第53話「少女は健全な男子」
やるべき事を済ませて17時位にログインすると、先ず視線の先には見慣れない天井と、良いお値段をしていそうなシャンデリアが目に止まった。
ここは……。
自分が寝転がっているのは、ふかふかの上質なベッドの上だ。
隣に、寝ているアリアやクロの姿はない。
ソラはすぐに此処が、彼女の父親である妖精族の王様の部屋だという事を思い出した。
何故一緒の部屋ではないのか。
理由は、とても単純なものだった。
第一に寝ているアリアの姿が健全な男子であるオレにとって目の毒だし、やはり女の子二人と一緒に寝るというのは、とても心臓によろしくない。
今の所システムからお咎めはないが、罪過数がカウントされて一定数に達すると、もれなくプレイヤーカラーが犯罪者の証である紫色になる。
だからギオルに頼んで、オレだけ別の部屋にしてもらったのだ。
ラッキースケベ回避の為に、入念に確認をしてみると、ベッドに誰かが潜り込んでる様子はなかった。
よしよし、お約束は回避したぞ。
こういうパターンでは、アリアが潜り込んでる展開とかがあり得たが、そんなベタベタな事はないようだ。
軽く握り拳を作り、ソラは上半身を起こす。
「……さて、いよいよだな」
オレは気合を入れると、現状の確認をするために、自分のステータスを表示した。
――――――――――――――――――――――
【冒険者】ソラ
【レベル】31
【職業】付与魔術師
【スキルレベル】39
【HP】620
【MP】310
【筋力】31
【片手剣熟練度】40
【積載量】230
【上半身装備】
・精霊の服
・ステルス・ダークコート
・アイアン・ブレストプレート
・精霊の腕輪
【下半身装備】
・精霊の服
・革の靴
【総防御力】
・E+
【右手】
・白銀の剣
【左手】
・無し
――――――――――――――――――――――
この拠点に来てから沢山のエルが手に入ったので、始まりの冒険者の服は大事にアイテムボックスにしまって、青色を基調としたシャツとズボンにチェンジした。
これによって最弱の上下オールF−だったのがF+になり、少しだけだが総防御力が上がった。
そして昨日の激戦で遂に、片手剣の熟練度が40に到達。
ストライクソードとソニックソードはレベル【Ⅱ】からレベル【Ⅲ】になり、性能が更にアップ。
攻略組のトッププレイヤー達はまだレベル【Ⅱ】になったばかりだというのに、オレのスキルはどんどん強くなっていく。
ただそれと同時に、一つだけ問題も発生していた。
なんとログインすると、運営から緊急のお知らせが入り、
今回〈ソニックソード〉が“下方修正されたのだ”。
流石に〈ソニックターン〉が強すぎたのか、一回使用するとスキルに3秒ものクールタイムが発生するようになった。
これによって、ノータイムでの連続使用は完全に不可能となり、上位陣の高速戦法も見直しを要求される事になる。
下方修正は悲しいが、これも全体のバランスを考えるのならば致し方ない事だ。
ただまぁ、それなら物理半減と回復手段が限られてる毒攻撃をしてくるリヴァイアサンの難易度も、少しは下げろよと言いたくはなるが。
「でも運営が動いたことで、一つだけ明らかになったんだよな」
それはバグレベルで成長しているオレのキャラが、運営に修正される程のものではないという事。
やはり魔王の件は仕様なのか。
だとしたら、その条件は一体。
気にはなるけど、検証のしようがない話である。
ソラは小さく手足を伸ばして、両手を開いたり閉じたりした。
操作性に問題はなし、五感も異常は感じない。
よし、先ずはギオルのところに行こう。
そう思って四つん這いでベッドの縁に向かおうとすると、
「は?」
「ひゃ……!?」
目の前に突然出現した黒髪の少女と衝突して、バランスを崩したソラは前のめりに倒れてしまう。
何事だ、と慌てて身体を起こすと、ちょうど黒髪の少女──クロを押し倒すような形になってしまった。
間近で交差する二人の視線。
なんでこうなったのか、お互いに理解できなくてフリーズする思考。
長い沈黙が、この場を支配する。
