第69話「精霊森の決戦②」

 ボスモンスターが、まさかの大技のスキルをクイック始動。

 翼が二枚から六枚になることによって、恐らくはエネルギーの供給される速度が、速くなったのだろうか。

 完全に油断していたソラとクロは、驚いて動きを止めてしまう。

 力を溜める動作をしている最中なので、至近距離で放たれるブレスを避ける時間なんてない。


 不味い、これは直撃を貰う。


 死をもたらす光が眼の前に迫る。

 直撃したら、例え全ての付与枠を防御に回したとしても、冒険者の防御値では耐えられそうにない。

 一か八か、トドメに使おうと思っていた自分のスキルで相殺を狙うか。

 

 その時、頭上を一筋の閃光が駆け抜けた。


「ソラ様、クロ様!」


 閃光の正体は、アリアの弓による〈スナイプ・アロー〉による狙撃。

 ソラのスキルによって風の属性を纏った矢は、緑色のエフェクトを撒き散らしながら、真っ直ぐに〈リヴァイアサン〉の左眼に突き刺さる。


『──────ッ!?』


 思わぬ急所への攻撃に、大蛇のブレスは軌道がずれて、ソラ達の横の空間をえぐり取る。

 後少しでも遅れていれば、敵のブレスは間近にいたソラとクロを、跡形もなく消し飛ばしていた。


 これ以上ないタイミングでの援護射撃に、ソラは振り返らず心の中でアリアに感謝をする。


 しかも大技を発動させた〈リヴァイアサン〉は、一時的なスタンが入り、動きが完全に止まった。

 正に千載一遇せんざいいちぐうのチャンスだ。

 隣にいるクロと視線が合う。

 彼女は力強く頷くと、先行して〈黎明の剣〉を構えて〈風属性付与EX〉の力を借りて高く跳躍。

 剣を肩に乗せて金色のエフェクトを発生させると、敵の装甲が最も薄い腹の部分を狙い〈エアリアル・クアッドスラッシュ〉を放った。


「はぁぁぁぁ──ッ!」


 天使の風を纏った神速の四連撃が、袈裟斬り、逆袈裟、左袈裟、左逆袈裟の四つの軌道を描く。

 システムのアシストに、自身の身体を合わせて放たれたソレは、大蛇の胸に大きなバツ印を刻んだ。

 受けた〈リヴァイアサン〉は、HPが1割削れて、残り3割となる。


「全然削れなかった。ごめん、ソラ!」


 〈風属性付与EX〉によって強化された 大技を使ったクロは、30秒間の硬直時間を強いられる。

 天使のスキルを付与したクロですら、1割しか削ることのできなかった、真の姿の〈リヴァイアサン〉の体力。


 果たして、次の一手で削り切れるのか。


 ジェネラルを打倒し、その場にいる冒険者達は固唾を飲んで凝視する。


 硬直の解けた親友の二人は、かつて共に戦った友を信じて見つめ。


 彼の師匠と妹は、彼ならやってくれると目を逸らさず真っ直ぐに見守る。


 精霊と妖精の姫は、ゴーレムの肩の上で両手を合わせて少年の武運を祈り。


 そして彼のパートナーである小さな女の子は、彼と視線を合わせると力強く頷いた。


 言葉はいらない。


 アイコンタクトで彼女の思いを受け取ったソラは、口元に微笑を浮かべる。



「ああ、後は任せろ」



 決意を胸に、闘争心に火をつける。

 ここまで沢山の冒険者達が、命を削って繋いでくれた。

 3日に及ぶ精霊達の護衛。

 彼らを守れなくて泣いた、妹の姿。

 死ぬまで戦い、ボスモンスターの攻略法を見つけた親友と師匠。

 そしてここまで共に戦ってくれた、最高のパートナーである少女。

 眩い純白の光を放つ剣を手に、少年は無限にあるMPを使用して、跳躍強化の付与を多重展開。

 天高く跳躍すると〈アイン・ソフ・オウル〉と同時に取得した、もう一つのスキルを選択した。


 そのスキルの名は対ボス専用技──〈ヘヴンズ・ロスト〉。


 七大属性をトリガーとして発動したスキルは、己の〈光齎者ルシファー〉としての力を、全て右手に持つ〈白銀の剣〉に集約。

 それによって、少年の髪と瞳は一時的に漆黒に戻る。

 純白と漆黒の光を宿した剣は、空間を震わすほどの極限の力を解き放った。



「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」



 落下しながらソラは、光り輝く剣を大上段に振りかぶり、一気に下段に振り下ろす。

 刃は〈リヴァイアサン〉の急所である頭を守る硬質な鎧に突き刺さり、そこから剣に込められた力が、頭から尻尾にかけて巨大な蛇の身体に一筋の線を描く。

 剣を振り切ると、そのラインにそって光の柱が駆け抜ける。

 砕け散る鎧。赤い鮮血のようなダメージエフェクトと共に、残っていた敵のHPが急減少を始めた。

