第70話「一期一会」

 アレからソラがログアウトすると、世界中に広がっていた精霊の木は、光の粒子になり消え去った。

 目を覚ますと眼の前に精霊の木があった事から察するに、大分ヤバい状況ではあったらしい。

 一階に下りて妹の詩織しおりと二人でテレビをつけてみると、そこでは例の白髪金眼の少女、自称〈神様〉が姿を現して。


『この世界を壊そうとしていた〈嫉妬〉の怨念は、勇敢なる者達の手で消え去りました』


 とプレイヤー達が役目を果たした事を告げて、アストラルオンラインの脅威の一つが終わった事を世界に表明した。


 次にテレビに映し出されたのは、懸命に〈リヴァイアサン〉との戦いに挑む冒険者達の映像である。


 誰が撮影していたのかは分からないが、対戦ゲームの専門家や芸能人が戦いの様子を見て熱く語り、SNSでも大いに盛り上がっていた。

 しかし解説する人達は、みんな以前にプロゲーマー達に対して酷評していた者達だ。

 それがこぞって、手のひら返しをしているのは、見ていて実にモヤッとさせられた。


 あの戦いを自分達が有利にするために、どれだけみんなが苦労したのか。


 頑張りを知っているからこそ、彼等の薄っぺらい語りには、心底ウンザリさせられる。


 その中でも番組は、決戦時に突如現れ大活躍したプレイヤーネーム不明の白銀の髪の少年を、大々的に取り上げていた。


 シルバーカラーのプレイヤー。

 ゲーム内で、キャラメイクをする時には存在しない色。

 珍しいこの色を〈白銀の剣姫〉以外に持つプレイヤーの目撃情報は、エンジョイ勢の人達からは、一つも出てくるわけがない。


 なんせ彼等は誰一人として〈リヴァイアサン〉戦には、参加していないのだから。


 番組内では最終的に「もしかしたら運営によって配置されていた、お助けキャラなのでは?」という結論で落ち着いた。

 もちろん〈ヘルアンドヘブン〉と〈宵闇の狩人〉のプレイヤー達は、アレが誰なのかは理解している。

 だがシノとシオによって、事前に箝口令かんこうれいが敷かれていたので、彼等から白銀の少年のプレイヤーネームについて語られる事はなかった。


 もしもプレイヤーネームが公表されたら、ゲーム内で銀髪碧眼の少女に絡んでくる輩が増える恐れがあるからだ。


 そんな中で意外だったのは、追加で参戦していた野良の高レベルプレイヤー達である。

 彼等も取材に対して暗黙を守り、誰一人として白銀の少年については語らなかった。

 その件には冒険者達に無償で武器のメンテナンスや、ポーション等のアイテム供給を受け持っていたキリエが関わっているらしい。


 キリエさんには、いつもお世話になってるなぁ……。


 もしもリアルか、ゲーム内で会った時には、きちんとお礼は言っておかなければ。


 それから3日が経過して、リアルが落ち着いた頃に〈アストラルオンライン〉の長いアップデートは終わった。


 ログインするなりソラ達は、アリアの母である〈風の精霊王〉シルフに出迎えられて、頭を下げて感謝された。


 指輪の件。


 リヴァイアサン討伐の件。


 以上の功績は、とても大きいものらしい。

 だからシルフは、冒険者達が自由に森に入れるように、契約を交わすことをソラ達に提案してきた。

 もちろん断る理由なんてないオレ達は、これを二つ返事で了承。


 古い紙にシルフの署名と自分の署名をして、精霊族と冒険者の契約は完了する。


 しばらくして、例のムダに荘厳なファンファーレと共に全プレイヤーに通達された。


『精霊王シルフと盟約を結んだ事により〈精霊の森〉への出入りが自由となりました』


 これで冒険者達は、最初の衣服が無くても森に入れるようになった。

 ただし注意点として、精霊を傷つけた場合には容赦なく〈罪過数ざいかすう〉がカンストする仕様だ。


 〈罪過数〉とは冒険者が犯罪行為をした際に発生する、ペナルティカウンターだ。

 一定値を越えると、道具屋での売り買いができなくなるのだが、それでも悪行をした者には、迷惑行為をするごとに〈天命残数〉が1減るようになる。


 中々に厳しいルールだが、冒険者は全員が良い者ばかりではないので、仕方がない事だろう。

 

