第89話「竜王の娘」

 自分の存在を主張するように、ドヤッとした顔をして、そこそこ発育の良い胸を前に張る竜のお姫様。


 彼女は自身の名前を、アリス・ファフニールと名乗った。


 見たところ赤髪の綺麗な竜人の少女で、背丈は今の自分よりも少し高いくらい。


 パッと見は、クロよりも1歳か2歳ほど年上に見える。

 だが竜人族も見た目が、一定のラインから変化しなくなると以前に街の人から聞いたので、彼女の実際の年齢は分からない。


 もしかしたら実際には20歳か、100歳以上の可能性は十二分にある。


 念の為に〈洞察Ⅱ〉のスキルで見てみると、アリスのレベルは45と、初期時点でクロに並ぶほどだった。


 先程の細剣の攻撃スキルも、狙いは甘かったものの、技の完成度はとても高かった事を思い出す。


 アリスの剣の実力は、確かだと思う。


 しかしその一方で、あのドヤ顔を見た第一印象としては、アリアとは別の意味で不安を感じさせられた。


 ……なんだか、高飛車系お嬢様とかそっち方面っぽいな。


 ソラの長年のVRゲーマーとしての直感が、彼女の立ち振る舞いからその性格を予想する。


 でも今までお城から出ることのなかったお姫様が、なんでこのタイミングで現れたんだろう……。


 最近の活動を振り返って、自分で考えられる事といったら、現状では今の所3つしかない。


 一つ目は昨日の強襲イベントをクリアした事で、何らかの連動型のイベントが発生した可能性。


 二つ目は〈ユグドラシル〉によるイベントの告知で、特殊なクエストが偶々たまたまログインしたオレに発生した可能性。


 三つ目はアリアの名前が出たことから、もしかしたら特定の人物と仲良くなる事で発生する、特殊なイベントの可能性もある。


 或いは、この三つが要因となっている事も十分に考えられるか。


 とりあえず、彼女に向けている剣を下げて、ソラは腰の鞘に収める。


 オレの動向を警戒していた周囲の兵士達は、それに対して安心したのか、ホッと胸を撫で下ろす。


 アリスも細剣を腰の鞘に収めて、改めてソラに向き直るとこう言った。


「試すような事をして、悪かったわ。だけど〈嫉妬の大災害〉を退け、我の親友アリアを助けたアンタなら、我々が今抱える問題を解決できるって、今の剣技を見て確信した」


「……アリアの親友なのか?」


「そうよ。我とアリアは幼い時から付き合いがあって、今も時々海の側にあるエーギル王国にバカンスに行ったりする仲なの」


 ほう、海のある国か。


 海があるという事は、当然の事だけど海のモンスターもいることになる。


 昔からどのVRゲームにおいても、水中ほど恐ろしいものはない。


 深海を探索して海の星から脱出する事をテーマにしたゲーム〈VRポセイドン〉なんて、巨大な深海生物が怖すぎて多数の失神者を続出させた程だ。


 故に有名なホラー実況者は語る。


 深海以上に恐ろしいモノはないと。


 ……脱線した話を戻そう。


 アリスの話からして〈アストラルオンライン〉には少なくとも海があるっぽいが、それはどれ程のものなんだろうか。


 流石に武器を持って、水中戦なんてムリなのでそんな事は起きないことを祈りたいが……。


 首を横に振り、頭の中に想像した嫌なイメージを振り払うソラ。


 アリスが小首を傾げて、その様子を傍観(ぼうかん)している時のことだった。


 そのタイミングで、一緒にログインした黒髪の少女、黒いバトルドレスを身に纏う冒険者クロが、兵士の間を抜けてやってきた。


「ソラ!」


 彼女は嬉しそうにオレの左隣の定位置につくと、先ずはパーティー申請をする。


 ソラが快く申請を許可すると、そこでクロは眼の前にいるお姫様の存在に気がついて、頭の上にクエスチョンマークを浮かべた。


「……だれ?」


「この国のお姫様らしい」


「なんでそんな偉い人が、ここにいるの?」


「さぁ、それは今から説明してくれるんじゃないかな」


 ソラが視線を向けると、アリスは小さく頷いた。


「ええ、今からお城に来てちょうだい。そこで父上〈竜王〉オッテルからアンタ達にとても大切なお話があるわ」


 彼女が言い終わると同時に、ソラの目の前にクエストが表示される。


 そこには、こう記されていた。


