第54話「アンチドートの秘薬」
アンチドートの花を何事もなく300本集め終えると、オレとクロとアリアの三人は、拠点に戻りギオルに全て提出した。
今執務室の机の上には、大量のアンチドートの花が積まれて、山のようになっている。
今から花屋でも開くのかな、と思うような光景だ。
するとギオルからは、
「まだ3時間しか経っていないのですが、相変わらずソラ様は、ソラ様ですね」
と、謎の言葉と共に苦笑された。
アンチドートの花は似たようなものが何種類もあり、普通に探しても見分けるのは難しい。
100本も集めるとしたら、ギオルいわく最低でも5時間以上は掛かるとの事。
オレ達が提出した数は、300本。
彼等の常識で考えるのならば、最低でも15時間は掛かる計算だ。
それを考えると、やはり最初に取得した〈洞察〉スキルの恩恵は、とても大きいと言える。
何せ見ただけで自分は、目当てのアンチドートの花が、何処にあるのか分かったのだから。
「ところで、ソラ様はソラ様ってどういう意味なんです?」
「みんなで話をして、ソラ様のやる事に関してはそう表現しようって決めたんですよ」
「オレの名前は動詞じゃないんですが……」
「最近は普通じゃない事を、ソラ様と呼ぶ子供が増えてきているんです。嫌ならみんなが納得させるだけの“普通を見せる”ことですね」
やること全てが普通じゃないと言われるので、普通のラインが全くわからん。
そもそもの話、作成したこの身体自体がチート級のスペックなので、そうなるのも仕方のない事なんだが……。
何を言ってもムダな気がして、反論を諦めて口を閉ざすソラ。
ギオルは肩をすくめると、花を受け取った。
するとクエスト達成のお知らせと共に経験値を獲得して、彼は以前に見た事がある宝箱を取り出す。
箱を開けて見せると、中には紫色の宝玉がはめられた、3つの銀製の腕輪が入っていた。
これが、アンチドートの腕輪か。
ソラは3つの腕輪を取り出すと、クロとアリアに一つずつ渡す。
以前の腕輪でかなり羨ましがっていたアリアは、よっぽど嬉しかったらしい。
腕に装着して、その場で「うわー!」と子供のようにクルクル回って大喜びした。
「これで、わたくし達お揃いですね!」
「うん、そうだね」
視線が合うとクロとアリアは、元気よくハイタッチをする。
おお……お二人共、随分と仲良くなられたようで。
二日前と比較して、クロの心の距離がとてもアリアに近づいている。
実に微笑ましい光景だ。
そう思う一方で、ソラの頭の中は先程クロから聞かされた、例の引っ越しの事で一杯になっていた。
日本に引っ越し、か……。
聞いたところによると、アストラルオンラインのイベント時間がアジアベースだから、こちらに拠点を移すのがベストだろうというチームリーダーのシノの判断らしい。
実際に海外の殆どのプロチームが、すでに“上の指示で日本に”転居しているらしく、シノ達も社長の許可を貰い引っ越す事になった。
ただなんで神里市なのかというと、それはクロの希望で、リアルでオレに会いたいというのが8割。
残りの2割は、丁度うちの側に大きなリフォーム済の空き家が、一軒だけあったから。
それをシノは間取りを見て、ネット環境の確認だけすると、下見もせずにポケットマネーで一括払いで購入。
守護機関に紹介してもらった業者にお願いして、工事も引っ越すまでには終わる予定だ。
もろもろを考えて、来月の頭に引っ越す事に決めたとの事。
……なんたる行動力。
流石は世界王者、ポケットマネーで数千万円の買い物をしれっとするんじゃない。
ということは、来月の頭にシノとクロが家に尋ねに来る事になる。
二人に性転換した事がバレると思うと、冗談抜きに震える話だ。
実際にガタガタ震えながら、ソラはアリアと小躍りしているクロに視線を向けた。
──リアルで会えるね。
全く邪気のない、本当に楽しみにしている彼女の言葉を思い出して、ソラは吐血しそうになった。
あんなニコニコと笑顔を浮かべるクロに「今は会いたくない」なんて言えるわけがない。
