第97話「ラストアタックボーナス」

 ゲームから一度ログアウトして、昼食を済ませたソラとクロ。


 再度ログインをすると、オレ達はアリスとサタナスを連れて〈ヘファイストス王国〉の地下ダンジョンにやってきた。


 先ず最初に皇女様を見たダンジョンの門番が、ビックリしすぎて危うく長い階段を転げ落ちそうになったり。


 美少女四人に対して、気軽にナンパをしてきた中級者パーティーを、オレが睨んで蹴散らしたり。


 実はホラーが苦手らしいクロが、曲がり角から唐突に現れたスケルトンに対して、女の子らしい甲高い悲鳴を上げたり。


 色々とあったけど、最奥に向かう為のルートは、最近まで良い採掘ポイントを探していたオレが先導する事で直ぐに到着する。


 するとそこには、何度も足を運んでいる自分ですら見たことがない、真新しい通路があった。


「あれ、ここって通路なんてなかったような気が……」


 しかもつい最近、親友二人と採掘していたポイントの真横だ。


 完璧にすべてを覚えているとは言わないけど、それでも流石にこんな通路があったらオレでも気がつく。


 となるとコレは、今進行しているクエストによって、新しく開放されたのだろう。


「へぇー、フラグ立てないと出現しない通路とかあるのか。となるとこのゲーム、隠し要素とか色々とありそうだなぁ」


「ソラ、楽しそうだね」


「そりゃテンション上がるよ。もしかしたら、オレ達が以前に行った場所にも、こういう要素があるって事なんだぞ」


「わたしは、それよりも早く此処から出たいです……」


 怖すぎて敬語になっているクロが、実に面白い。


 新しい通路に向かって歩き出すと、彼女はオレの服を掴んで、背中に顔を埋める。


 非常に歩き辛い姿勢だけど、片腕にしがみつかれているよりはマシだ。


 所々に設置されている明かりを便りに、似たような通路を進んでいくソラ達。


 歩きながらオレは、自分の右手の薬指を見てニヤニヤと笑みを浮かべる。


 オッテルから地下ダンジョンの最奥に行くために〈ファフニール王家〉の指輪を貰ったソラ。


 何でニヤニヤしているのかというと、なんとこの超レアアイテムの指輪は、許可証としての役割だけじゃない。

 装備することで、総積載量を【20】もプラスしてくれるのだ。


 このゲームの積載量は、レベルが5上がることで5ずつ加算される。


 つまりはこのアイテム一つで、レベル20分の恩恵が受けられるという事。


 ハッキリ言って、S型で日頃から積載量というのに悩まされているオレ達にとって、このアイテムは神と言っても過言ではない。


「積載量が20も増えたら武器の重量ふやして攻撃力に回しても良いし、防具を新調するのもありだな……」


 これ一つで、実に夢が広がる話だ。


 うへへ、と口元のよだれを拭うと、そんなテンションが上がっているソラの様子に、背中に張り付いているパートナーのクロはこう言った。


「……すごく、嬉しそうだね」


「そりゃ、嬉しいだろ。なんて言ったって、この指輪のおかげで色々と出来ることが増えたんだからな」


「20増えた分を、ソラはどうする?」


「うーん、まだ悩み中」


 実のところ選択肢は2つしかない。


 1つ目に武器の重量を上げて、攻撃力を更に伸ばすか。


 2つ目に防具の重量を上げて、防御力を更に伸ばすか。


 攻撃力は十分なので、ここはやはり防御力を選択するべきだろう。

 S型の難点は、M型とかが防御力【C】とか行ってるのに、未だに最高で【D】止まりである。


 この前〈レッサードラゴン〉のブレス攻撃を受けて、ロウとかがHP3割減少で済んだのに対して、自分は6割ほど減らされて危うく死ぬところだった。


 防具に割いている重量は、軽減スキルによって現在は【80】ほど。


 空きが【10】で今回指輪のスキルで【20】増えたので、防具を全て一新するのなら合計して【110】ほど使う事ができる計算になる。


 そこに軽減スキルで重量がマイナス10される事を考慮すると、組み合わせによっては良い感じにできるのではないか。


 ……うん?


