第20話「精霊の森」

「あー、疲れた」


 王都ユグドラシルから遠く離れた〈精霊の森〉の前で、ソラはグッタリと地べたに腰を下ろして小休憩していた。

 リアルと連動しているのか、周囲は真っ暗。

 夜間はモンスター達も昼間より動きが活発になるらしく、ここに至るまでに溶解液を散弾のように撃ってくる30匹のハイスライムを〈ソードガード〉と〈ソニックソード〉を駆使して相手にするのは中々に骨が折れた。

 お陰様でレベルが【1】上がり今は【18】だ。

 ハイスライム30匹倒した事で900エルも入ったので、今の所持金は7850エルになった。

 ちなみに〈始まりの草原〉に出現するノーマルスライムを倒した際に手に入るのは10エル。

 ハイスライムが30エル。

 メタルスライムが500エル程だ。

 今師匠達がいるところにいるレベル10のハイリザードが一体で400エルで、ドロップするハイリザードの皮が一つ100エルで売れるらしい。


 ……10体狩れば5000エルだと!?


 このお祭りには是非とも参加しなければ。


「それにしても、しばらくユグドラシルには行けないな」


 記事の効果とプレイヤー達の噂によって、あそこはオレにとって魔窟と化した。


「アイツら、こんないたいけな少女を遠慮なく追いかけ回すとは……」


 ログインしたソラを待っていたのは、勧誘やらフレンド申請やら〈決闘デュエル〉の申込みとか色々な思惑の冒険者プレイヤー達だった。

 特に立ち上げたばかりの小中クランの人達は必死で、どうしてもオレという強い戦力が欲しくて包囲網まで作っていたほどだ。

 ソラは〈ソニックターン〉で包囲を突破して、そのまま王都を出ると始まりの草原を踏破して此処まで一気にやってきた。

 そのせいでろくに店に寄ることも出来なかったので、回復薬は一つもないし防具も着ていないし衣装も初期のままだ。


「うーん、まぁ相棒が強いから何とかなるか?」


 腰の【Cクラス】の武器〈白金シロガネツルギ〉に軽く触れるとソラは視線を前に向ける。

 そこにあるのは、この森にある唯一の道。

 精霊達によって冒険者プレイヤー達が通行することを許可された〈誓約の道〉だ。

 左右はびっしり大木が壁のように存在していて、僅かな隙間を通るのも大変そう。

 夜中だとその存在感はより際立ち、日中はたくさんのプレイヤーを遠目で見かけたが夜でモンスターが強化される今は一人も見当たらない。


 たしかこのゲームの日没はランダムなんだっけ?


 時と場合によっては朝になったと思ったら1時間後には夜になる事もあるらしい。

 その時は太陽がもの凄い勢いで動くから、みんな常に太陽の動きにだけは気をつけているとの事。

 とりあえず入る前にソラは、目の前の道を洞察スキルで確認した。


 〈誓約の道〉。

 精霊と人間が不可侵の約束を交わす事で通行を許された道。

 道を外れた者は問答無用で元の場所に戻され、規定回数を越えるとペナルティとして“自身よりレベルが20高い”モンスターに襲われる。


「レベルが20も高いモンスターって、普通にヤバいペナルティだな」


 今のオレが戦ったら軽く一撃で殺されるんじゃないかな。

 そんな事を思いながら〈感知〉スキルを発動して、ソラは警戒しながら〈誓約の道〉に足を踏み出した。





◆  ◆  ◆





 不思議なことに、モンスターとは一体も出会わなかった。

 事前リサーチでは夜中はレベル15の〈トレント〉に襲われるらしいのだが、30分ほど歩いているのにも関わらず一度も出会わない。

 これは明らかに様子がオカシイ。

 警戒しながら歩くソラは、そこでどこからか少女の悲鳴を聞いた。


「ッ!?」


 自分と同じ〈誓約の道〉に踏み込んだプレイヤーが、モンスターに襲われているのか。

 そう思った彼の頭の中に思い浮かんだのは〈天命残数〉が無くなれば、現実の死が訪れるかもしれない事。


 でもここで怖気づいたら世界最強の弟子の名がすたる!

 

 全てのプレイヤーを守るなんて言うつもりはないが、目の前で危ない人がいたら助けたい。

 命が惜しいからと、この声の主を見捨てたら絶対に後悔するから。

 剣を抜いて声がする方角に向かって走ると、ソラは途中で足を止めた。


「森の中……?」


 プレイヤーは森の中に入れば、強制的に元の道に戻される。

 しかしどんなに耳を澄ましてみても、少女の悲鳴は森の中から聞こえた。

 ということは考えられるのは二つ、何らかのイベントか、偶然にも戻されない道に入ったプレイヤーが森の中にいたモンスターに襲われているのか。

 どちらにしても迷うことなんてない。

 ソラは臆せずに木々の隙間を小柄な身体で抜けて、枝を傷つけないように森の中に踏み込む。

 するとバシーン、と来た道には戻さないと言わんばかりに枝で封鎖されて、ソラは退路を失った。


「……上等だよ、このままお望みどおり進んでやる」


 元より戻る選択肢なんてない。

 オレは真っ暗な森の中を、悲鳴を便りにつき進み。


 抜けた先には───広い空間に計5体の剣を持った骸骨の兵士がいた。

 〈洞察〉スキルが、即座に敵の情報を提供する。


 スケルトンソルジャー。

 レベル15。

 属性〈闇〉。

 夜に出現する闇の眷属。

 倒すとスケルトンボーンをドロップする。

 

 スケルトンの視線の先には、月明かりに照らされた翡翠(ひすい)色の髪の少女が怯えて縮こまっている。

 見たところ防具は一切着ていない。

 レベル15の敵の攻撃を受ければライフは一撃で【0】になるだろう。


 助けないとッ!


 思うより先に身体が動いた。

 〈ソニックソードⅡ〉を発動して、こちらに気づいていない奴を背後から奇襲して胴体を両断。

 少女のライフを【0】にせんと血塗れの剣を振り下ろすもう一体に、事前に全回復したMP180から50を消費して〈攻撃力上昇付与〉のスキルを剣に付与する。

 二連撃のスキル〈デュアルネイル〉を発動すると、スケルトンが振り下ろした剣を受け止めてそのまま後方に弾き返す。

 そのまま回転して、此方に刃を振り下ろそうとする二体を纏めて右から左に薙ぎ払う。


 残るは弾き返した一体と、もう一体はせめてターゲットである少女だけでも道連れにしようと突撃してきた。


「させるかよ!」


 〈ソニックソードⅡ〉を発動して横から割り込んでスケルトンを左下から右上にかけて一刀両断。

 残ったもう一体が背を向けて逃げようとする。

 ソラは〈白銀の剣〉を鞘に収めて、足元に転がってるスケルトンの剣を拾うとMP130から40を消費して〈光属性付与〉を発動。

 眩い光を宿した剣を振りかざし、全力で投擲とうてきする。

 投げた光の剣は綺麗にスケルトンの後頭部に突き刺さり、ライフを削り切るとその身体をちりに変えた。

 これで敵の反応は0。

 索敵できる限界範囲の10メートル以内に敵がいないか探してみるが〈感知〉スキルには全く反応がない。

 安全を確認するとソラは、木に背中を預けて祈るような姿勢のまま震えている少女に視線を向けた。


 ありゃ、よく見ると耳が長い。


 まさかファンタジーの定番の種族エルフ様だろうか。

 年齢は見たところ自分と同年代くらい。

 翡翠色の膝まで長い髪は月明かりの中で輝いていて、実に綺麗な顔立ちをしている。

 身につけている服はどこかのお姫様っぽい感じがした。

 となるとここは紳士的に行こう。

 そうと決めたソラは彼女に手を差し伸べるとこう言った。


「敵は全て倒しました。お怪我はありませんか、お嬢さん」


「……あ、貴女様は」


「オレは冒険者のソラ。悲鳴がしたから慌てて駆けつけたんです」


 間に合ってよかった、と伝えると少女は何故か呆然とオレを見上げる。

 一体どうしたのだろうか。

 子首を傾げると、彼女は宝石のようなつぶらな碧眼を見開いて小さな声で呟いた。


「その輝く銀髪は、もしかしてルシフェル様ですか?」



 ………………うん?



 それオレのユニークスキルの名前なんだけど、なんで知ってるんだ。

 疑問に思うソラ。

 少女は急にガバッと立ち上がってソラの両手を握った。


「大昔に四大天使様と魔王の討伐に行かれて破れたと聞いていたのですが、ご存命だったのですね!」


「え、えーと。感動してるところ悪いけど、オレはルシフェルじゃなくてソラって名前なんだ」


「ということはルシフェル様の力を受け継がれたお方なんですね!」


「うーん、一応そういうことになるのか」


 少女の勢いに圧されて口調が戻るソラ。

 一方で彼女はハッと急に冷静になると、慌ててスカートの両端をつまみ上げて礼儀正しくお辞儀をした。


「ルシ──ソラ様、挨拶が遅れて申し訳ございません。わたくしはアリア・ティターニア。山の向こう側にある妖精国の第一皇女です」


「妖精国の皇女様?」


 ……あれ、もしかしてこの子が詩織が言っていたお姫様なのでは。

 精霊の森に入って帰ってこない事にも一致する。

 ということは、このままこの子を連れて帰れば攻略組は先に進むことができるのか。

 そう思うと、彼女は挨拶の姿勢をやめてオレに縋(すが)るような顔をした。


「ソラ様、お願いがございます。このままわたくしと〈風精霊の村〉に来て欲しいのです」


 目の前にクエストが表示される。

 そこにはユニーククエスト。


 ──『四星の指輪物語』と記載されていた。


 

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