第96話「王様と竜の少女」
王国に入って、そこから王城へ。
今回は庭園を歩かずに、馬車で城の扉の前までやって来ると、ソラ達は降りて直ぐに〈竜王〉オッテルが待つ玉座を目指して歩き出した。
その道中の事だ。
先ず大きな扉を開けて城の中に入ると、サタナスは目を輝かせて辺りを見回した。
「わぁ、おっきい!」
「サタナスは、お城を見るのは初めてなのかな」
「うん!」
オレの言葉に対して、嬉しそうに頷いてみせる竜人族の少女。
彼女は道中で、壁に飾ってある肖像画や大きな工芸品を見るたびに「キレイ!」とか「おっきいツボ!」とか一つ一つ実に楽しそうに反応する。
そのはしゃぐ姿に対して、オレは何だか初めてVRゲームをプレイした頃を思い出した。
昔はサタナスみたいに、目がついたもの全てに対してオーバーな反応してたなぁ……。
今はすっかり慣れてしまい、ダンジョンや芸術的な建物に入っても、常に宝箱でレアなアイテムを追い求める残念な身体になっている。
だから少女の初々しい反応の数々が、今の自分には、とても眩しく見えた。
サタナスは目を輝かせながら、目に留まるモノをアリスに聞いていく。
彼女は苦笑しながらも、まるで手間の掛かる妹に接するかのように、その全てに丁寧に答えた。
あ〜、二人の竜人少女が尊いんじゃ〜。
女の子同士の絡みは見ていて心が穏やかになる。
どうやらオレも、この世界の百合宗教に感化され始めてるようだ。
それから、しばらく歩いた時の事。
不審な人物がいないか警戒している竜人族の兵士達が、近くを通ってアリスに挨拶をすると、次に肌の色が違うサタナスを見て、一部の兵士が露骨に嫌そうな顔をして通って行った。
幸いな事は、視線を向けられている少女が、コレに気づいていない事だろうか。
歩きながら、ソラは思う。
今まで意識してなかったが、確かにこうして見ると、竜人族の肌の色というのはオレ達と同じ肌色だ。
思い返せば、精霊族と妖精族の人達にも
ファンタジー物では種族によっては、エルフとダークエルフという感じに、肌の色が違うだけで違う種族になるモノも存在する。
信仰する神の鞍替えとか、戒律を破ったりとかでも、違う種族として認定されたりするのだが。
果たしてそこら辺の設定は〈アストラルオンライン〉ではどうなっているのだろうか。
オレはアリスの腕にしがみついている、小さな少女に視線を落とす。
やっぱり〈洞察Ⅱ〉でも見えないんだよなぁ。
サタナスは、どういった存在なのか。
ただ肌の色が違う竜人族なのか。
それともアリス達とは違う種族なのか。
残念ながら事の真実を、オレの目では知る事ができない。
ただ分かっているのは、彼女がどう見ても普通の子供と同じような思考を持っていて、裏切ったり、後ろから刺すような危ない子には見えないという事だけ。
実は彼女は二重人格で、急に変貌するパターンも考えられるけど。
仮に彼女が敵だとしたら、昨日オレ達が不在の時にアリスを殺す事はいつでもできたはず。
それがなかったということは、少なくともサタナスはアリスの敵ではない。
これだけは断言しても良いと思う。
ソラが思考にふけっていると、先程の人達とは違う兵士が、アリスに挨拶をして横を通り。
「忌み子を連れてこられるなんて、アリス様は何を考えておられるんだ……」
「おい、目を合わせるな。呪われるぞ」
「あの肌を見ろよ。魔王を象徴する黒に近いなんて、不気味すぎるぜ」
と、嫌味ったらしい言葉を吐いた。
「……ッ」
フザケンナ、オレガ貴様等ヲ殺スゾ。
近くの兵士からサタナスに対する言葉を耳にしたソラは、こめかみに青筋を浮べて彼等に本気の殺意を容赦なくぶつける。
世界最強の冒険者の殺意は、空気を震わせ、窓ガラスをガタガタと揺らした気がした。
間近でソラの殺気を受けた兵士達は「ひぃ!?」と情けない悲鳴をもらして、その場から逃げるようにいなくなる。
実に呆気ないものだ。
ソラは鼻を鳴らし、
「ふん、臆病者が」
と、心の底から吐き捨てるように呟いた。
矛先を自身に向けられていないとはいえ、間近でとんでもない殺気を肌に感じたクロとアリスは、二人して此方を見ると。
「ソラって怒ると怖いんだね……」
「今から殺戮(さつりく)が始まるのかと思って、びくびくしてしまったわ……」
「流石にそんな事はしないゾ」
いくらオレでも、敵対していないのを相手に剣を抜くほど短絡的ではない。
確かに以前に、親友二人とオレに喧嘩を吹っ掛けてきたガルドを痛めつけた事はあるけど、このゲームで怒って実際にやったのはそれだけだ。
実際に相手が手を出してこない限りは、普段は人畜無害なプレイヤーですよ?