 思考を巡らせるソラは、そこで一つの事実に気がついた。


 軽減スキルがあるから、装備重量120の奴なら装備できるのではないか。


「わぷ!」


 急に立ち止まる事で、合わせて歩いていたクロが背中にぶつかる。


 オレは「悪い、ちょっと装備変えるわ」と言ってウィンドウ画面を開き、装備一覧を操作した。


 装備しているモノで、服以外を纏めて解除。


 黒いコートや胸のプレートブレストが消えて、真紅のシャツとズボン姿の銀髪少女となる。


 次に所持アイテム一覧を開いて、目当てのモノを見つけるとソラは自身に装備した。


 一瞬だけ身体が光り、銀髪少女のアバターを漆黒のコートが覆う。


 ……これは、凄いな。


 装備したソラは一人、戦慄する。


 自分の身体を覆う布が、何で出来ているのかは分からないけど、スチールの鎧なんて比較にならない程の防御力を持っている事が感じられた。


 そして防御力だけではない。

 コレにはアリアの精霊王のドレスと同じように、MPを消費する事で使用できる特殊スキルがあるのだ。


 装備アイテムのプロパティを開いたソラは、その詳細に視線を向ける。


 〈エンヴィー・オブ・ダークネスコート〉

 イベントボス〈嫉妬の大災害〉を倒すことでのみ入手できる装備アイテム。

 MPを【500】消費する事で180秒間、物理攻撃ダメージを20パーセントカットするスキル〈エンヴィー・スケイル〉を発動可能。

 

 防御力【B】


 耐久力【SS】


 重量【120】

 

 アリスとクロは、コートに秘められた力を肌で感じて、思わず息を呑んだ。


「ソラ、それは……」


 緊張した面持ちで尋ねるクロに、ソラはいつもの得意気な笑みを浮かべた。


「ああ、そういえば火種になりそうだったから、誰にも言ってなかったな。これのアイテム名は〈エンヴィー・オブ・ダークネスコート〉。前回のイベントで戦った〈リヴァイアサン〉のラストアタックボーナスだよ」


「ラスト、アタックボーナス……?」


「クロに分かりやすく言うなら、最後に攻撃してボスを倒した人に与えられる特別な報酬だ」


「特別な報酬。そんなのがあるんだね」


「ああ、オレも入手した時は驚いたよ。でもただでさえ〈魔王ボーナス〉で特別待遇状態なのに、こんなものを手に入れた事を言ったら、みんなになんて言われることやら……」


「内緒話なら、お口にチャックしないといけないね」


「そうしてくれると助かるよ」


 没収される事はないが、ネタにされるのは間違いないし、万が一他のプレイヤーに知られたら、売ってくれと言ってくる奴が出てくるだろう。


 どちらに転んでも、ろくでもない事が待っているのは間違いないので、クロが黙ってくれるのはとても有り難い。


 これを入手した時は、それはもう一人で悩んだものだ。


 親友には話せないし、妹に話しても羨ましがられそうだし。

 ユニーク関連は当人が楽しくても、関与していない他の者からしてみると、妬みの対象にしかならない。


 だからオレは、重量120で装備できない事を知った以降は、この激レア非売品アイテムをボックスで眠らすことにしたのだ。


「あの〈リヴァイアサン〉の力を秘めた装備なんて、間違いなく国宝物じゃない」


「MP500も消費するなら、今のところソラしか使える人いないね」


 アリスとクロの二人がコートに対して感想を口にすると、アリスの背後に隠れているサタナスが、驚いた様子でオレを見上げていた。


 一体どうしたのか彼女に尋ねてみると、サタナスはこう言った。


「そのコート、おっきい蛇の気配がする……」


「え、そうなのか」


「ソラに着てもらえて、喜んでるよ」


 装備アイテムが喜ぶとは一体。


 サタナスの謎が一つ増えると同時に、歩いていたソラ達は目的地の採掘ポイントに到達した。


 

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