第100話「守れなかった者」

 あれから四人は城に帰還すると、アリスは眠ったサタナスをベッドに運ぶために自室に戻った。

 残ったソラはクロと二人で玉座に向かい、オッテルにクエストを完了した事を報告。


 そこで魔竜王を信仰する竜人族の襲撃を受けて、兵士二人が犠牲になった事も報告すると、オッテルは深刻そうな顔をして、オレ達に情報の礼と共に追加のエルを報酬としてくれた。


 信仰者の方は、違う冒険者に任せる事をオッテルが決めると、この話はそこで終わった。


 〈火竜の宝玉〉に関しては、文献によると遥か昔に天から降ってきたものを、当時の竜王が国の発展を願って各地に埋めたものらしく詳細は不明。


 取りあえず城内も安全とは言えないので、これはオレが預かる事となった。


 次にソラ達が受けたクエストは西にある〈エウペーメー〉に向かわせた兵士達が消息を断ったから、調査に行ってほしいというもの。

 クエスト内容を見たところ、時間制限はないっぽい感じがしたので、クロと話をして今日はここら辺で切り上げる事にした。


 ログアウトして、リアルに戻ると蒼空はずっと上の空だった。


 夕飯を詩織、黎乃くろの、詩乃の四人で一緒に取っている間も。

 目隠しをして妹に風呂に入れられている間も、ずっとボーッとしていた。


 部屋に戻り、バタンとベッドに横たわる蒼空。


 ハッキリ言って、何も考えられない。


 頭の中は、真っ白だった。


 それは、かつての弟子に会ったことだけが原因ではない。


 ──“オレは、視てしまったのだ”。


 辛うじて蒼空の〈洞察Ⅱ〉のスキルで見ることができた、彼女の頭の上に浮かんでいたアイコンの色は、以前に一度だけ見たことがあるイエローカラー。


 それが意味するのは、イリヤが〈アンノウン〉ベータプレイヤーであるという証拠。


 つまり彼女は黎乃の両親と同じように、ベータ期間を過ぎてゲームのプレイを継続していた為に、あの世界に取り込まれたのだろう。


 理解はできる。


 しかし複雑な感情が、胸の中を渦巻いて苦しい。


 まさか、こんな形で彼女と再開するなんて思わなかった。


 視線の先にあるのは、大切に保管しているゲームソフト達。

 その中にあるのは、彼女と初めて出会い、そして最後の別れとなった一本のゲームソフトがあった。


 〈スカイファンタジー〉。


 アストラルオンラインが出てから少しだけ勢いは無くなったが、今も大人気のVRMMORPG。

 プレイヤー達は空を渡る艇に乗り、広大な空に浮かぶ島々を冒険するファンタジーRPG。


 オレはそこで、サタンの討伐を目標としていたトップクラン〈黙示録の狩人〉に加入していた。


 サタンとは、運営が用意したスカイファンタジーのハイエンドコンテンツ。

 戦う為には召喚トリガーと呼ばれるアイテムが必要なんだが、一番ネックなポイントはそのトリガーを入手できるのが一つだけで、交換などで所持個数を増やせないこと。

 つまり同じメンバーで戦えるのは六回までという、史上最悪の回数指定のボス戦だ。

 この仕様ゆえに攻略した者達は、未だにいない。

 誰も攻略できないのなら、普通は運営によって弱体化されたりするのだけど、このサタンに関してはそれは絶対に起きない。

 何故ならばサタンを倒した攻略パーティーに、日本円にして一億円をプレゼントすると運営が公言しているから。


 蒼空はスマートフォンを手に取り、一つのメモ帳を指でタップして起動させる。

 アプリに記載されているのは、サタンに関する情報だった。


 全長は10メートル以上。


 十二枚の羽を持ち、手足のある漆黒のドラゴンのようなフォルムをしている。


 特徴としては先ず最初に、十二枚の羽を破壊しないと本体にマトモなダメージが入らない。


 しかも七枚を壊すには、それぞれ決められた属性で、一定値以上の攻撃力が無いとダメージが入らない仕様。


 残り五枚は、斬撃や打撃などの決められた武器属性の攻撃でないと、ダメージが無効化される。


 破壊する順番によっては、全体に防御貫通の魔法や物理攻撃が飛んできたりと、もう羽だけでもギミックが盛り沢山。


 その上で本体は、10秒ごとに物理無効と魔法無効を交互に切り替えるクソっぷり。


 カウントを始めてからしっかり管理しないと、苦労して大技を当てたら無効化されるなんて最悪な事なんてよくあった。


 しかも一定時間経過する毎に、威力が上がる〈全方位防御貫通魔法メテオインパクト〉で爆撃してくるので、それによって全滅したプレイヤーの数は星の数ほど。


