第19話「兄妹の約束」

 あれから一階に降りるとログアウトした詩織しおりから汗びっしょりである事を指摘されて、蒼空は夕飯前に風呂に入ることになった。

 しかし思春期の真っ只中であるオレが、少女の身体となった自分を洗うのは非常に道徳的に不味いとの事で、妹が一つの提案をしてきた。


「良い? これからは毎日わたしがお風呂に入れてあげるから、お兄ちゃんは目隠しをして何も見ないでわたしに洗われること」


「それはそれで、人として大切な何かを失っている気がしないか妹殿よ」


「うるさい、それともお兄ちゃんは一人で自分の身体を洗うことができるの? わたしが言うとおりにキチンと手入れできるの?」


「……はいすみません、妹殿に全ておまかせします」


 というわけで諦めたオレは目隠しをして、数年ぶりに実の妹と一緒にお風呂に入っている。

 最後に入ったのは確か、詩織が小学三年生くらいだっただろうか。

 四年生になると自然と一緒に入らなくなったので、実に5年間ぶりになる。

 衣服を脱ぐ作業は自分でやったけど目隠しをしているせいか、自然と妹の服を脱ぐ音に集中してしまい実に落ち着かない。


 オレは変態じゃないからな!?

 

 そんな誰に向けた言い訳なのか分からない事を思いながらソワソワしていると、手を引かれて脱衣所から浴室に入る。

 すると軽くシャワーで全身を軽く洗われて、それから詩織に誘導されて浴槽に浸かった。

 しばらくして温まってから出ると、詩織に手を引かれて洗い場に向かいそこからは──


 何故だろう、何も思い出せない。


 不思議なことに局部を触れられた瞬間に衝撃と共に記憶がすっ飛んだ。

 気がつけば蒼空は浴室から出てきていて、手渡されたタオルを使い自分で身体を拭いた。

 それから一つ一つどこに着るものなのか説明を受けながら、蒼空は衣服を身に纏う。


「……って妹殿よ、ボクサーパンツを持ってきて貰ったのは嬉しいのだが上に着るこれは面積少なくない?」


「え、スポーツブラよ」


「ブラ……着ないとダメなのでしょうか?」


「着ないとダメに決まってるでしょうが。なんて言ったってお兄ちゃんは美乳なんだから、それくらいはしておかないと!」


「oh…………」


 “お兄ちゃんは美乳”って、並べるとなんだか物凄いパワーワードだな。

 生涯で男性がこんな言葉を聞くことがあるだろうか。

 許可をもらって目隠しを外すと、鏡の中には風呂に入ってスッキリした少女がいた。

 改めて見るとどこからどう見ても、ロシア系の美少女である。

 こんなのが町中を歩いていたら、物凄く注目されるのではなかろうか。

 半袖と短パンのルームウェアを身に纏う蒼空は「ほぇぇ」と自分の姿に見惚れて、くるっと一回転してみる。


「オレ美少女すぎないか?」


「はいはい、それは嫌ってほど知ってるから夕飯食べよっか」


 呆れ顔の詩織に背中を押されて洗面所から出ると、料理が並べられているダイニングテーブルの椅子に腰掛ける。

 本日の夕飯は、詩織が事前に仕込んでいたビーフシチューとフランスパンとレタスのサラダだ。

 色々あってお腹が空いていた蒼空はあっという間に完食すると、食器を片付けてからリビングで一息つく。

 そこで本日の詩織の第2回目の兄妹会議が始まった。


「シノお姉ちゃんから、この家の現管理者として事情は全部聞いたんだけど、お兄ちゃんって目立ちたがり屋なの?」


 おのれ師匠、全て喋りおったな。


 リビングのソファーの上で正座をさせられる蒼空。

 その前には、同じく正座をする妹の詩織が腕を組んで底冷えのするような目をしていた。


「いえ……そういうわけではないです」


「でもクロちゃんと戦ったあげくに付与魔術師エンチャンターの能力まで使ったんだよね。ネットの人達が騒然としちゃってるよ?」


「ア、ハイ……」


「しかもバッチリ見られてるからね、攻撃力と防御力上昇付与使った時の全身を覆ってる光とか」


