第14話「白銀の剣」
汗まみれのキリエが一本の剣を手に工房から戻ってくると、彼女はレジカウンターの前でクロに捕まったソラを見て驚いた顔をした。
「これはどういう状況だい?」
流石の彼女も状況をイマイチ掴めないらしく、首を傾げる。
一方でソラはうんざりした顔を浮かべると、クロを一瞥して彼女に事のあらましを語った。
「分かりやすく言うなら、初めて出会って早々に攻撃してきたヤバい女に捕まってます」
「あ、キリエだ」
「なるほどねぇ」
大体状況を察したキリエは、ソラの腕にひっついたまま離れようとしないクロを物珍しそうに見た。
実はこの小娘、ただオレを逃さないようにしているのかと思っていたら、先程の一撃を躱した件でかなり気に入ったらしい。
その一方で気に入っていない人間には、容赦なく冷たい視線を向ける。
もう既に何人かのプレイヤー達は店に入ると、彼女の突き刺すような視線を受けて回れ右をしてしまった。
クロの視線を受けて中に入ってきたのは、片手で数えられるくらいしかいない(その内の何名かは恍惚な表情を浮かべる変態だったが)。
これではキリエの商売の足を引っ張っている様なものだ。
実に困ったものだ、とソラは
そんなオレの心労を知らないクロは、クンクンと犬みたいに匂いを嗅ぎながらこう言った。
「ソラは団長と同じニオイがするから……好き」
「うん? あー、そういえばどことなく似てるな。顔じゃなくて雰囲気だけど」
同じニオイがする。
顔じゃなくて雰囲気が似てる。
それらのキーワードを聞いたソラは「まさかな」と少しだけ引っ掛かるが、追求はしないで先ずはレジカウンターから出ることにした。
当然の事ながら、クロもピッタリ付いてくる。
カウンターから出るとキリエから、空色の鞘に収められた一本のズシリと重たい剣を手渡された。
「ほらよ、良い武器ができたぞ。間違いなくアタシの作品の中でもクロの〈
「お、おお……」
柄と鍔はシンプルな作りだ。
長さは凡そ90センチくらいで、両手から伝わる重さからその剣のスペックの高さを窺(うかが)い知る事ができる。
生まれ変わった相棒を両手で受け取ったソラは、目の前に表示されたスペックに目を輝かせた。
【カテゴリー】片手直剣
【武器名】
【レアリティ】Cランク
【攻撃力】D+
【耐久力】B−
【必要筋力値】17
【重量】100
【製作者】キリエ
──ぎ、ギリギリィィィィィィ!?
心の中で変な奇声を上げてしまうソラ。
オレのレベルは17で現在の筋力値は【17】だ。
スライム狩りを頑張ってレベル上げていなければ、装備できないところだった。
……しかし攻撃力は控えめだが、耐久力が【B−】か。
これは相当ヤバい逸品なのではなかろうか。
正に耐久力特化の元の剣の特長を引き継いだという感じがする。
しかも名前がノーマルソードから一気にカッコよくなってて、嬉しさのあまり溜め息が出てしまう。
目の前の素晴らしい武器にソラが小刻みに震えていると、キリエが笑って答えた。
「ノーマルソードを溶かすと〈ファーストインゴット〉っていう見たことのない代物になってね、そこからアタシが打ち上げたらこんなにも良い武器に仕上がったんだけど……アンタこれ装備できるのかい?」
「な、なんとかギリギリ……」
「ふむ、なるほどね。周りが騒ぐわけだ」
必要筋力値からオレのレベルを察して、キリエは興味深そうな顔をする。
しかしそれは一瞬の事で、彼女は剣を指差すとこう言った。
「剣身を見てみな。きっと驚くぞ」
言われて、鞘から剣をゆっくり引き抜く。
すると白銀に輝く綺麗な剣身が姿を現して、その身にオレとクロの顔を映し出す。
美しくも、確かな力強さを感じる剣だ。
この剣ならば自分のスキルについていけると、ソラは一目で確信した。
「キレイな剣だね」
「うん、これなら魔王にも少しは善戦できるかもな」
「「魔王?」」
キリエとクロが同時に首を傾げて、ソラはハッと我に返る。
しまった、剣の美しさに見惚れてつい口が滑った。
剣を鞘に収め、今日一番の油断にソラはどうしたものかと考えると。
「あ、あははは、つい他のVRゲームのラスボスを思い出しちゃったかな!?」
額にびっしり汗を浮かべて、苦し紛れの嘘を口にする。
そんな彼を見てキリエはどこか納得した顔をして、理解できなかったクロは小首を傾げ、頭の上にクエスチョンマークを浮かべた。
キリエの微笑にソラはダラダラと汗を流す。
やべぇ、これは後で聞かれるヤツだ。
口にしてしまった以上、勘の鋭い彼女から言い逃れはできないだろう。
それに少なくとも剣を打ってもらった恩を考えるのならば、キリエに尋ねられたら答えないわけにはいかない。
とりあえず、今はこれ以上の墓穴を掘るのは避けなければ。
ソラは話題を変えるために、クロに視線を向けるとこう言った。
「よ、よし。キリエさんも戻ってきたし外に出て〈決闘〉だ!」
「何でも言うこと聞く約束、忘れてないからね」
「ハハハ、オレに簡単に勝てると思うなよ小娘」
「ソラってわたしと同い年だよね?」
「…………ッ」
そういえば忘れていたが、今のオレの見た目は彼女と年の差がそこまでない少女だ。
上手い言い訳が特に思い浮かばなかったので、とりあえず自分が高校生である事を伝えると、クロに「嘘は良くない」と何故か叱られてしまった。
ウソではないのだが……。
釈然としない気持ちを抱えながら、逃げるようにクロを連れて店の外に出る。
そんな銀髪少女の背中を眺めて、キリエは苦笑するのだった。
◆ ◆ ◆
店の外に出ると、そこには沢山のプレイヤー達が観客のように集まっていた。
少し遅れてキリエとシン、その後に続いてロウが出てくると、彼女はこの状況の説明をした。
「ああ、クロが噂のアンタのところに来たから〈決闘〉が始まると思って集まってきたのさ」
キリエいわく〈黒姫〉ことクロが強者の元を訪れると必ず〈
ちなみにメニュー画面を開けば、近場の〈決闘〉に気軽に賭ける事が出来る。
今の掛けの参加人数は100万人くらいで、丁度オレとクロのどちらが勝つのかに対して半分くらいで割れていた。
掛け金はユグドラシル王国では『5000エル』で固定されているため、配当金は2倍の1万エルくらいか。
待ち侘びていたチャット欄は盛り上がっていた。
『100戦無敗の〈黒姫〉の戦歴が更新されるのか』
『銀髪の娘も相当な化け物だぞ』
『ガルドの一戦見たけど、俺の知ってる〈ソニックソード〉と全く違ったな』
『しかもそこからキャンセルして〈ストライクソード〉に繋げたんだろ? どんな脳みそしてたらあんな神業できるんだよ』
『普通ならキャンセル間に合わなくてぶつかるよな』
『なんか5年前のVRゲーム〈スカイファンタジー〉で猛威を奮ってた〈
『ああ、あのクリア者0のハイエンドコンテンツ〈サタン〉をあと一歩まで追い込んだ伝説の六人のプレイヤーの一人か』
『言われてみたら、確かに───』
耐えられなくなり、即座にカジノのチャット欄を閉じた。
「…………ッ」
ギュッと締め付けられるような感覚にソラは目を閉じて、片手で胸を上から押さえつける。
その様子に、クロが声をかけてきた。
「どうしたの?」
「いや、なんでもない。それよりも早く始めようか」
「……わかった」
少し間を開けるとクロは頷き、絡ませていた腕を解いて歩き出す。
黒い剣の鞘に手を掛けて、彼女が立ち止まったのはおよそ8メートル近い距離。
オレが〈ソニックソードⅡ〉を発動させれば一瞬で詰める事ができると思うが、クロの実力ならば余裕で対処されそうな距離だと思った。
ハッキリ言って彼女は強い。
先程の至近距離で、クロが発動させた〈ストライクソード〉。
一切の溜めなしでアレをクイック発動させるなんて、相当な技術力がなければ難しいだろう。
故に他の事に意識を割いている余裕はない。
ソラは頬を両手で軽く叩いた。
……上條蒼空、意識を切り替えろ。今は目の前の敵に集中するんだ!
深呼吸して、スイッチを入れ替える。
ソラはクロを見据えると、佇まいからその実力をVRゲームに身を捧げた10年間で培った洞察力で読み取った。
見たところ強さ的にはグレンよりも上。
そう思っていると、離れたところにいる彼女は此方を指差してこう言った。
「防具無しで良いの?」
「ああ、エルが勿体ないから良いかな」
オレはキリエから貰った剣以外は全て初期装備のままだ。
防御力はゼロに等しい。
スキル〈物理耐性Ⅱ〉である程度は軽減されるが、これではスキルの攻撃を受けたらその時点で半分まで削られるだろう。
そんな装備で大丈夫か、とクロは心配してくれたようだがエルは現状あんまり使いたくない。
それに言葉にすると怒られるから絶対にしないけど、今回は彼女から一撃も貰うつもりはなかった。
ソラの発言に少しだけムッとしたクロは、穏やかな顔から一変。
鋭い殺気を宿すと、暗い声で呟いた。
「……わたしを舐めてる?」
「舐めてない、キミは確かに強い」
「なら、装備を整える時間くらいはあげる。なんだったらエルを分けても良い」
「うーん、実に魅力的な提案なんだけど……」
ソラはクロから申請された半減決着の【YES/NO】の選択肢でYESを押すとこう宣言する。
「悪いけど、そういう施しはお断りだな」
「負けたのを装備のせいにしないでね」
白銀の剣と漆黒の剣。
相反する二つは淡い光を纏うと〈ソニックソード〉を同時に発動させて真正面からぶつかった。
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