しばらくして、お互いに顔を真っ赤にして気まずい顔をした後に、先に口を開いたのはソラだった。
何で一人でログアウトした場所で、彼女がログアウトしていたのか。
その理由くらいは、聞く必要がある。
「あのー、クロさん。何でオレのところでログアウトしてるんです?」
「……い、一緒にいたくて」
「あー、うん。理由は分かったけどこれだけは言わせてくれ、“意外と大きいんだな”」
「──ッ!?」
バトルドレスの上から、オレがとあるモノを鷲掴みにしてる事に気がついたクロ。
羞恥に顔を真っ赤にして、甲高い悲鳴と共に鋭い右の平手打ちを、ソラの左頬に炸裂させる。
ダメージは無かったが、まるで首がもぎ取れそうな衝撃を受けて宙を舞う。
ドスン、と床に勢い良く叩きつけられると、ソラの意識は暗転した。
他に言う事は、あったとは思う。
しかし、掴んでいると気づいたら、それ以外の事が頭の中から吹っ飛んだ。
オレだって、健全な男子だもの。
選択肢は最悪だったけど、これだけは言わせて欲しい。
これはオレ、悪くないと思います。
◆ ◆ ◆
煩悩を捨てるには、何事も心を無にして、単純な作業に没頭するのが一番である。
ソラは洞察スキルで、他の花に混ざっている紫色のアサガオみたいな形状の花〈アンチドートの花〉を見つけると、片っ端からアイテムボックスに収納していく。
何で花摘みをしているのかというと、それは道具屋に〈解毒薬〉を解禁させるために必要だから。
ここに来る前に、ソラは受けたクエストのタイトルと内容を思い出す。
【解毒薬の製法】
薬を作成するための〈アンチドートの花〉を一定数以上集める。
100本提出するごとに、特別報酬を最大3つ獲得。
【特別報酬】アンチドートの腕輪
【効果】身に着ける事で、毒に対する耐性が20%上昇する。
この数字は、かなり大きい。
クロとアリアはオレの付与スキルで毒防御を100%にできるし、オレもスロットを一つ攻撃か防御に回す事ができる。
正にリヴァイアサン戦において、必須となるアイテムだ。
これは300本集めて、確実に入手しなければ。
「ふぅ、これで200本だな」
少しだけ休憩して、周囲を見回す。
離れたところでは、アリアとクロが花とにらめっこしている。
洞察スキルで似たような花も問題なく見分けられるオレと違い、手分けして自力で探しているアリアとクロは、大分手こずっているようだ。
ソラは二人に大声で、進捗を尋ねてみる。
「アリア、クロ、そっちはどうだ」
「わたくしは30本くらいです」
「……わたしは、32本」
「合わせて262本か。日没前には終わらせたいな」
「はい、これが終わったらいよいよ神殿ですからね!」
両手に握り拳を作り、気合を入れるアリア。
その一方で、クロのテンションは、あからさまに低い。
もしかして、まだログインした時の事を気にしているのだろうか。
だとしたら、オレにはお手上げだ。
どう言ったところで、ただの言い訳にしかならないのだから。
そう思って残り38本を、一人で集め切る勢いで探すソラ。
すると、不意に隣で誰かが寄り掛かってきた。
何事かと視線を向けてみると、そこには顔を真っ赤にしたクロがいた。
「クロ?」
「あのね、さっきは叩いて……ごめんなさい」
「ああ、アレはオレも悪かったから全然気にしてないぞ」
「……うん、なら良かった」
ほっと顔を綻ばせて、クロはいつもの笑顔に戻る。
それから、嬉しそうに再びオレに身を寄せると、彼女はこう言った。
「あのね、ソラに言わないといけないことがあるの」
「なにかあったのか?」
「うん、とても大事なこと」
「ほう、まさかアストラルオンラインで新しい発見でもあったのかな」
「違うよ、ゲームじゃなくてリアルの話」
リアルの話だと。
まさか、守護機関か正体不明の神様が、何かやらかしたのか。
そう思うと、クロは満面の笑顔で、
「実はね、シノと一緒に来月の頭に、“日本の神里市に引っ越し”することになったの」
とんでもない爆弾発言を、したのだった。
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