「いやぁ、気が付かなかったんですが薄っすら光ってますね。困りましたねこれは」


「一部では付与魔術師エンチャンターのまだ誰も獲得してないスキルだって、しっかりバレてるね」 


 いやー、アストラルオンラインのスキル解析班は中々に凄い。

 全身を覆う赤と青の二種類の微量の発光から、


『攻撃力上昇と、防御力上昇の付与スキルなのではないか?』


 と看破されて、トドメには右手に纏った〈雷の属性付与〉はスキルレベル5の付与魔術師エンチャンターの同士によってあっさりバレた。

 しかも攻撃スキルも、武器の発光の強さから熟練度20の〈ソニックソードⅡ〉と〈ストライクソードⅡ〉なのではないかと此方もバレた。


 オレの使ったスキルを全て看破するとは、中々にやりおるではないか。


 ちなみにスマートフォンでネットをチェックしてみると、いつもの記事が出来上がっていた。

 タイトルは『剣を交えた二人の姫』というもので、著者のリンネによって〈剣姫〉と〈黒姫〉について熱く丁寧に書かれている。

 オマケに今回はインタビュー付きで、今後の意気込みについて〈剣姫〉は。


『なんで付与魔術師エンチャンターを選んだんですか?』


『全職業で、付与魔術師エンチャンターこそが最強であることを証明するためです』


 と何やら口にしたことのない事が載っていた。

 他にインタビューしてきたプレイヤーは、あの場では自称VRジャーナリストのリンネだけだ。

 ということは、やはり彼女が変態的な記事を書いていたのか。

 しかもこの記事、受け答えした内容を変えて記載してくるとは、中々に良い性格をしている。


「でも、お兄ちゃんなら言いそうな気が……」


「バカ、いくらオレでもこんな他の職業に喧嘩を売るような事を口にするわけなムギュ」


 不意に両頬を指で強くつねられ、蒼空は反論を強制的に止められる。

 詩織は顔を近づけてくると、口をムッとさせてこう言った。


「お兄ちゃんが何をしても自由なんだけど、あんまり心配させないでね」


「……うん、ごひぇん」


 どうやら詩織は、オレが騒乱に巻き込まれることを危惧しているらしい。

 今回の件の殆どは自業自得だが、記事の内容に関してはケジメをつけさせる必要がある。

 あの女、キリエの友人というから警戒を緩めていたが今回のコレについては絶対にユルサナイ。

 記事について問い詰めてやる事を、オレは密かに胸に決意する。

 蒼空は頬をつねられる事から開放されると、不機嫌そうな妹にコレだけは伝えた。


「オレからも詩織に一つだけ言いたいことがあるんだ」


「……なに?」


「このゲームをプレイするのを辞めてくれないか」


 その言葉に、詩織は眉をひそめた。


「もしかして、シノお姉ちゃんが言ってた天命残数が0になるとプレイキャラをロストすること?」


「ああ、杞憂なら良いんだけどな。万が一オレの身体に起きた事と同じように現実になるのなら、残数が0になったらオレ達は“死ぬ”可能性がある」


「お兄ちゃんは……」


「こんなこと言って悪いけど、オレは続けるよ。今のところ男に戻れる可能性が一番高いのは、あのゲームで魔王を倒す事だけだからな」


「ならわたしも戦う。シノお姉ちゃんに鍛えられたのはお兄ちゃんだけじゃない。わたしだって世界最強の弟子だもん」


「詩織……」


 彼女はオレの両手を掴み取ると、心の底から悲しそうな顔をした。


「シノお姉ちゃんや真司君達には、現実で女の子になった事を言ってないんでしょ。“あの時”みたいに一人で全て抱えようとしないで」


「……分かった。ならこれだけは約束してくれ。天命残数がたくさんあるからって、あんまりゲーム内で死ぬなよ」


「うん、分かった」


 願わくば、これがオレの杞憂であることを祈るばかりだ。

 蒼空はそう思うと立ち上がり、再びあの世界に戻るために自室に向かった。

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