第101話「夢と大切な人」
気がつけば蒼空は、真っ白な世界にいた。
周囲に建物は一切なく。
空は雲一つない青空。
地面は真っ赤な花で満たされている。
音は何も聞こえない。
鼻は全く機能していない。
思考は少しだけモヤが掛かっているけど、意識はハッキリしている。
現実っぽいが、現実ではない手応え。
以上の事から考えるに、恐らく此処は夢の中なのだろう。
その一番の証拠として、今の自分の姿が銀髪碧眼の少女から、冴えない黒髪の少年になっているのだから。
そう思っていると、不意に誰かが腕に寄り添ってくる。
誰だと思い見ると、そこには白髪金眼の白いワンピースを身に纏った少女が、此方を見上げていた。
彼女は視線が合うと、お日様のように微笑み、何かを指差す。
その先を目で追うと、そこには〈アストラルオンライン〉の始まりの地で見たことがある沢山の小さな世界樹〈ユグドラシル・ブランチ〉があった。
アレが何だというのだ……うん?
疑問に思った蒼空は、ふと違和感がして小さな世界樹を、目を凝らして見た。
すると〈ユグドラシル・ブランチ〉一つ一つに、人間が磔(はりつけ)にされている事に気がつく。
……おい、なんだよアレは。
ホラーゲームみたいな光景に、オレは思わず息を呑んだ。
数としては、見える範囲だけでも数十人は、小さな世界樹に縛り付けられている。
その恐怖すら覚える、ホラーゲームみたいな光景を目の当たりにして、身体が固まってしまう蒼空。
傍らにいる白の少女が、一つの木を指差す。
自然とそちらを目で追った蒼空は、絶句した。
何故ならばそこには、金髪碧眼の少女──イリヤが磔にされている衝撃的な光景があったから。
──────ッ!?
蒼空は呼吸が止まるような感覚と共に、胸を締め付ける痛みを感じる。
考える事なんて出来ない。
身体が先に動いた。
──イリヤッ!
顔を蒼白にしたオレは、夢だということも忘れて腕にくっついている少女を振りほどき、慌てて彼女に駆け寄ろうとする。
しかし彼の前に、一人の少女が立ち塞がる。
それは蒼空に呪いを与えた白銀の髪と金眼の、美しい絶世の美少女。
〈災禍の魔王〉シャイターンだった。
彼女はかつて〈アストラルオンライン〉で唯一自分を殺した剣を手にすると、イリヤの元には行かせまいと笑った。
そこをどけぇ!
蒼空は無我夢中(むがむちゅう)で、いつの間にか右手に持っていた今の相棒──片手直剣〈
魔王は音速すら越える速度で振り下ろされたその一撃を受け止めると、後ずさりしながらも楽しそうな顔をした。
なにが面白い!?
進路を妨害する彼女の笑顔に苛立ちを覚える少年は叫び、魔王から大きく後ろに跳んで距離を取る。
選ぶ技は〈アストラルオンライン〉にあるものではない。
ここが夢の世界ならば、アレが使えるはず。
剣を左下段に構え、かつて何百と使用して、自身の魂と身体に深く刻み込まれた一つの奥義を開放。
刃は漆黒と純白、二つの色に光り輝き、天と地を震わすほどの極限の力を宿す。
蒼空は身体を
生み出した力は、余すことなく刃に。
身を捻り、剣を左下段から右上段に振り上げる。
武神の最上位剣技〈流星斬〉。
解き放たれた奥義は空間を切り裂いて、あらゆる防御を無効にする無属性の一撃となって、魔王に襲い掛かる。
シャイターンは、美しい装飾が施された魔剣に漆黒の光を宿して同じ構えを取り〈流星斬〉に似たスキルを発動。
両者の放った極技は真正面から衝突して、余波で周囲を消し飛ばしながらも互いに打ち消しあった。
威力は互角。
流石にラスボス、夢の中とはいえ一筋縄じゃいかない。
魔王は自身に向けられる殺意を実に嬉しそうに受け取り、愛おしそうな眼差しを蒼空に向けた。
『ふふ、それが貴様の魂に刻まれた真の姿か』
魂に刻まれた真の姿……。
魔王に指摘されて、少年は気がつく。
自分の姿がいつの間にか、最低限の鎧を装着した白と黒の衣装になっていることに。
