第88話「お泊りと襲撃者」

 あー、なんか色々な事がありすぎて、頭の中がメリーゴーランドだわ……。


 身体の隅々まで詩乃によって、徹底的に綺麗にされた蒼空は、自室に戻るとそのままベッドの上にぐったり横たわった。


 着ていた服は全て洗濯に出して、今は部屋着用の服を身に纏っている。


 身も服もピカピカになった蒼空。


 現状の気持ちとしては、口から魂が半分ほど抜け出て、そのまま成仏しそうな感じだ。


 オレは何一つ作業をしていないのに、なんでこんなにも疲れているのだろう。


 お風呂に連行されて、先ず目隠しをしたところまではしっかりと覚えている。


 その次に風呂場に入って、詩乃にじっくり丁寧に洗われた後。


 誰かが入ってきて揉みくちゃにされて、そこから先の記憶が一切ない。


 気を失って、気がついたらリビングのソファーで横になっていた。


 大体何があったのかは予想ができるけど、上條蒼空としての自制心が、ソレを思い出すのを拒絶する。


『あの恐ろしい空間で起きたことを、オレは何も思い出さない、イイネ?』


『ア、ハイ』


 心の中のもう一人の自分が圧をかけてくるので、蒼空は思考を仮想世界の彼方に放り投げる。


 そしてVRヘッドギアを装着すると、ベッドに横たわった。


 こんな晴れない気持ちの時は、とにかく無心でゲームに没頭するのが一番だ。


「とりあえずは、向こうがどうなっているのか確認しようかな。黎乃(

《くろの》はちょうどオレがいる大広場でログアウトしたって言ってたし、同時にログインしたら直ぐに合流できるだろ」


「分かった、蒼空と同時にログインしたら良いんだね」


「おう、合図はオレがするから、3、2、1で同時にゲームスタートしよう」


 ……うん?


