第18話「少女の決意」

 ログアウトしてVRヘッドギアを外すと、ソラは見慣れた自室の天井を見上げた。


 オレの部屋、か。


 慣れ親しんだベッドの上で、蒼空は少しだけ安心感に包まれる。

 しかし全身から汗が吹き出していて、肌にピッタリはりつく服の感触が気持ち悪い。

 ドクンドクンと、大きく脈動する心臓の鼓動。

 乱れた呼吸を整えるために、深呼吸を何度か繰り返す。

 しばらくして落ち着いた蒼空は、天井を見つめながら小さな声で呟いた。 


「はぁ、ウソだろ……」


 それはゲームの影響でリアル性転換した自分だけが気づいてしまった、ゲームがプレイヤーにもたらすかも知れない一つのとんでもない仮説。


 ゲームに実装されている、天命残数てんめいざんすうという正体不明のシステム。


 普通のプレイヤーからしてみたら、シノみたいに〈アストラルオンライン〉でプレイしている自分のキャラをロストするまでのカウントにしか見えない。

 だがもしもこれが本当にオレ達に与えられた残機ならば、数字が【0】になった瞬間にそのプレイヤーは現実でも死亡する。


 そんなの普通なら絶対に有り得ない。


 都市伝説で似たような話しなら、昔のオンラインゲームではよく流行ったものだ。


 ──深夜にログインしていると幽霊と出会う。


 ──4時44分44秒になると死者の声が聞こえる。


 ──不幸のメッセージを他のプレイヤーに送らないと異世界に連れて行かれる。

 

 それらは全て信憑性しんぴょうせいのないデタラメだった。

 今回のこれも、いつものオレなら馬鹿げていると一蹴する話だ。

 しかし、今は違う。


 ゲームで受けた呪いによって、現実のオレは男から銀髪の少女に変化してしまったのだから。


 ソラはスマートフォンを操作して、アストラルオンラインのサイトにIDとパスワードを入力してログインする。

 表示されるのは現段階の自分の詳細データ。

 〈天命残数〉と表記されている場所をタッチすると、自分に残されている残機を見ることができた。


 【冒険者】ソラ。

 【天命残数】119。


 今日は魔王に一回殺されたので、残りは119だ。

 つまりは〈アストラルオンライン〉の中で後119回死んだら、現実世界にいるオレも死ぬことになる。

 この残機が多いのか少ないのかでいうのならば、現状で自分には答えられない。

 敵が強ければオレでも死ぬし、敵が弱かったら一回も死なない可能性もある。

 つまりは今後出現するモンスター次第だ。


「いやはや、どうするかな……」


 いっその事、この件を師匠やキリエさん達に伝えて全プレイヤーに公表してもらうか?


 少なくとも蒼空が男である事を知っている人間が性転換したという事実を知れば、この嘘みたいな話にも耳を貸してくれるのではないか。

 でも天命残数=現実の死がまだ確定していないのも一つの事実だ。

 ゲームがリリースされて、まだ二日目。

 流石に120もある残機を、現段階で0にするようなプレイヤーは現れないと信じたいところ。

 それに〈アストラルオンライン〉の全てが現実化しているわけではないので、普通に残機の可能性もある。

 となると下手に公表して、みんなを混乱におとしいれるのは得策ではない。

 やはりこれは、しばらくはオレの胸の内にしまっておかないといけないか。

 しかし……。


「普通こんな事ってあるか?」


 蒼空は天井を眺めながら、消えそうな声で自問自答をする。

 今まで色々なゲームを経験してきたけど、プレイヤーに影響を与えてくるゲームなんて聞いたことがない。

 だって、ゲームとはただのプログラムだ。

 現実に影響を及ぼす事なんて出来ないし、そもそもこの世界には小説や漫画のような超常的な“力”は存在しない。

 だからこそ人々は仮想空間という偽りの世界を作り出して、自身の欲求を満たしているのだから。


「さてさて……オレはどうしたもんかな」


 ゲームの説明の通りなら、魔王ラスボスを倒さなければ女から男に戻れない。

 かと言って戦いに身を投じて万が一〈天命残数〉が0になれば、現実世界のオレは死ぬ可能性がある。

 ゲームは、まだまだ序盤だ。

 シナリオの進行度的には、どの辺りなのかすら分からない状況である。

 魔王に至るまでに何ヶ月、何年掛かるのか想像もできない。

 安全策を取るのならば今後はゲームを辞めて、他のプレイヤー達を犠牲にして魔王が倒されるまで女で過ごすのがベターだ。

 もしもこれが詩織や友人達の身に起きたなら、オレは迷わずに此方を推奨する。


 ──ま、オレは逃げる事よりも戦う方を選ぶんだけどな!


