第95話「アリスとサタナス」


 ゲームにログインすると、そこで冒険者ソラは、実に微笑ましい光景を目の当たりにした。


 大きなツインベッドで、一緒に眠る二人の竜人族の少女。


 片方は赤髪に綺麗な肌色の少女、アリス・ファフニール。


 そしてもう一人は赤髪に綺麗な小麦色の肌の少女、サタナス。


 アリスはサタナスの肌の色は、竜人族にとって昔から忌避するモノだと言っていた。

 だからベッドの端の、限界ギリギリまで距離を取ると思っていたら、まさか寄り添い抱き締めるように眠るとは。


 まぁ、2つのツインベッドの内の一つを、自分とクロの二人で占領してるので、必然的にアリスとサタナスが一緒に寝ることになったのだが……。


 それにしても、こうして眺めているとまるで本当の姉妹のように見える。


 ソラは、一種の芸術品を魅せられているような気分になると、ベッドから出て嬉しそうに深い眠りについている彼女達を眺めた。


 元の少年の姿でこれをやったら完全に不審人物だけど、少女の姿ならば問題はないだろう。

 しばらく眺めていると、サタナスが「お姉ちゃん……」と呟いてアリスに抱きついた。


 ……これが、尊いの極みですか?


 すやすやと眠る、二人の少女。


 取りあえずアリスとサタナスの寝顔を、ソラは起こさないように気をつけてスクリーンショットで撮影。


 撮った画像をオレの永久保存フォルダに入れると、勿体ない光景だけど、アリスを起こす為に肩を軽く叩いた。


「アリス、朝だよ」


「ふにゃ……」


「二人共、起きろ〜」


「むにゃむにゃ……」


 何度も揺さぶるが、竜人族は感覚が鈍いのか、一向に起きる気配はない。


 かなり強めに揺さぶってみると、そこでようやく彼女は薄めを開けた。


「ふぇ……?」


「アリスお嬢様。まだお眠りなさいますか?」


「あとさんじかん……」


 3時間は流石に長過ぎるよ。


 そんなに待っていたらお昼の時間が来て、直ぐにログアウトしないといけなくなる。


 あんまりこういう事はしたくないけど、自分達の時間的猶予が、後どれだけあるのかが分からない。


 揺さぶりはダメ。


 大きな音を立てて起こすのは可哀想なので、ソラは穏便に起こすためにベッドの端から僅かに見える尻尾に触れると。


 家の猫の喉に触れるように、指先を小刻みに動かして、裏側をくすぐってみる。


「ひ、にゃ……ッ!?」


 オレが思っていた以上に、しっぽをくすぐる効果はバツグンだった。


 あんなに揺さぶっても少ししか反応しなかったアリスは、跳びはねるように起き上がる。


 そして自分の尻尾を大事そうに抱えると、ソラから守るように距離を取った。


「な、え……ソラひゃま!?」


「おはよう、アリス」


「な、なな、なじぇ我のしっぽを……」


「うん、大きな音で起こしたりするのは可哀想だと思って、やったんだけど。物凄い敏感な部位なんだな」


 と、思った事を素直に口にすると、彼女は顔を真っ赤にして抗議してきた。


「りゅ、竜人族の尻尾は婚姻した相手にしか触れてはいけない、とても大事なものよ! そ、それをあんな……あんな……」


「ごめん、しっぽの件については素直に謝るよ。言いたいことはあるんだろうけど、その前にその刺激的な姿は、どうにかして欲しいかな」


 かぶっていた毛布の下から出てきたのは、中々に大胆なものだった。


 透けるネグリジェ姿で、下着がハッキリ見えている今の彼女の姿。


 それに対して直視できなくて、背中を向けて指摘すると、恥ずかしい気持ちが湧き上がってきたのだろう。


 慌ててすっ転ぶような音と共に、背後で装備を切り替える音が聞こえる。


 しばらくしてから、そっと後ろを振り返ると、そこには先日奇襲を仕掛けてきた全身鎧の少女がいた。


 鋼の兜の中からは「ふー、ふー」と興奮した息遣いが聞こえる。


 羞恥心とか怒りとかの感情が入り混じった殺気が、オレのアバターの肌をビリビリと刺激した。


 この後の展開を予想しつつも、ソラは一応戦闘態勢に入った竜姫に尋ねた。


「アリス、なぜ鎧を……」


「そんなの決まってるわ! 無許可で未婚の乙女の尻尾に触れた罰として、今から鉄拳制裁を行う!」


「マジかよ」


 やっぱり、そうなるよね。


 この件に関しては完全に自業自得だが、ジョギングの件といい、どうやら今日も厄日のようだ。


 戦闘態勢を取った彼女は、拳を構えて駆け出した。


「本気になった我の力、とくと味わうが良い!」


 後にログインしてきたクロは、部屋の中を逃げ回るソラと、全身鎧装備のアリスの本気の追いかけっこを見て、頭の上にクエスチョンマークを浮かべる。


 ちなみに幼いサタナスは、そんな中で一人熟睡していた。





◆  ◆  ◆





 街を出たソラ達が〈ヘファイストス王国〉を目指して、馬車の中で揺られている時の事だった。


 オレとクロは来た時と同じように並んで座り、その対面には竜人族のアリスとサタナスが座っている形だ。


 サタナスは窓際に寄って、外の景色にある一つ一つをアリスに質問すると、彼女はそれに丁寧に答える。


 明らかにアリスのサタナスに対する忌避感は薄くなっており、その姿は仲の良い姉妹にしか見えない。


 ソラはニヤニヤと笑みを浮かべると、その視線に対して、ふくれっ面になったアリスに話を切り出した。


「なんか一晩いない間に仲良くなったみたいだけど、何かあったのか?」


「……我だって流石に幼い子が目を覚ますなり泣き出したら、例え肌の色が違う忌み子でも、ほっとくほど心は悪魔じゃないから」


「泣き出した?」


「ええ、なんでも大きな竜に追いかけられる、とても怖い夢を見たみたいよ」


「ふむ……」


 大きな竜というと、オレの頭の中に思い浮かぶのは〈レッサードラゴン〉か亜種の〈オルタ・レッサードラゴン〉だ。


 サタナスの姿と精神年齢は、どう見ても小学校低学年レベル。自分よりも圧倒的に図体のデカイ竜に追いかけられたら、それは夢に見るのも無理はないし、とても恐ろしい事だろう。


 目線だけ向けると、サタナスはクロと楽しそうに会話を楽しんでいる様子。

 昨日の温泉で競争した事で、二人は少しだけ打ち解けたみたいだ。


 ソラは口元に微笑を刻むと、同じように二人のやり取りを見守るアリスを見た。


「どちらにしても、天からの依頼でオレ達は彼女の守護を任されている。この事は国王にも説明して、彼女を受け入れて欲しい」


「……天命である事をハッキリと伝えたら、誰も異論を唱えることはしないと思う。だけど忌み子を嫌う者は多い。もしも問題が起きたりしたら、真っ先にサタナスを排除しようとする動きが出てくるわ」


「まぁ、そうなるよな」


 溜め息を一つして、ソラは苦笑いする。

 なんでこんな会話をしているのかというと、王国内には少なからず忌み子を排斥はいせきしようとしている人達がいる事をアリスから聞いたから。


 サタナスの身に何かがあった場合、進行しているクエストはそこで失敗する。


 それだけは、何としても避けなければ。


 最悪彼女を連れて逃げる事も視野に入れると、


「ソラ達むずかしい話してるね」


「サタナスも、よくわからない」


 此方を見て、サタナスは可愛らしく小首をかしげる。


 そんな彼女の視線に、よこしまなものは何一つない。


 ソラはサタナスの頭に、ぽんっと右手を置くと優しく微笑んだ。


「まぁ、サタナスは知らなくて良いことだよ。いわゆる大人の会話ってやつだな」


「おとなの会話?」


「ああ、そうだ。強いて分かりやすく言うのなら、オレ達がサタナスを守るって事」


「……よくわからないけど。ありがとう、ソラ」


「どういたしまして」


 そう言って、ソラは行く先に見えてきた〈ヘファイストス王国〉の城壁を見据えた。


 さて、どういう展開になるかな。


 

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