 【ユニーククエスト】竜の国の危機。


 【内容】先ずは竜の王から話を聞こう。


 【参加条件】レベル45以上。


 内容に目を通したソラは、思わず息を呑みこんだ。


 ……レベル制限付きのクエストだと。


 しかも最低でも、レベル45からしか受けられない設定になっている。


 これがもしもプレイヤーパーティーの最低レベルが基準ではなく、竜の姫アリスが基準になっているんだとしたら。


 レベル45以上という制限は、現時点で〈アストラルオンライン〉の全プレイヤーの中では、自分とクロしか受けられないのではなかろうか。


 精霊の森の時は、スタート時のアリアはレベル10程度だった事を考えると、少なくともあの時以上の難易度になる事は間違いない。


 少々驚きつつも画面を下にスクロールさせると、クエストを受けるか受けないか。


 いつもの【Yes/No】の選択肢が現れる。


 ソラは迷わずに【Yes】をタッチ。


 今まではそこでクエストの受注は完了していたのだが、今回は『プレイヤーレベル確認、問題無し』という見たことがない表示が出た後に、クエストの受注が完了。


 アリスは嬉しそうに微笑を浮かべると、ソラの右側に立って腕を絡ませてきた。


「馬車を用意させているから、それに乗って城内まで行きましょう。そこからは、我が直々に案内してあげるわ」


「「ッ!?」」


 予想外の行動にソラは驚いて、左隣りにいるクロは、見て分かるほどに頬を膨らませた。


「むーッ」


 一体何に火がついたのか。


 初めて会った時とは、比較にならない程の、全てを焼き尽くすような敵意を放つクロ。


 実際に、このゲームに意思を具現化させるシステムがあったとしたら、彼女の身体からはリアルに炎が発生するのではないか。


 真横から〈リヴァイアサン〉以上の強力な圧を感じて、ソラは額からダラダラと汗を流す。


 そんなクロのジロリと睨みつける鋭い視線を、同レベルであるアリスは信じられない事に、涼しい顔で受け止める。


 どうやらこの竜人のお姫様、レベルだけでなくメンタルもかなり強い部類らしい。


 視線だけでは通じないと思ったのか、クロは言葉に暗い殺意を込めて、アリスに言った。


「……馬車に行くまでの距離なら、そこまでくっつかなくても良いと思う。というか、ソラにくっつかないで」


「我がどこにいようと、それは我の自由だと思うけど。いようと思った場所にいて、何か悪いの?」


「そ、ソラは……わたしのモノ、なの!」


「ふ〜ん、そうなの?」


「え?」


 急に話を振られたソラは、何がなんだか分からず、左右にいる二人に交互に視線を向ける。


 即答しないその様子に、アリスは小悪魔的な笑みを浮かべた。


「直ぐに答えられないみたいね」


「……ソラ?」


 oh……。


 よく分からないけど、クロの矛先が此方に向けられたぞ。


 そうなった元凶のアリスは、ニコニコと実に楽しそうな笑顔を浮かべている。


 この女、もしかしてわざとこうなるように仕向けたのか。


 だとしたら、かなりの策士だ。


 この状況にソラは実に困ったような顔をすると、クロがジーッと恨めしい顔をして睨んだ。


 前門の虎後門の狼という、ことわざがある。


 言い換えるならこれは、左手の虎右手の竜といった感じだ。


 逃げたくても左右を二人の少女に固定されているので、逃げ出すことはできない。


 アリスは、その様子をしばらく眺めていると、いきなり「ぷふっ」と吹き出した。


「──ごめんなさい、冗談よ。あんまりにも大事そうにくっついているから、ついからかっちゃった。だけど、まさかここまで鈍感だなんて思わなかったわ」


 謝罪して彼女はあっさり離れると、眼の前で待機している馬車に向かって歩き出す。


 鈍感だなんて思わなかった。


 それはもしかしなくても、自分の事だろうか。


「ほ、ほら、オレ達も行くぞ」


「むぅ……ソラのばーか」


「く、クロさん?」


 アリスに続いて二人で馬車に乗り込むと、御者ぎょしゃは後ろを確認して、ゆっくりと馬車を発進させる。


 それからクロが機嫌を直すまで、ソラはずっと困惑していた。

 

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