今日で事態が好転するとは考えにくい、となると何かイベントでも起きると考えるのが普通か。


 ソラは近くにいたメイド姿の竜人を捕まえて、何かあるのか話を聞いてみた。


 すると若い竜人の女性は、嬉しそうな顔をして「近々〈竜王祭〉が開かれるんですよ」と初めて聞く単語を口にした。


 〈竜王祭〉とは一体。


 チラリとクロを見ると、彼女も知らないらしく首を傾げた。


 祭というのだから、すでに答えは一つしかないのだが、これで万が一外れていたら恥ずかしい。

 更に詳しく聞こうとすると、そこで彼女は仕事があるからと言って、その場から去った。


 クロと二人で顔を見合わせて、ソラは肩をすくめた。


「まぁ、普通に考えるなら祭りといえば一つしかないよな」


「祭り……ハンバーガーとかホットドッグとかピザとか、ファンネルケーキとか出てくるのかな?」


「ジャンクフード勢揃いだな……って、なんだその最後の某機動ロボットで出てきそうな名前は」


「ファンネルケーキの事? 分かりやすく言うならパンケーキの生地をビニール袋に入れて、絞りながらほそーくうどんみたいにして油で揚げたのに砂糖をまぶして食べるの。アメリカだとお祭りのときには定番なんだよ」


「……へぇ、アメリカにはそんな料理があるんだな」

 

 感心して歩いていると、アリスの部屋に到着する。


 入る前に部屋の中にいる住人に向かって「入っても良いか?」と尋ねると、中から「良いわよ」と許可が出る。


 ソラが中に入ると、そこには日本の巫女衣装に身を包んだアリスとサタナスが、何やら舞いをしている光景があった。


 赤髪金眼、二本の角に爬虫類の尻尾。

 そこに白と赤の日本では馴染み深い巫女衣装が合わさると、実に心惹かれるというか、やっぱり巫女さんは良いなぁというか。


 見たところアリスは踊りなれているのか、自然で綺麗な舞いだ。

 それに対してサタナスは、まだ幼いからか、少しだけおぼつかない感じである。


 しかし頑張ってアリスに付いていこうとする気迫は中々のもので、見ていて応援したくなる“熱”を感じさせた。


 二人の舞いに見惚れて、その場に立ち尽くしていると、最後の舞いを終えて、ふぅっと一息ついたアリスとサタナスは此方に歩み寄ってきた。


「おはようございます、ソラ様、クロ様」


「おはよう、って二人共一体何をしていたんだ?」


 挨拶をして一応聞いてみると、赤髪の少女は半目になり、少しばかり呆れた顔をした。


「見れば分かるでしょ。〈竜王祭〉では皇女は国を代表して、世界に感謝を捧げる舞いを披露しないといけないの。見っともない舞なんて皆に見せられないから、こうやって練習しているのよ」