 そこまで口にして、蒼空はふと違和感に気がつく。


 今この場にいてはいけない人物の声が、真横から聞こえたような気がした。


 いや、まさかそんな事が、ある分けがない。 


 少しだけ思考が停止した蒼空は、とてつもなく嫌な予感がしながらも、ゆっくりと恐る恐る自分の真横を見る。


 するとそこにはVRヘッドギアを手にして、キョトンとした顔をするもう一人の白銀の少女こと黎乃が座っていた。


 しかもノースリーブの丈の短いワンピースという悩ましい格好で。


「………………く、クロノさんは、ナンデココ二?」


 たっぷり時間をかけて、ぎこちない片言で彼女に尋ねる蒼空。


 黎乃は、はにかんで笑うと、蒼空の部屋にいる理由を説明してくれた。


「えっとね、詩乃の許可を貰って、今日はお泊りする事になったの」


「お、おう。それなら別にオレの部屋でログインしなくても、良いんじゃないか」


 この部屋のベッドは、昔は詩織と二人で使っていたセミダブルサイズなので、普通のシングルよりも一回り大きい。


 身体の小さい自分と黎乃の二人なら、横になっても十分に余裕はある。


 だけど詩乃が昔使っていた空き部屋があるので、わざわざオレの部屋に泊まる必要はない。


 そう思うのだが、


「わたし、蒼空の側にいたい。……だめ?」


 両手の人差し指の先端を擦り合わせ、上目遣いでこちらを見る黎乃。


 そんな彼女を見た蒼空は、心の中で思った。


 もしかして寂しいのかな、と。


 普通に考えたら、まだ12歳の彼女が大好きだった両親と離ればなれになって、心細くない筈がない。


 ここは拒否するのではなく、パートナーとしてハトコの兄として、彼女を快く受け入れてあげるのが、ベストの選択肢なのではないか。


 蒼空は少しだけ困ったような顔をして、首を横に振ると、自分と同じくらい小さな少女の頭をなでた。


「もう、しょうがないな」


 今の気持ちとしては、甘えん坊の妹が一人増えたような感覚だ。


 一緒にいることを許可すると、黎乃は嬉しそうな顔になって。


「ありがとう、大好きだよ」


 と言った。


 少しだけドキッとしてしまうが、相手が妹だと考えるなら実に嬉しい言葉だ。


 だから蒼空も頷くと、兄として彼女に親しみの思いを込めて返事をした。 


「うん、オレも好きだよ」


「………………ほんと?」


「ああ、ホントだ」


 蒼空が頷くと、彼女はボンッと効果音が出そうなくらいに、顔を真っ赤に染める。


「それってつまり蒼空とわたしは……」


 急に背中を向けると、彼女は何やらゴニョゴニョと呟く。


 なんて言っているのかは、間近にいても上手く聞こえない。


 首を傾げて見守っていると、しばらくして黎乃は嬉しそうに笑った。


「ふ、ふつつか者だけど、よろしくおねがいします」


「うん、よろしく」


 兄妹としての関係は一週間くらいと浅いものだが、黎乃は良い子なので心配することは何もない。


 蒼空は壁際によって、万が一にも彼女が落ちないようにスペースを作ると横になった。


「それじゃ、3、2、1でログインするぞ」


「うん!」


 ぴったりくっついて、横になる黎乃。


 VRヘッドギアの電源を入れると、準備が完了する。 


 蒼空がカウントを開始すると、最後に二人は声を合わせて、仮想世界に飛び込むための言葉を口にした。



「「ゲームスタート!」」





◆  ◆  ◆





 ログインする前の心温まるエピソードの次に待っていたのは、何やら穏やかではない展開だった。


 蒼空は、冒険者ソラとして〈ヘファイストス王国〉の転移門のある大広場に出現すると、いきなり複数の兵士に周囲を取り囲まれる。


 兵士達が身に纏っているのは、統一された輝くスチール系の鎧。

 手にしているのは片手用直剣と、ラウンドシールドの騎士のテンプレ的な装備。


 〈洞察Ⅱ〉のスキルで確認した相手のレベルは大体平均30程度だ。

 レベル50の自分からして見ると、ハッキリ言って、そこまで強くはない。


 さて、王国の兵士に取り囲まれるほど悪い事なんて一切していないが、彼らの視線は全て此方に向けられている。


 すんなり通してくれるとは、思えない。


 ソラがこの状況をどうやって切り抜けたものか、そう考えていると。 


「アンタがアリアの言っていた、世界最強の冒険者なの?」


 声を掛けられると共に、常時展開している〈感知Ⅱ〉のスキルが、背後から全身に鎧を装備した小柄な騎士が接近してくるのをとらえる。


 手にしているのは、形状からして細剣。


 真っ直ぐに駆けてくる上に、止まる様子がない。


 声からして女の子らしいが、この物凄い殺気は一体何なのか。


 状況は理解できないが、向こうが完全にヤル気みたいなので、普段はオフにしている戦闘態勢をオンにする。


 振り向くと同時に脊髄せきずい反射はんしゃで、自身に〈速度上昇Ⅲ〉を5つ付与。


 間近に迫る鋭い細剣による刺突技〈リニアピアス〉を、超人的な反応速度と鋭い動きで、振り向くと同時に紙一重で回避。


 一歩前に踏み出して懐に飛び込み、鎧の隙間を掴んで、勢いのまま襲撃者を背負い投げた。


 だが投げられた襲撃者は、鎧を着ているというのに驚異的な身のこなしで姿勢を制御。

 クルッと回転して華麗に地面に着地する。


「なら、これはどう!」


 地面を蹴った襲撃者は、真紅の細剣を構えて再度オレに向かって来る。


 選択するのは速度重視の細剣用の突進攻撃〈ソニックピアス〉。


 閃光の如く鋭い刺突は、ご丁寧にもオレの心臓を狙っている。

 ソラは腰に下げている〈白銀の魔剣〉を手にすると、前傾姿勢になり力を込めて一気に振り抜いた。


 左下から右上に駆け抜ける白銀の刃は、迫る刺突を軽々と衝突すると、これを軽々と弾き飛ばす。


「な……スキル無しで、わたくしの刺突を!?」 


「確かに速くて鋭いけど、お上品すぎて狙いがバレバレだぞ」


 一個だけ注意してあげて、振り抜いた剣を途中で止めたソラは鋭く息を吐いて、今度は右上から左下に刃を振り下ろす。


 帰ってくる斬撃を見た襲撃者は、自身に迫る刃を見て動けなくなる。


 周囲からは「姫様!」と兵士の叫び声。


 ソラは白銀の刃が切り裂く寸前。


 グッと腕に力を込めて、振り下ろそうとしていた刃を急停止。


 斬撃は襲撃者の肩に触れるか触れないかのところで、完璧に止まった。


 間近で交わされる視線。


 完全にこの後の展開が読めたオレは、何だか嫌な予感がして彼女に尋ねた。


「姫様ってことは、オマエまさか……」


 怪訝な顔をするソラに、全身鎧の小柄な騎士は答える代わりに、装備を全て解除する。


 すると鎧の中から現れたのは、美しい真紅のバラのような少女だった。


 真っ赤なウェーブのかかったセミロングヘアに、切れ長の金色の瞳。


 真っ赤なフリルのついたドレスを身に纏い、その頭からは二本の角と臀部でんぶあたりからトカゲのような尻尾が生えている。


 彼女は優雅にスカートをつまみ上げ、ソラに一礼すると自己紹介をした。



「初めましてソラ様、我はアリス・ファフニール。この〈ヘファイストス王国〉の竜王の一人娘よ」



 

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