第87話「第二のイベント告知」
遠目からでもハッキリ分かる程の、大地から伸びて天空に突き刺さるように存在する、巨大な樹木〈ユグドラシル〉。
〈アストラルオンライン〉では、どの国からでもその姿を見ることができる、正にあの世界にとって象徴的な存在。
しかし、それは作られた仮想世界の話しで、現実には無いモノだ。
蒼空は、改めてソレを見る。
一体どこまで伸びているのか想像もできない程に巨大な樹木は、正に神話の存在そのもの。
そもそも此処に来る時に、あの方角にあんなモノは見当たらなかった。
ならば目の前に在るアレは、この場にいる人々にしか見えない、一種の幻覚だと考えるのが普通だろう。
それともコレは全て夢で、目が覚めたらまた黎乃と詩乃と出会う前の朝から、やり直しなのか。
目の前にある巨大な存在を疑う蒼空に対して、まるで否定するようにゲーム内で何度も聞いた、荘厳なファンファーレが天から響き渡る。
世界樹の出現に続いて起きた、その非現実的な現象に、周囲の人々はパニックになった。
「な、なんだこの音!?」
「次から次に、一体何なんだよ!」
「これ大丈夫なの!?」
ファンファーレを呪いの音みたいな、ヤバいものだと思った人々は、聞くまいと両手で耳を塞ぐ。
みんな取り乱して、冷静に世界樹を見ているのは数人程度。
もしかしたら、彼らは自分達と同じ〈アストラルオンライン〉のプレイヤーなのかも知れない。
夢じゃ、ないよな……?
試しに頬を強い力でつねってみるが、痛いだけで、夢から覚めるような事はない。
じんじんと痛む頬。
五感を通して伝わる情報のすべてが、これは紛れもない現実だと、蒼空に教える。
となると、このファンファーレの後に待っているのは、ゲーム内で幾度も聞いたお知らせだ。
人々がパニックになっている中。
〈アストラルオンライン〉のゲームプレイヤーである蒼空は、冷静になって今から何が起きるのか待ち構える。
「蒼空……」
隣りにいる黎乃《くろの ラリーカーがとても不安そうな顔をして、オレの右手を握った。
蒼空は「オレが守るから心配するな」と言って彼女の手を強く握る。
それだけで黎乃の不安は和らぎ、強張っていた表情が少しだけ明るさを取り戻す。
その直後の事だった。
やはり少女のような声が、天空から地上にいる全ての人々に響き渡る。
『世界樹より、リアルワールドの住人にお知らせです』
「……世界樹から、お知らせ?」
「うん、お知らせって聞こえた」
自分の耳を疑い、確かめるように黎乃を見ると、彼女も同じ言葉が聞こえたと頷く。
一体、何を“世界樹”がお知らせするというのか。
何だかとても嫌な予感がして、蒼空は額にびっしり汗を浮かべると、世界樹とやらの言葉に集中する。
『世界汚染が1%進みました。それに伴い世界樹〈ユグドラシル〉が顕現。今後のお知らせは〈アストラルオンライン〉ホームページと、世界樹の言葉で行います』
マジかよ。
世界汚染というのが進むと、こういう事になるのか。
あくまで推測だが、恐らくはイベントの失敗だけでなく、“時間経過”でも汚染が進むという事なのだろう。
新情報だが、けして良いことではない。
あのゲームに“タイムリミットが存在するかも知れない”という、とても喜ぶことができない事実が発覚したからだ。
蒼空は額に浮かぶ汗を左腕で拭い、遠くにある世界樹を睨みつける。
そして世界樹は、まるで宣戦布告をするかのように人類に告げた。
『世界樹より〈アストラルオンライン〉イベントの告知です』
『8月23日より【傲慢なる魔竜王の侵略】が開催されます』
『イベント内容は、火山の封印より解き放たれた魔竜王〈ベリアル〉が、モンスターの軍勢を使い〈ヘファイストス王国〉に進行を開始』
『勝利条件は、魔竜王〈ベリアル〉の撃破』
『敗北条件は、竜王〈オッテル〉と竜皇女〈アリス〉の死亡』
『敗北した場合、ペナルティとして世界汚染が10%進行します』
『以上でお知らせを終わります。リアルワールドの皆様の、ご武運をお祈りします』
新たな戦いが、始まる。
◆ ◆ ◆
