第13話「黒姫と邂逅」
──〈白銀の剣姫〉。
それはアストラルオンライン中で、今話題になっているオレにつけられた二つ名だ。
発信した大元はリアルで妹から見せられた、とあるSNSの記事。
プレイヤー達の間では結構有名になっていて、上級者で知らない人間はいないと客の一人は言っていた。
その名で呼ぶということは、彼女も上位のプレイヤーなのか。
念の為に洞察スキルを発動。
視界に表示されるのは、目の前にいる少女のステータスだ。
【冒険者】クロ
【レベル】14
【職業】
なるほど、レベルはグレンやキリエよりも高い。
職業が戦闘職の
黒髪の少女はレジの前に立つと、ソラの顔をジッと眠たそうな半目で見つめる。
……コイツ、なんて目をしてるんだ。
背筋が凍りつくような、暗く冷たい闇を宿した瞳だった。
光なんて一つもない。
じっといつまでも見ていると、心を蝕まれるような錯覚に陥る。
そんな十代の少女とは思えない視線を、ソラは真正面から受けて耐えた。
生憎と此方もVRゲーマー。
数々の名作とクソゲーを制覇してきたオレが唯一恐れるものは、この世で妹と外国にいる
彼女は少しだけ意外そうな顔をすると、次に口元に笑みを浮かべた。
「貴女、良いね」
「良いとは?」
「……わたしの目を見て、目を逸らさなかったのは団長やキリエやシオを含めて貴女で四人目だよ」
「そうか、それは良かったな」
気の強いキリエならば、余裕で彼女と相対することができるだろう。
少女の言う団長という人がどんな人物でどれだけ強いのかは気になるが、今は置いておく。
少しだけ意外なのは、妹のシオと面識があることか。ログアウトしたら夕食の時に彼女の事を聞いてみよう。
そんな事を考えて、少しだけぼーっとするソラ。
不意に少女が右手を差し伸べると、その小さな唇でソラにこう言った。
「整備に出してた剣を取りに来たの。黒い剣なんだけど、キリエから預かってない?」
「ああ、あの剣キミのだったのか」
少女に「少しだけ待ってて」と言って背を向けると、背後の壁に掛けていた黒い剣〈夜桜〉を手に取る。
両手で持って丁重に彼女に手渡すと、黒髪の少女は片手で受け取り腰に下げて料金を支払う。
チャリーン、と整備代1万エルが支払われるとソラは頭を下げた。
「ありがとうございま──ッ!?」
その瞬間、初見殺し要素盛り沢山のVRダークファンタジー〈ダークナイト〉で何度も殺されて培われたソラの直感が、最大限の警報を鳴らした。
何かが来る、そう思ったソラは接客用語を中断して顔を思いっきり横に傾ける。
すると真横を黒い閃光のような鋭い何かが走り、自分の耳を僅かに掠めた。
ダメージはないが、チクリと痛む耳。
第六感が働いて回避行動を取ったものの、ソラは自身に何が起きたのか理解できなかった。
緊張した精神状態をシステムが読み取り、額に薄っすらと汗が浮かぶ。
ソラは、ゆっくり視線を下から上に向ける。
そこには変わらず黒髪の少女がいて、彼女は受け取ったばかりの剣を鞘から抜いて片手剣の突き技〈ストライクソード〉を放った姿勢で固まっていた。
……え?
目の前の光景に対して、ソラはまったく理解する事が出来なかった。
避けたから良かったが、マトモに刃を頭に受けていたらダメージペインが機能して、規定値以上の痛みを遮断されていたのは間違いないだろう。
しかし今は〈
例え刃を受けたとしてもライフポイントは減らないし〈決闘〉以外でダメージペインが働く程の行為をしたとなれば〈
というか、そもそも少女とは初対面だ。
こんな突発的に急所に刃を突刺そうと思わせるような事を、この世界で彼女にした覚えは全くない。
ソラが困惑していると、軽やかな動作で剣を鞘に収めた少女は心の底から楽しそうに名乗った。
「わたしはクロ。貴女のプレイヤーネームは?」
「…………」
この状況で名乗りとは、頭のネジが外れているのだろうか。
店内にいる他のプレイヤー達も、シンやロウも驚いた顔をして少女に対してドン引きしている。
正直なところこんなサイコパス女に名乗りたくなんかないが、こちらは普通の常識人だ。
仕方ないのでヒリヒリする左耳を指で
「……オレはソラだ」
「ソラね、わかった」
彼女はオレの睨みを大して気にすることなく頷くと、何やら片手で操作を始める。
まさか、と思ったのもつかの間。
システムを通して彼女から届いたのは、一つの通知。
それも〈決闘〉の完全決着仕様の申請だった。
先程広場でガルドから送られた【YES/NO】の文字列を目の当たりにして、ソラは目を見張って彼女に疑いの視線を向ける。
この女、正気か?
しかもここは、彼女の知り合いであるキリエの店の中だ。
知人に迷惑を掛けるような場所で〈決闘〉──それもライフポイントが全て無くなるまで戦う完全決着を申請してくるなんて、非常識なんてものじゃない。
ソラは溜め息を吐くと、呆れた口調で彼女にキッパリ断言した。
「オレはキリエさんに店を任せられてるんだ。気軽に〈決闘〉なんて出来るわけないだろ」
即座にNOを選択するソラ。
するとクロは口に手を当てて、少しだけ考えるような仕草をして「確かに……」と頷いて周囲を見回した。
「キリエは?」
「キリエさんは、今工房に
「なるほど……じゃあ戻ってくるまで待たせてもらう」
クロはそう言うと、レジカウンターに入ってきて自分の真横にピッタリと張り付く。
しかも逃げられないように、さりげなく腕を絡ませてきた。
「は?」
予想外の展開にソラは思考がフリーズしかけた。
普通ならば美少女であるクロにくっつかれたら、男として嬉しいと思うが彼女は残念ながら普通ではない。
人様の頭にいきなり突き技を放つような危険人物にくっつかれて、ソラは友人達に視線を向けて助けを求めた。
しかし、彼等は視線が合うと。
ごめん、ムリ。
と首を横に振って掃除に戻る。
他の今まで自分をチラ見していたプレイヤーの客達も、商品に向き直って一切此方を見なくなった。
まさに孤立無援。誰かタスケテくれ。
隣ではクロが嬉しそうに「わたしの不意打ちを完璧に避けたのは貴女が初めて」と何やら物騒な事を語りだした。
もしやこの小娘、会う人全てにあんな真似をしているのか。
引きつった顔をすると、それに気づいたクロが否定するように首を横に振った。
「もちろん、わたしが見て強そうな人にしかやらないよ?」
「いや、そもそもやるなよ」
「大丈夫、避けれなさそうな人にはちゃんと寸止めしてるから」
「そういう問題じゃないんだけどな……」
「?」
小動物みたいに小首を傾げるクロ。
その様子にソラは常識を説くのを諦めて天井を見上げた。
ダメだ、根本的にオカシイから何を言ってもちゃんと伝わらない。
親は一体どういう教育をしているのだ。
こんな見た目は可愛らしい女の子を、サイコパスに育ててしまった件について一言だけ文句を言ってやりたい。
「よし、決めた」
「なにを?」
「キリエさんが戻ってきたら一回だけ半減決着で勝負してやる。オレが勝ったら、今後はプレイヤーを試すような不意打ちは二度とするな」
「わたしが勝ったらどうするの」
「なんでも言うこと聞いてやるよ。オレに勝てたらの話だけどな」
「わかった」
少しだけ、クロの表情が明るくなる。
ソラは何を要求しようか悩む彼女の様子を見て、心の底で悪い笑みを浮かべた。
チートキャラを使ってるオレに勝てると思うなよ小娘。
親友の二人はそれを眺めて、またひと悶着ありそうだなと思った。
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