 当然の事ながら、羽だけではなくサタンの本体の通常攻撃もエゲツない。


 ブレスや爪、尻尾によるなぎ払い攻撃は、カンストしているレベル帯でも盾無しで受ければ即死。


 羽ばたきを物陰に隠れそこなったら、フィールド外の奈落の底に落とされて即死。


 七人以上で挑むと、一人増えるごとに物理、魔法、各属性に90%のダメージ耐性が一つずつ付与される為。

 解除できるギミックが未だに解明されていないので、基本的にはパーティーは六人固定。


「ああ、思い出すだけでも頭が痛くなってきた。でもオレと仲間は……」


 あと一歩まで、追い詰めた。


 VRオンラインゲーム、最難関の一つ〈黙示録の獣〉を。


 世界中のVRゲームプレイヤー達が、注目していた。


 数多のプレイヤー達の挑戦を打ち砕いてきた〈サタン〉に〈スカイワールド〉最強の六人が挑むと知って、配信者やVRメディア社が〈観戦システム〉を使って大いに取り上げた。


 そして世界中の人達が見ている前で、ソレは起きたのだ。


 残りライフからオレとイリヤが習得している中で、最上位のスキルダメージを与えたら勝てる。


 蒼空の剣がサタンを切り裂いて、最後にイリヤが持てる最強の連撃スキルを放った。


 するとそこまで来て、



 ──〈サタン〉のHPが僅かに1残った



 しかも他のメンバーに追撃を与える時間と余力は無く、イリヤがスキルの使用を終えると、そこでタイムアップ。


 強制全滅攻撃〈ジ・エンド〉を食らって、蒼空達はあと少しで勝てるところまで来て敗北した。


 あと一歩で、前代未聞の偉業を成し遂げられなかった。


 イリヤは泣き崩れ、オレ達は何度も謝罪する彼女に「気にするな」「まだあと一回だけチャレンジできる」「装備を見直して、最後のチャレンジに活かせばいい」と何度も励ましの言葉をかけた。


 実際のところ〈スカイファンタジー〉の連撃スキルというのは、クリティカルの発生によって、その威力が大きく上下する。

 あの時、サタンに対してイリヤが使用した二天一流〈天魔五輪斬〉は、最悪な事に一回もクリティカルを発生させず最低値となった。


 イリヤは自身の武器とスキルで、クリティカル率を限界値である90パーセントまで引き上げていた。


 それで五回の攻撃中に一回もクリティカルが発生しなかったら、流石に運が無かったとしか言いようがないだろう。


 故にスカイファンタジーの上位プレイヤー達の間でも評価は別れて、彼女が選択したスキルが悪手だったのかの議論は今も続いている。

 プロゲーマー達ですら、意見が半分に分かれる程に際どい話だ。


 だというのに見ていた多くの者がSNSで、トドメを刺し切れなかったイリヤが戦犯だと批判した。


 それだけならまだしも、前々からイリヤの事を気に入らなかった者達が、彼女の人格を否定し、しまいにはわざと失敗したのだと噂を広めた。


 SNSは一度噂が広まってしまえば、いくら本人や周りが否定しても信じてしまう人達が一定数は出てくる。


 蒼空達は矢面に立ち、彼女の弁護を必死にした。


 だが余りにも、トドメを刺し切れなかった場面のインパクトが強すぎて、批判と誹謗中傷をする者が減ることはなかった。


 あの時の事を、一言で表現するのならば“地獄”だ。


 そして悪意に晒される事になるなんて思わなかった彼女は、ネットを見れなくなり、ログインすれば『黒閃の汚点』と指差される事に耐えられなくなって〈スカイファンタジー〉を引退した。


 オレが直接彼女の家に行くと、彼女は泣きながらこう言った。


『ごめんね、不出来な弟子で……』


 数日後にイリヤは、彼女の事を考えた両親の判断で引っ越して、神里市からいなくなった。


 モチベーションを保てなくなったオレは、その日から〈スカイファンタジー〉にログインする事を止めて、オフラインゲームしかやらなくなった。


 〈黒閃〉という名は呪いだ。


 大切な弟子を守れなかった罪の象徴。


 何が最強のプレイヤーだ。


 たった一人の弟子を、救う事のできなかったクソッタレである。


 蒼空は姿の変わってしまった自分の姿を見つめると、唇を噛み締めた。


 イリヤが、あの世界に囚われているのなら、救わなければいけない。


 今度こそ、彼女の師として。


 例え、この命を犠牲にしても。


 少女の姿で少年は、瞳に一つの決意を宿した。

 

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