 ちなみにもう一つ報酬として、ソラはアリアの色違いの超激レアドレスを頂いたのだが、女の子の格好をするのは絶対にお断りなので記念品としてクロに差し上げた。


 その時の彼女の嬉しそうな笑顔を見れただけで、オレはお腹いっぱいだ。


 そして遂にソラ達は、アリアを妖精の国に連れ帰る事になった。


 オレはクロとアリアの慣れた三人に、妹のシオを新たに加えた、四人のパーティーで妖精国に向かって出発。

 本当はシンとロウも巻き込みたかったのだが、彼等はリアルでヨルとの用事があるとの事で断念した。

 しかたなく、四人で出発した道中の事だ。

 レベル15程度の〈リザードタイプ〉のモンスターに何度か襲われたが、今のレベルにこのメンバーだと、ピンチになる事なんて全くない。

 全て一人で問題なく処理しながら、アリアがオレとクロとの冒険を、楽しそうにシオに話す。

 初めにソラが襲われているアリアを助ける所から始まり、道中のトラブル、そしてジェネラルとの死闘。


 話を聞いている内に、四人はあっという間に妖精国に着いた。


 妖精の国は王都ユグドラシルと同じく、中世のヨーロッパをイメージとした国だ。


 オーソドックスなフォルムのお城に向かい、アリアに先導してもらい中に入る。

 姫の帰還に、場内はすぐに大騒ぎになった。

 彼女は申し訳無さそうな顔をして、彼等に軽く頭を何度も下げながら、真っ直ぐに最上階に向かう。

 そこで待っていたのは、緑を基調とした衣装を身に纏う金髪碧眼の美男子、この国の王様である〈妖精王〉オルベロンだった。


 遂に娘と父親の感動の再会、その2!


 アリアが無事に戻ってきたことにイケメン男子の父は、王様の威厳いげんもかなぐり捨て号泣。

 やや引いているオレ達を尻目に、彼女は謝罪して、そんな父親を優しくなぐさめていた。

 長いこと1時間くらい経ってから王様が泣き止むと、彼は大臣に指示を出して、今まで閉ざしていた門を開放してくれた。

 精霊の森を除けば、5日ぶりに新マップの開放である。


 次のマップの名前は、火山地帯。


 そこを抜けると、素晴らしい武器と防具を作る鍛冶師が集う〈ヘファイストス王国〉があるらしい。


 オレ達は窓から新マップに駆け込む冒険者達を見て、居ても立っても居られなくなり直ぐに出発する事を伝えると、そこでアリアとは別れることになった。


 彼女はお姫様で、ソラ達は冒険者。


 今回が特例であり、本当は一緒に冒険をするような立場ではないのだ。

 アリアは寂しそうな顔をすると、オレ達にこう言った。


「また、いつか一緒に冒険してくださいますか?」


「ああ、いつか必ず一緒に冒険しよう」


「約束ですよ。わたくしの英雄様」


「──ッ!?」


 その隙をついて、無防備なソラの頬に、勇気を振り絞ったアリアが口づけをする。


 柔らかい感触を頬に受けて、予想外の行動を受けたソラは、何も考えられなくなり思考がフリーズ。


「ず、ずるい!」


 かつてない程にムッとしたクロと、アリアが取っ組み合いを始めると、慌ててシオが仲裁ちゅうさいに入る。


 一方で娘が女の子にキスをした事に対して、イケメン王様は怒るどころか、尊いモノを拝むように両手を合わせて、恍惚こうこつな表情を浮かべていた。


 ギオルといい、この世界の男性は百合愛好家が多いのだろうか?


 アストラルオンライン、NPCの謎の一つである。


 そんなこんながあり、オレ達はアリアに見送られて城を後にした。

 開かれた新マップの大門をボーッと眺めながら歩いていると、


「やっぱり、ちょっぴり寂しいね」


 と、クロが呟く。

 隣を歩くシオは、それには答えない。

 ソラは首を横に振ると、彼女にこう言った。



「彼女はあそこにいるんだ。会おうと思えば、いつでも会えるだろ。それに──」



 楽しい事もあれば、悲しい事もある。



 沢山の出会いと、沢山の別れを繰り返す。



 それが、MMORPGなのだから。



 少年は翡翠の姫と冒険した記憶を大切に胸にしまい、新しい世界に視線を向ける。



 そして二人の少女の手を握ると、次の冒険に向かって駆け出した。


 

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