そしてその姿は、かつて〈スカイファンタジー〉で全ての大会で優勝し、一つのコンテンツ以外を制覇して世界最強と言わしめたアバター。
〈黒閃〉だった。
オレとシャイターンの間に、先程振り払った白髪の少女が鼻歌交じりで割り込むと。
彼女は、まるで舞台の上で演技する役者のように両手を広げ、天を仰いでこう言った。
『おお、なんということでしょう。選ばれし英雄よ、世界に囚われし者達を救いたいのであれば〈7つの大災害〉を全て倒し、最後に魔王を倒すのです。さすれば……』
全てを取り戻す事が、できるでしょう。
パチン、と白の少女が指を鳴らすと、視界が大きく歪む。
立っていられなくなり、片膝を着く蒼空に、魔王は口だけを動かして。
ま っ て い る ぞ
と、告げる。
……イリヤ。
抗うことのできない力によって、意識が遠くなっていく中で、蒼空は必死に世界樹に縛られている少女に手を伸ばす。
そこで蒼空の意識は、夢から覚めた。
◆ ◆ ◆
「イリヤ!」
目が覚めた蒼空は右手を伸ばして、そのまま勢いよく上半身を起こす。
ここは……。
カーテンの隙間から差し込む光。
静寂が支配する中で、外から小鳥達の歌い声だけが耳に届く。
そこは不思議な空間ではなく、見慣れたいつもの自分の部屋だった。
「はぁ、はぁ……はぁ……夢、だったのか」
伸ばした手を自分の胸に持っていき、蒼空は乱れた呼吸を戻しながら、小さな声で呟く。
変な夢を体験するのはこれで二度目だが、イリヤと再会した後に見るのがコレとは、我ながら病みすぎではなかろうか。
何度か深呼吸をして、乱れた呼吸を整える。
そうやって落ち着いてくると、冷静に戻った蒼空は自身の身体がとんでもない事になっているのに気がつく。
「うぇ、汗びっしょりじゃないか」
服が肌にピッタリ張り付いていて、ジョギングした後と同じような状態になっていた。
確かに極度の緊張状態になっていたとは思うが、まさかこんなに汗をかいていたとは。
流石にこのままでいると風邪を引いてしまいそうな気がしたので、蒼空は掛け布団を畳んで、机の上に準備してあるスポーツウェアを取ろうとベッドの縁に移動。
そこで足を出そうとすると、何故か床に仰向きで転がっている、スポーツウェア姿の
「おはよう、黎乃。そんなところで何やってるんだ?」
挨拶をすると同時に理由を尋ねてみると、彼女はバツが悪い顔をした。
「お、おはよ〜。どうしても昨日の事が気になってね。蒼空がうなされてたから、起こそうとしたら、ガバッて起きてきてびっくりしちゃって……」
「ああ、そうか。それは悪いことしたな。怪我はない?」
正直に言って、そうはならんだろうとツッコミを入れたい衝動にかられるが、流石に可哀想なのでやめておく。
蒼空は手を差し出して、黎乃が起きるのを補助してあげた。
彼女はそれに片手で掴まると、もう片方の手を床について、慎重になって身体を起こす。
流石に二次災害を起こすほど、オレ達はバカではない。
そこから何事もなく黎乃を起こすことに成功すると、蒼空はスポーツウェアに着替えることにする。
するとまだ汗まみれだというのに、黎乃が背後から、力強く抱き締めてきた。
何事かと思い振り返ると、自分と同じ白銀の髪の少女は、優しい微笑を浮かべる。
「無理しないでね、蒼空」
「………………ああ、わかった」
その一言だけで、胸がいっぱいになる。
昨日イリヤと会った事を、黎乃以外の仲間達は知らない。
彼女にも黙ってて欲しいとお願いしたから、黎乃が仲間達に教えることもない。
語れば皆は間違いなく、自分の事を心配するから。
「ごめんな、黎乃。こんなオレのワガママに付き合わせて」
「ううん、良いんだよ。だってわたしは、蒼空のパートナーだもん」
彼女は離れると、花のような笑顔を浮かべてベッドに腰を掛ける。
黎乃が側にいてくれるのなら、何も怖くない。
蒼空は彼女が側にいてくれる事に、心の底から感謝した。
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