あの後、直ぐに合流した蒼空達は、一先ず家に帰宅する事にした。
四人の視線の先にあるのは、大型の薄型テレビ。
そこではメディアによって、世界樹〈ユグドラシル〉が現実世界に顕現した事が、全国ニュースで取り上げられている。
北太平洋のど真ん中に、巨大な揺れの後に現れた巨大な樹木。
だが計器類は地震を一切感知していないらしく、アレの振動が何だったのか、未だに分からないとの事。
しかも被害は人の転倒くらいで、他には一切ない事から、もしかしたらアレは人間にしか感知する事のできない、超常的な現象だったのではないかと物理学者の人は語る。
次に映し出されたのは、日本の首領だった。
沢山の報道機関のカメラによるフラッシュライトが炊かれる中、照らされているのはスーツをビシッと着た見た目四十代くらいの男性。
彼の名は日本の首相、天生〈あもう)❩誠司(せいじ)。
様々な問題を解決して、国民の90パーセントから支持をされている歴代最高の首相である。
そんな彼が一体何を発表するのか。
多くの国民が注目する中で、天羽の口はゆっくりと開かれた。
『突然の世界樹の出現に、皆様は大変な混乱をされていると思います。ですが、アレは私達に敵対するモノではありません』
『総理、その根拠はあるんですか!?』
記者の誰かが指摘すると、天羽は頷いてみせた。
『私達の〈神〉によると、アレは中立的な存在との事です。攻撃しても傷を付けるのは不可能な上に、それに応じたペナルティも発生すると私は〈神〉から警告をされました』
〈神〉エル・オーラムの名が出ると、騒いでいた記者達は全員、口を閉ざして黙る。
それだけ〈神〉は信用されているという事なのか。
蒼空が脳裏に思い浮かぶのは、先日会った白髪の少女の姿。
自分からしてみたら、良いヤツとも悪いヤツとも言えない存在だ。
この信用も不思議な力のおかげなのかと考えると、実にヤバいと思う。
続いて天羽が示した方針は、世界樹〈ユグドラシル〉を攻撃するのではなく、監視をする事だった。
アレが人類に牙を向いてきた時に対応できるように、24時間体制で警戒をする事を、カメラの前で国民に約束する。
今回は〈神〉エル・オーラムは表に現れないようで、それからは画面が切り替わって専門家とコメンテーターのやり取りだけとなった。
テレビを消すと、蒼空は詩織と黎乃(くろの)と詩乃の三人に視線を向ける。
〈ユグドラシル〉の出現で、みんな流石に緊張している面持ちだ。
その中で、詩乃が現状を分析する。
「どれだけの時間経過で汚染が進むのかは分からないが、少なくともここからいきなり100%になる事は無い、と私は思う」
「オレもそう思うけど、判断材料が少ないな。現状だと大体1週間くらいで1%ずつとか、そういう上がり方をするっぽい?」
〈アストラルオンライン〉がリリースされて、まだ一週間くらいしか経っていない。
その事を考えると、一応は一週間というのが目安になる。
詩乃は少し考える素振りを見せると、こう言った。
「まぁ、汚染の進行はまだ1%だ。油断はできないが、各自〈アストラルオンライン〉内だけじゃなく、何かあった時は連絡をするのを怠らないでくれ」
「「「了解」」」
詩乃の言葉に、オレ達三人は力強く頷いた。
「それじゃ、オレはアスオンにログインしてくるよ。夕飯くらいには下りてくるから──」
その場から離れようとした蒼空の腕を、詩乃が鋭い動きで掴む。
一体何ごと。
首を傾げるオレに、詩乃はこう言った。
「外出して汗まみれの身体でVRゲームをするなと、私は教えたはずだが」
「し、師匠?」
「この際ついでだ、VRゲームの注意事項として帰ったら風呂に入る事を、私が直々に教えてやろう」
「師匠!? ちょ、やめ……ギャーッ!」
もの凄い力で腕を捕まれ、そのまま引きずられた蒼空は、詩乃に風呂場まで連行される。
そして目隠しをして徹底的に洗われ、更には詩織と黎乃まで乱入してきた結果。
彼は、気を失った。
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