第55話「神殿の道中」
時刻は午後22時。
リアルでオレは夕食と風呂、クロが朝食を済ませてから拠点を出発した。
風の神殿は、ここから一時間ほど歩くと着くらしく、距離的には大分遠い。
空を見上げると、今回のお日様は落ちるのが早いらしい。
辺りは段々暗くなっていく。
普段は獣の鳴き声が聞こえる森は、今はとても静かで、自分達が歩く枯れ葉を踏む、ザクザクという音しか聞こえない。
少しだけ心細くなったのか、この三日間で定位置となりつつあるオレの腕に、クロが絡みついてくる。
拒絶する理由もないので、ソラは苦笑してそのまま歩く。
しばらくして、周囲の確認が困難になってくると、アリアは魔法灯(マジックランプ)を取り出して、周囲を明るく照らした。
アリアは振り向いて、
「ソラ様、クロ様、足元に気をつけて下さいね」
そう言って、先頭をルンルンと気分良く鼻歌混じりに歩く。
一方でオレは、未だに執務室で起きた現象に対して、実に複雑な顔をしていた。
レベル50か……。
パーティーメンバーのレベルが上がることは、素直に喜ぶべきだ。
しかしクエストを受けたと同時に、イベント必須キャラクターである彼女のレベルが上がるのは、ゲーマーの経験上とても嫌な予感がする。
例えば今回、アリアは急にレベル50まで上がった。
という事は神殿のダンジョンの難易度は、レベル50を基準としたものになる可能性が高い。
もちろん、アリアの戦闘スキルを踏まえて、レベル50くらいなら簡単には死なないという運営側の救済措置も考えられる。
どちらにしても、行ってみないとわからない事なのだが、警戒するに越したことはないだろう。
森の奥深くに向かって歩きながら、ソラはウィンドウを開いて、所持しているアイテムを確認する。
HP回復用ポーションが30。
MP回復用ポーションが100。
アンチドートの秘薬が20という内訳だ。
使用に10秒も掛かるポーションと違って、秘薬はたったの5秒で効果を発揮する。
最初はポーションと一緒で、口にして最低でも10秒は掛かると思っていた。
だから蓋を開けてみて、実に実用的なアイテムだと分かった時は、クロと二人でテンションがすごく上がった。
「ほんと解毒薬があると安心感が違うよ……」
「みんな喜んでたね」
「普通のゲームなら、あんなに苦労しなくても、どこにでも売ってるアイテムなんだけどな」
「そうなの?」
「クロは、ファンタジーゲームは初めてなのか。大体こういう基本的なアイテムは、ステージの特性とか出てくるモンスター、この場合だと毒を多用するアーミーとかポイズンビーとかだな。そういったモンスター達の対策用として、普通は道具店に置いてるもんなんだよ」
「でもこのゲームは、置いてなかったね」
「そこが解せないんだよな。特にレベル2の毒は洒落にならないダメージだから、尚更置かないとバランスが悪く……うん?」
そんな疑問を懐きながら歩いていると、感知スキルに一つの反応を見つける。
プレイヤーやNPCのものではない。
これは間違いなく、モンスターだ。
「スキルに敵の反応を見つけた、数は1体だけだから、ちょっとお試しに戦っても良いか」
「お試し?」
クロが首を傾げると、オレは答えた。
「ソニックソードは下方修正されたけど、掲示板を見る限りだと威力と速度が上がったっぽいんだよな。特にオレのソニックソードはレベルⅢだから、スペックの確認をしたい」
「なるほど」
「わかりました、戦いましょう!」
二人の了承を得て、丁度神殿に真っ直ぐ向かうルートのど真ん中に立ちふさがるモンスターと接敵する。
ソレは、大きなクモだった。
全長はおよそ2メートル。
黒い体毛を纏った八本足の虫。
名前は〈ビッグスパイダー〉という見た目のままで、虫嫌いでなくとも中々に気持ち悪いフォルムをしている。
洞察スキルで見抜いた敵のレベルは、ピッタリ30。
弱点は、火属性。
中々な数値だけど、こちらにはレベル31のオレとレベル23のクロ、それとこの度レベル50になったアリアがいる。
正直に言って、そこまで驚異ではない。
するとこの手のものが苦手なのか、クロが顔を真っ青にして、オレの後ろに隠れてしまった。
「クロ?」
「く、クモはダメなの……」
「なるほど、それなら直ぐに片付けようか」
アリアの後ろに隠れてるように言うと、ソラは前に出て駆け出す。
昨日までならソニックターンで敵の側面を取るところだが、クールタイムを設けられた今は、連続の使用はできない。