 そして3割あったHPが全て無くなると、少しの間を置いた後に、刻み込まれた線を基点に〈リヴァイアサン〉の身体は、光の粒子になって精霊の森に散った。


 静寂が、辺りを支配する。


 その中でボス戦に参加した全プレイヤーに通達されるのは、一つの英語表記。




 【Event Quest Complete】




「「「──────ッ!!!!」」」




 地震のように、湧き上がる大歓声。

 喜びのあまり、隣にいた者同士で抱き合って、長い戦いの勝利を祝福して嬉し涙を流す。

 みんなが互いの健闘を称える中、ソラは我に返ると、安堵して小さな吐息を一つした。


 ……終わったのか。


 小さな声で呟くと【Last Attack Bonus】の獲得が、オレのサポートシステム〈ルシフェル〉から伝えられる。

 身体がスキル硬直で動かないので、地面に大の字で背中から落ちたソラ。

 受け身を取ることも出来なかったので、無防備に背中に重たい衝撃を受けて、HPが半分ほど減る。

 そこに、仲間達が駆け寄って来た。


「ソラ! やった、やったー!」


 クロは真っ先に駆け寄って来ると、満面の笑顔で横たわるソラにダイブする。


「ぐふぁ!?」


 スキル使用で60秒もの硬直を課せられているオレの腹に、勢い余った彼女の全体重をかけたタックルが炸裂。

 リアルなら内蔵が出そうな程の強い衝撃をもらい、ソラはもだえた。


 は、ハルトから食らった、遠距離攻撃以上に死ぬかと思った……。


 ぴくぴくと痙攣けいれんしていると、呆れた顔をしたシノが、クロを持ち上げてソラを助ける。

 すると、そのタイミングでHPの下に表示されていた〈ルシファー〉モードのタイムリミットがやってきた。


「あ……」


 と間抜けな声を出すと、身体が光り輝いて、呪われた姿である銀髪碧眼の少女に戻る。

 少し遅れて到着した親友二人は、オレのその姿を見て、何とも言えない顔をした。


「あー、やっぱり戻るのな」


「魔王を倒すまで、呪いは解けませんから」


 シンとロウの言葉に、隣りにいるシオも肩をすくめた。


「でもお兄ちゃんらしいと言えば、お兄ちゃんらしいオチね」


 シオの言葉に、全員が頷いてくすりと笑う。

 オレらしいオチとは何ぞや、と思っているとスキル硬直が終わる。

 身体が自由になって起き上がると、丁度良いタイミングで、天上からムダに壮大な【ファンファーレ】が鳴り響く。

 それは全プレイヤーに対する、イベントクエスト〈リヴァイアサン〉の撃破のお知らせと、“アップデートの告知”だった。

 最後まで読んだ冒険者達は、全員硬直してしまう。


 このタイミングで、アップデートだと。


 しかもアップデート時にログインしている冒険者は、容赦なく天命残数がマイナス1される鬼畜仕様。

 回避する為には、安全圏でログアウトするしかない。

 だけどアップデートまで、残り30分。

 とても短い猶予時間に顔が真っ青になったソラ達は、勝利の余韻もどこかに消え失せる。


 このままでは、せっかくイベントクエストをクリアしたというのに、全滅してしまう。


 一体どうしたら、と思った六人は唯一の回避方法に気がついて顔を見合わせる。

 そして遠くにある、傷ついた精霊村の壁に視線を向けた。

 あの村の規模なら、100人以上の冒険者も受け入れられるはず。

 するとアリアも同じ考えに至ったのか、ゴーレムに乗った彼女は大きな声で、慌てる冒険者達に呼びかけた。


「冒険者の皆さーん! アップデートが来るので、精霊の村に避難してくださーい!」


 アリアの指示を受けて、ゴーレムは冒険者達を先導する為に猛スピードでけた。

 どこか頼りなかった彼女の背中は、この3日間で成長した力強さを感じさせる。

 身につけている衣服と合わさり、正に兵士を導くお姫様というポジションにピッタリの姿だ。


「ソラ、行こう」


 クロはオレの手を握ると、アリアの呼び掛けに従って、冒険者達が集まる精霊の村を指差した。

 他の三人の視線が、ソラに注がれる。

 何と言うか、この状況で答えは決まりきっているではないか。

 白銀の少女は後ろ髪をかいて頷くと、凛とした顔で言った。



「うん、行こうみんな!」



 駆け出したオレに続いて、五人が後に続く。

 これが後に〈六星剣〉と呼ばれる彼等の、始まりの第一歩であった。

 

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