「サタナスは、面白そうだから習ってるの」


「へぇ、そんなの初耳なんだけど。その〈竜王祭〉っていうお祭りは、一体いつやるんだ?」


「開催日は二週間後よ、噂では冒険者も気合い入れて店を出すらしいから、てっきり貴方達も知っているものだと思っていたけど」


 店というと商業系のクランの人達だろうか。


 色々なクランと連携しているシノによると、この世界には武器や防具を作る鍛冶師だけでなく、色々な商業系のクランがあるらしい。


 料理などを探求しているクランとか。


 工芸品などを探求しているクランとか。


 家具作りなどを探求しているクランとか。


 しまいには、家を作るクランがいたりするらしい。


 そういったモノを作るスキルは始まりの王国〈ユグドラシル〉の職人NPCから習得できるようで、それ目的でこのゲームを始める人も増えていると聞いている。


 まぁ、正直に言ってそこらへんは、最前線で戦うオレ達には全く関係がない話だ。


 しかし祭にキリエが所属する〈天目一個〉も参加するのだとしたら、そちらの方はかなり面白そうだと思った。


 なんでも新しいポーションを〈錬金術師アルケミスト〉の団長が作ったらしく、ソレを目玉商品に出してくる可能性は十分にある。


 それにしても祭りか、去年はシンとロウと三人でシオに振り回されていた記憶しか出てこないな。

 しかも途中でシオが履いてた草履ぞうり鼻緒はなおの部位が切れて、途中からオレが背負っていた。


 ついつい『大きくなった』を『重くなった』と言い間違えてしまい、関節技をかけられて親友二人から哀れみの目を向けられたのはハッキリと覚えている。

 みんなも女の子に重いなんて言ったらダメだぞ、軽く三途の川を渡りそうになるからな。

 としみじみ考えていると、隣りにいるクロが笑顔で言った。


「ソラ、一緒に回ろうね」


「うん? ああ、竜王祭な。全然構わないぞ」


「やった、先約だからね!」


 両手を上げて喜ぶクロを見て、オレは自然と頬が緩んだ。


 やらなければいけないことは沢山あるが、今から〈竜王祭〉が楽しみである。





◆  ◆  ◆





 というわけで、祭りを楽しむためにもクエストを進める事にしたソラ達は、西の街〈エウペーメー〉に向かって出発する。


 場所が馬車でも片道でまる一日掛かるらしく、その間ソラは精神を研ぎ澄ませる事にした。


 脳裏に思い出すのは、守ってやれなかった一人の少女。


 彼女の後ろ姿を思い出し、ソラは自身の鈍っていた心の刃を再度研ぎ直す。


 ──慢心していたんだ。


 心のどこかで、自分なら何が来ても対処できると。


 もしもあの時イリヤが助けてくれなかったら、恐らくクロは敵の力に負けて突破され、その後ろにいたアリスとサタナスは無事では済まなかっただろう。


 実に情けない話である。


 何が最強だと、昨日までの自分の腑抜けた顔を殴りたくなるくらいだ。

 このリーダーであるオレが崩れてしまえば、それは即座にパーティーの崩壊に直結する。そんな誰よりも分かりきっていた事を、少しの油断で招いてしまうところだった。


 もしも、あの時アリスを殺されサタナスを連れ去られていたら、オレは一生自分を許すことは出来なかっただろう。

 ソラはサポートシステム〈ルシフェル〉の協力の下、極限まで広げた感知スキルに大きな敵の反応を発見する。


 顔を上げると、アリスに言った。


「……グレータードラゴンが来る。悪いけど馬車を止めてもらっても良いか」


「そ、ソラ……?」


「悪いけど二人は、馬車とサタナスを守ってくれ。ドラゴンはオレが一人で倒そう」


「相手はグレータードラゴンよ!?」


「大丈夫だ、問題ない」


 馬車が止まると、ソラ達は降りる。


 アリスとクロにサタナスを乗せた馬車の前で待機するように言うと、少し歩いて空を見上げる。


 巨大な竜の狙いはやはりサタナスなのか、馬車に向かって真っ直ぐに降下してくる。


 それを剣を鞘に収めたまま、ソラは自身に〈水属性Ⅳ〉を全て付与。

 すぅ、と大きく息を吸い込み。

 両足を開いて、姿勢を低くする。

 頭の中に構築したイマジネーションを正確に再現しながら、身体から無駄な力を抜いて、解き放つ一瞬を待つ。

 敵が射程距離に入ったその時。

 右足を前に出して、全身全霊を込めて神速の一撃を抜き放つ。


 ──それは所持金0になる代わりに、城で新しく入手した全武器カテゴリーの攻撃スキル〈アングリッフ・フリーゲン〉。


 アングリッフとはドイツ語で『飛ぶ』という意味。

 そしてフリーゲンとはドイツ語で『攻撃』という意味。

 〈付与魔術師〉の10個の属性付与Ⅳを重ねることで飛ぶ攻撃を冒険者に与える〈アングリッフ・フリーゲン〉は更に上位の属性攻撃スキルに進化する。


 その名は〈アブソリュート・フリーゲン〉。


 極限まで研ぎ澄ませたソラの攻撃モーションは、技の威力を更に上昇させて絶対零度の飛ぶ斬撃を上空に解き放つ。


『ッ!!?』


 遥か上空数百メートルから迫っていた竜に、突如地上から飛来した一撃が迫る。

 勢いをつけて真っ直ぐに降下していた為、流石に竜種といえども咄嗟とっさに回避行動を取ることはできない。

 青い刃を受けた〈グレータードラゴン〉は頭に直撃をもらい、悲鳴を上げて進路が大きくソラ達かられる。


 竜のHPは、急所に当たった判定で一気に残り三割以下に。


 スキル硬直を強いられたソラは、剣を振り抜いた姿勢で上空から落下する竜を見据える。

 スタン状態に陥った〈グレータードラゴン〉は、翼を広げて落下の速度を減衰させる事が出来ない。そのまま何もできずに地面に叩きつけられて、自身の大きな質量の分の大ダメージを受けて残っていたHPはゼロに。

 たった一撃によって冒険者六人のフルパーティですら苦戦する〈グレータードラゴン〉が、あっさり光の粒子に変わるのを見たクロとアリスは絶句した。


 硬直から開放された白銀の剣士は、己の相棒を鞘に収める。


 そこにいるのは少女ではない。


 重なるのは〈光齎者ルシファー〉となった少年の姿。


 共にいるパートナーの新しい力の凄まじさを目の当たりにしたクロは、小さな声で呟いた。


「……これが、最強の〈付与魔術師〉」


 改めて共にいる少年が規格外の冒険者である事を認識して、少女は思わず身震いした。

 

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