 数多あまたの神ゲーとクソゲーをプレイして、その全てを制覇してきた雑食のオレにクリアできないゲームなんてものは存在しない。

 どんなゲームからも逃げたことがない。

 どんなゲームだろうと、諦めずに挑戦し続けてきた。

 そしてどんなゲームだろうと、最後にはラスボスを倒してEDを迎えてきたのだ。

 やりきった達成感と爽快感は、いつも病みつきになる。

 だから今回も、目の前のゲームがどれだけ危険だろうとオレは逃げない。

 狂人だって?

 ハハハ、狂人でけっこうだ。 

 だってオレの目には、


 ──このクソゲーが提供する戦場を生き残り、美少女魔王シャイターンを倒して男に戻る。


 その結末しか、見えていないのだから。

 第一に他のクソゲーみたいに重力を無視した挙動をしたり、こちらの攻撃を一切受けない無敵バグや、出会い頭にNPCから人外なヘッドショットで殺される事がないだけマシである。

 上條蒼空は、一回死ねばバグによってそれまでのゲームデータがリセットされるVRアクションRPGゲーム〈デモンズハンター〉を思い出して恐怖に震えた。

 アレに比べたら119回も残機があるなんて、優しいとしか言いようがない。

 魔王はちょっとアレだったけど、モンスターも理不尽な挙動はしないし、なによりバグが無いなんて自分にとってはヌルゲーである。


「さて、目標は決まった。となれば後はそれを達成するために何が必要なのかだな」


 RPGゲームの定石は、レベル上げと装備の強化だ。

 その為にも先ずは情報を集めなければ。

 ちなみに〈アストラルオンライン〉の攻略情報は全て消されるので、最前線にいるプレイヤーから直に聞くしかない。

 幸いにもシノの連絡先は知っているので効率の良い狩場を教えて貰い、ひたすら金と経験値を稼いで装備を整えよう。


「そうと決まれば腹ごしらえをして、レッツアストラルライフだな!」


 真司と志郎には悪いが今は二人とレベル差がありすぎるので、三人で一緒にプレイするのは自分にとっても彼等にとってもメリットが少ない。

 今日と明日一日は、一人でプレイさせてもらおう。

 スマートフォンのチャットアプリでその旨を伝えると、即座に二人から返事が返ってきた。


『すぐに追いつくからな!』


 と、真司は宣言して。


『ソラの隣に立つのに見合うレベルと装備に仕上げて来ますからね』


 と志郎は中々にカッコいいセリフを返してきた。

 心が乙女ならば中々に『トゥンク』と胸に来るのではなかろうか。

 昔から色んな女子に告白されているのを見かけていたが、相変わらずイケメン度合いがお高いことで。

 

 まぁ、オレは男なんで全く効きませんが。


 蒼空は二人に『一緒にプレイする約束してたのに、実に申し訳ない』と謝罪する。

 しばらくすると、彼等からこんなメッセージが飛んできた。


『アストラルオンラインに引きこもるみたいだけど、明日のリアルの方の待ち合わせはどうする?』


「………………あ、忘れてた」


 そういえば昨日、学校でそんな約束をしていた。

 しかしオレは、リアル性転換に関しては彼等に一切話してない。

 こんな姿で会えば大混乱することは間違いないし、そもそもご近所の人に見られるのも怖い。

 会って事情を説明したら、親友の二人は理解してくれるだろう。

 でも今はこちらの心構えが全くできていない。

 信頼はしているが“怖い”のだ。


 リアルでは臆病な男で申し訳ない、親友達よ。


 二人には見えていないが蒼空は両手を合わせて心の中で謝罪をすると『今回は見送りで!』と送った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る