自分もクロに会うのが楽しみだと、彼女に伝えた時の嬉しそうな顔よ。
正直に言って、頭を抱えたくなった。
クロは、シノからオレが男である事を聞いている。
この姿を見たら、なんて言うだろうか。
そうやってしばらく一人で悩んでいると、
不意にどこからか、ファンファーレが鳴り響く。
呼び出していないのにメニュー画面が開かれて、お知らせが大きく表示される。
そこには、冒険者達が待ち望んでいた一つのアイテムの追加が掲載されていた。
【緊急のお知らせ】
冒険者ソラ、冒険者クロの二名のクエストクリアにより、道具屋にアイテムが一つ解禁されます。
【アイテム】アンチドートの秘薬
【効果】毒レベルを1下げる。毒レベルが1の場合は毒状態が解除される。
【販売価格】4000エル。
するとシオ達から一斉に『ありがとう、でも一個4000エルは高い!』という感謝と価格に対する苦情のダブルメッセージが飛んできた。
いや、値段に関してオレにどうこう言われても困るのだが……。
クレームは実在するのか分からないこのゲームの運営に申すことであり、プレイヤーである自分に言われてもどうしようもない。
もちろん冗談だと分かってはいるので、ソラも「あるだけマシだと思え!」と全員に一括で返してあげた。
そんなしょうもないやり取りをした後、ソラはギオルに向き直る。
さて、いよいよ本題に入ろう。
彼は深く頷くと、真剣な眼差しをオレ達に向けて、一枚の紙を取り出した。
「ソラ様、クロ様、アリア様、今までのご協力、誠にありがとうございます。神殿に入る為の助けになったらと思い、こちらを用意させて頂きました」
ギオルはそう言って、机の上に紙を広げる。
そこには、現在の神殿の構造が細かく記載されていた。
アリアは、それを見て目を見開く。
「以前に訪れた時と全く違いますね、もしかして指輪の効果でしょうか」
「はい、大結界に歪みが生じる前の事です。小さな神殿が突然巨大化して、神殿はダンジョンと化しました」
「これを作ったのはまさか」
「察しの通りです。これは命懸けで尽力して、私に託して死んだ10人の兵士達の遺産です。細かいところは私達で補完いたしましたが、リヴァイアサン・アーミーに襲われて、探索は7割くらいしかできませんでした」
「分かりました、ありがとうございます」
ギオルの前に立って、アリアは受け取ると少しだけ黙祷する。
それからソラとクロに向き直った彼女は、覚悟を決めた皇女として、凛とした顔になった。
「改めて、皇女としてソラ様達にお願い致します。わたくしに、御二方の力をお貸しください」
ソラの前に表示されたタイトルは【風の神殿】というシンプルなもの。
クリア条件は、神殿の最奥にある〈翡翠の指輪〉を回収する事。
クエスト報酬を見たソラは、目を見開く。
【報酬】【翡翠の指輪】
【効果】不明
効果が不明とは、ゲーマーとしては実に魅力的なアイテムだ。
もしかしたら、入手する事で効果が分かるタイプなのかもしれない。
いつもの選択肢でクエストを受けるか、受けないのか。
〈Yes/No〉の二択が出現する。
ソラはいつものように、迷わずにYesをタッチした。
クエストの受付を完了すると、アリアの全身が緑色に光り輝く。
「ふぇ、ふぇぇ!?」
一体、何事だ。
光る自分の身体に困惑するアリアと、突然の発光にびっくりするソラ達。
自分がやったのはクエストの受付なので、推測するならばアリアが何らかの成長でもするのか。
クロが心配そうな顔をするので、大丈夫だとオレは彼女の肩に手を置く。
すぐに光りは収まり、アリアは自分の両手を凝視する。
精霊の皇女は、小さな声で呟いた。
「な、なんだか強くなった気がします」
ふむ、どれどれ───ッ!?
洞察スキルでアリアのステータスを見たオレは、その数字を思わず二度見した。
ウソだろ?
信じられない現象だ。
何故ならば、そこにはこう表示されていた。
【風の皇女】アリア
【レベル】“50”
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