以前に親友二人からは、怒らすとヤベー奴って言われたことあるけど。
「アリス、ソラは絶対に怒らせないようにしよう」
「ええ、そうね。今ので絶対に怒らせたらヤバい人ってわかったわ」
「ソラは怖い人なの?」
無邪気なサタナスの視線が、真っ直ぐにソラに突き刺さる。
純粋な子供の視線というのは、どうしてこんなにも痛く感じてしまうのか。
オレは首を横に振って否定すると「怖くないよ」と言って玉座の間を目指して歩き出した。
◆ ◆ ◆
レッサードラゴン亜種の討伐完了の報告と共に、その際に一人の少女を、天からの依頼で保護した事を報告したソラ達。
経験値と報酬のエルを貰い、新しいクエストを受ける。
次のクエスト内容は、地下のダンジョンに現れたモンスターの殲滅。
最奥の国が許可した者しか入れない最も大きな発掘所を〈スケルトン・キング〉が占領しているらしく、オレ達にはコレを殲滅して欲しいとの事。
二つ返事で了承すると、次はサタナスのお披露目だった。
アリスの背後に身を隠して、顔だけを覗かせる小さな少女。
少しだけ緊張しているらしく、顔には不安が浮かんでいて、オッテルを怯えた感じで見上げる。
「ふむ、この子が例の……」
オッテルは玉座から立ち上がり、ゆっくりと下りてくる。
歩み寄る彼を見て、サタナスはギュッとアリスの服を握り締めた。
そんな彼女の手に、アリスはそっと右手を添える。
間近まで歩くと、オッテルは二人の前で足を止めて、娘の傍らにいる小さな少女を真っ直ぐに見据えた。
そして、しばらく経つと。
彼女を見たオッテルがどんな反応をするのか、内心ドキドキしていたオレの不安は、次の瞬間に見事に砕け散った。
「おお、幼い時のアリスにそっくりではないか!」
彼は更に歩み寄るなり、腰を落としてサタナスと視線を合わせると、怖がらせないように笑ってみせた。
そこには打算的なものは何もないし、純粋に娘を見る、父親のような顔をしている。
ソラは、少しだけ困惑した。
あれー、すんなり受け入れられてるぞ。
正直に言って一波乱ありそうな気がしていたのだが、オッテルは肌の色に関して全く気にしていない様子。
「王様は、サタナスの肌の色に関して何も思われないんですか?」
敬語で尋ねてみると、彼は力強く頷いた。
「うむ、確かに竜人族には肌の色が違うモノは、古くから災いを
「オレも、そう聞きました」
「しかし私は、言い伝えよりも自分の目を信じる派でな。……お主達から見てこの少女が、そんな災いを自らの意思で起こすような者に見えるか?」
「……いえ、見えません」
「それならば、恐れることなど何もないし、追い出すような事をする必要もないだろう。なによりも恐ろしいのは、小さな女の子を悪だと決めつけてしまう先入観だ」
彼は大臣を一人呼び出すと、羊皮紙と万年筆みたいなものを受け取り、何かを書き始める。
少しして何かを書き終えたオッテルは、手にしていたモノを大臣に渡して、早急に対応するように伝えた。
王様はオレ達を見て、次にこう言った。
「サタナスに関しては、城の者に対しては私が厳命しておこう。言い伝えを信じ込んだ者が直ぐに意識を変えるのは難しいが、そこは時間が掛かる問題だ」
「わかりました、ありがとうございます」
「王様、ありがとう」
サタナスが礼を言うと、オッテルは微笑を浮かべた。
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