掲示板に書き込まれていた情報は、果たして真実なのか、ただの気のせいなのか。
ソラは白銀の剣を構えると〈ソニックソードⅢ〉を使用。
「ッ!」
ギュン、とソラの予想を上回る速度で周囲の景色を、後ろに置き去りにする。
あっという間にビッグスパイダーの懐に飛び込んだオレは、大きく踏み出し、システムアシスタントに身体操作を組み合わせて剣を横薙ぎに一閃。
接近するオレに向かって2本の爪を持ち上げ、迎撃の姿勢に入っていたビッグスパイダーは、予想以上の速度だったのだろう。
爪を振り下ろすよりも早く、無防備な胴体に一撃を貰い、一気に3割ほど削られる。
怒り狂い、ビッグスパイダーはお返しと言わんばかりに、オレを串刺しにしようとする。
ソラは即座にバックステップして、反撃の爪を紙一重で避けると、敵がなんと反転してケツを向けてきた。
相手はクモ型のモンスター。
何が来るかなんて、他のRPGゲームをやっていれば嫌でも予想がつく。
即座に回避行動を取ろうと、つい癖でソニックターンをしようとしたソラ。
システムに【クールタイム中、残り2秒】という警告を見て、しまったと思った。
糸がオレを絡み取ろうと、放たれる。
その瞬間、後方から雷のような鋭い矢がクモのケツの穴に叩き込まれた。
アリアの弓による、援護狙撃だ。
HPを3割削る程の大ダメージを受けて、糸の放出が強制的に停止。
大きく怯む、ビッグスパイダー。
このチャンスを逃すまいと、ソラは接近するとMPを35消費。
火属性を付与する。
次に選択したのは、現在使用後の隙が大きいが、最も威力のある攻撃スキル〈レイジ・スラント〉だ。
刀身を、白銀の炎が覆った。
「ハッ!」
気合を込めて、右下から左上の斜めを描いて放たれた必殺の一撃が、ビッグスパイダーを両断。
弱点属性と合わさり、敵の残っていた4割のHPは全て消し飛ぶ。
少し経ってから、ビッグスパイダーの身体は光の粒子となって霧散した。
獲得したのは経験値と〈クモの体毛〉という何に使うんだ、と言わんばかりのドロップアイテム。
ビッグスパイダーの姿が無くなると、クロが可愛らしくアリアの背後からチラッと顔だけ覗かせる。
その様子にソラは苦笑した。
「怖いクモは倒したから、もう大丈夫だぞ」
「……ほっ、良かった」
「クロ様は戦闘の時は淡々としていらっしゃいますけど、クモが苦手なのは意外なのです」
「ハチとかカブトムシは平気なんだけど、クモとかムカデとかはムリ」
足が八本以上だとダメなのかな?
そう思いながら剣を鞘に収めると、ソラは二人に歩み寄り、アリアに向き直った。
「援護ありがとう、助かったよ」
「弓をお父様が若い頃に使っていたものにしましたからね、素直に狙ったところに飛んでくれる良い子なのです」
アリアが今使っているのは〈オルベロンの弓〉というレアリティが【B】の代物だ。
威力は【B−】で積載量は100と弓にしては重く、今彼女が身につけている母親の装備と合わせれば280もの重量になる。
レベルが50に上がったアリアの最大積載量は250だ。
つまり今の彼女の装備は、30もオーバーしている事になる。
それでも強い武器を選んだのは、アリアが前衛で戦うオレとクロの助けに、少しでもなりたいから。
彼女の戦う決意を受け取ったオレとクロは、絶対に後ろにモンスターは通さない事を誓った。
出発前の事を思い出しながら、ソラはアリアに尋ねる。
「それにしても、アリアはクモを見ても平気なんだな」
「これでも小さいときは、お父様とお母様と三人で時々お遊びで、森で狩りをしていましたからね。ビッグスパイダーなんて、嫌っていうくらいお父様が相手するのを見ていました……」
虚ろな顔をして、明後日の方角に視線を向けるアリア。
恐怖心は遥か彼方に置いてきた、そんな雰囲気を纏っている。
両親で狩りか。
やはりアリアの両親は仲良しなんだな、と思った直後。
──あ。
シノに聞かされたクロの事情を思い出して、これはヤバイとソラは慌てて彼女を見る。
するとクロは、笑顔で言った。
「……良い両親、なんだね」
「はい。是非ともお父様とお母様に、二人を最高の仲間だと紹介したいです」
「うん、わたしも楽しみにしてる……」
クロは、アリアの言葉に小さく頷く。
一見は大丈夫に見えるけど、オレには彼女の笑顔が、どこか悲しそうに見えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます