第4話「始まりの草原」
王都ユグドラシルの唯一の大門から出た先は、初心者なら誰もが王都の次に踏みしめる始まりの草原だ。
複雑な地形は一つもなく、ただ平和でのどかな草木で満たされた風景が広がっている。
遥か遠くに見えるのは、精霊の森というマップらしい。
王都の周囲を覆うほどに広大で、精霊達が定めた道を外れると元の道に戻されると門番の人から聞いた。
ちなみに精霊王の力によって森は守られていて、あらゆる攻撃を受けても森にある植物を傷つけることはできないとの事。
草原からの広大な森か。
実にファンタジーの定番の並びではないか。
目の前に広がる世界にワクワクしていると、優しい風が吹いて花びらが歓迎するように舞った。
頬を撫でる風と、それに乗って運ばれる周囲の名も知らない花の香りが実に気持ち良い。
こうして立っているだけで、アバターが女の子になった事を忘れてしまいそうだ。
少し深呼吸をすると、ソラは周囲を見回す。
そこではリリースしたばかりという事もあり、レベル1の水色のゼリーみたいな30センチの球体、スライムと戦っている複数の初心者プレイヤーを見かけた。
やはり序盤の狩場といえば、最初のフィールドになるのはどのゲームも一緒だ。
ちょうど近くに湧いたスライムを見て、ソラも腰のノーマルソードを抜いた。
「ちょっと今の自分の身体を試してみるか」
身体が小さくなっているのだ、以前と感覚は全く違うので先ずは慣れなければ。
抜いた剣の柄を何度も握り直して、感触を確かめるソラ。
装備している武器は、癖がなく使いやすい片手剣のノーマルソード。
初期武器はみんな一緒のため最初に武器を購入しない限りは、殆どの人が最初に育てる事になるのはこの片手剣になる。
オレの片手剣の熟練度は、魔王から得た経験値によって18まで上がっていた。
いくつか覚えた中で選択するスキルは、新しいスキルではなく魔王との戦いのときに使用した〈ソニックソード〉だ。
離れた場所にいるスライムに狙いをつけると、剣を横に構えてソラは駆け出した。
「うおぉ!?」
レベル15になり、強化されたステータスをもってスライムに急接近。
ちょっとばかり予想以上の加速をして、スライムをあっという間に通り越してしまう。
だがソラは巧みに姿勢を制御して、その場で反転した。
再びスキル〈ソニックソード〉を発動させるとスライムに再度接近。
今度は通り越さずに、身体を制御してノーマルソードを左から右に振り抜いて両断した。
赤いライフゲージを一撃で削りきられたスライムは、光の粒子となって消滅する。
【スライム一体の撃破と経験値の取得。ドロップアイテム〈スライムゼリー〉2個を入手】
今の戦闘結果の報告が、女性の声で頭の中に聞こえる。
オフにするかどうか選択肢が出てくるが、なんだか心安らぐ響きにソラはそのままにした。
「大体今ので掴めたかなぁ……うん?」
初心者とは思えない動きをした見た目は美少女のソラに、スライム狩りをしていた同じ初心者だと思われる人達の視線が突き刺さる。
予想はしていたが、みんな頭の上に「なんだ今の動きは?」とクエスチョンマークが浮かんでいた。
他のプレイヤーのレベルは、鑑定や洞察等のスキルが無いと見えない。
こんな少女がレベル15だとは誰も思えないので、奇異な目で見られるのは仕方のない事であった。
まぁ、注目されるよな。
愛想笑いを浮かべて、そそくさとシンとロウの側に逃げるように歩み寄る銀髪の少女。
そんなソラを二人は小さく拍手して迎えた。
「すごいな、元の身体とは違うのにもうソニックソードを使いこなしたのか」
「知ってましたけど、ソラは相変わらず順能力高いですよね」
と、感心するシンとロウ。
ソラは胸を張ると、得意げな顔をした。
「おう、伊達に色んなVRゲームしてないからな。サメになるのに比べたら全然余裕だな」
「サメ?」
「……時々ソラの趣味が分からなくなります」
「ロウ、こいつが変わってるのは昔からだろ」
「そういえばそうでしたね」
「う、うるさいうるさいうるさいッ!」
変な人を見るような目で見られて、ソラは顔を真っ赤にしてまくし立てた。
そして二人に背を向けると、逃げるように歩き出す。
「お、オレは一人で試し切りしてくるから、おまえらはせっせとレベル上げしてくれ」
「直ぐに追いつくからな、待ってろ」
「……ふ、チートキャラを手に入れたオレにそう簡単に追いつけると思うなよ」
というわけでオレは、一人で取得したスキルの練習をする事にした。
離れたところでは同じくVRゲームに慣れている友人の二人が、さっそくパーティを組んでスライムを次々に効率よく狩っている。
あの調子ならば、そこそこレベルが上がるのではないか。
二人とも自分に負けず劣らずのVRゲーマーだ。見たところステータスを除けば、技量的には大した差はない。
本当ならばソラもパーティに入るところなのだが、このゲームは倒したモンスターの経験値が均等に分配されるシステムを採用している。
それではいつまで経っても、自分と二人の差が縮まらない。
というわけで話し合った結果、ソラは一人で動くことになった。
ぼ、ボッチじゃないんだからな!
そんな言い訳をしながらもソラは、ノーマルソードを片手に先程のスライムよりも一回り大きい3体のハイスライムを見据えた。
敵のレベルは5。
対して此方のレベルは15。
普通のRPGならば、恐れる必要はない戦力差だ。
だがVRゲームはレベルの差だけが全てじゃない(魔王は流石に無理だったが)。
油断せずに選択するのは先ほどと同じ〈ソニックソード〉。
駆け出して、ハイスライムが吐き出す溶解液を、高速移動しながら次々に着弾前に抜けていく。
ジグザグに動くことで狙いをつけられないようにして、スキルのオンオフをしながら緩急をつけて、敵の攻撃が止まった瞬間に急加速。
一体との間合いを詰めて、先程のスライムと同様に両断。
此方の動きが止まった瞬間に放出された溶解液を見据えると、ソラは〈ソードガード〉を発動させて発光する剣の側面で横に払った。
「いくぞ、スキル発動ッ!」
敵との距離は近い。
選択するのはニ連撃のスキル〈デュアルネイル〉だ。
銀髪の少女は目の前にいるハイスライムを右袈裟切りして、振り抜いた勢いを殺さずに一回転。今度は隣にいる二体目のハイスライムを、回転で更に威力を増したニ撃目で切り捨てた。
スキルの技にリキャストタイムや硬直がないので、どんどん使用できる爽快感は実に素晴らしい。
気持ちが高揚して、ソラは次の獲物を求めて視線を巡らせる。
「……良し、次はアイツだ!」
次の目標は離れたところに湧いた、水色ではなく銀色に輝く色違いのスライム。
洞察スキルを発動すると、どうやらそれはメタルスライムといって逃げ足が素早いモンスターらしい。
レベルは10、中々な数字だ。
ならばとソラはノーマルソードを手に〈ソニックソード〉を発動、加速して一気にメタルスライムとの間合いを詰める。
「フッ!」
息を鋭く吐く。
全集中してスライムの逃げそうな方角を読み取り、本体ではなくその鼻先?に下段から切り上げるように斬撃を放つ。
逃げようとしていたメタルスライムは出鼻をくじかれて、動きが一瞬だけ止まる。
その致命的な隙きを見逃さず、流れるようにソラは赤く発光する剣を上段に構えて進路に立ち塞がると、万が一倒しきれなかった時の事を考えて3連撃のスキル〈トリプルストリーム〉を発動した。
上段からの斬撃、そこから右下から左上に薙ぎ払い、最後に回転して鋭い突きを放つとメタルスライムのゲージが無くなって霧散する。
【メタルスライムの撃破、経験値の獲得。ドロップアイテム〈メタルゼリー〉を1個入手】
危ない危ない、わりとギリギリだった。
内心で冷や汗を流すソラ。
しかし、この辺りで一番レベルが高いと思われるメタルスライムを3連撃の〈トリプルストリーム〉で倒せるのならば、もう怖いものはいない。
気を取り直して視線を次のハイスライムに向けると、何だか少しだけ怯えるような顔をした気がする。
だ が 慈 悲 は な い。
鬼神の如く動きでひたすらスライムを狩りまくる銀髪の少女の姿は、後に〈
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます