153.君を僕にちょうだい?
そわそわしながら、ベッドに腰掛ける。ニルスはまだ宴を仕切っているだろう。トリシャの準備が終われば、ソフィも再び合流する予定だった。護衛のマルスとアレスは扉の外だ。慣れた手つきで髪を乾かし、意味もなく立ち上がる。続き部屋の様子を隙間から窺って、まだトリシャの姿がないので戻った。
ベッドに座る。でも立ち上がる。檻の中の動物みたいだ。自分でおかしくなって、ふふっと笑った。騎士の未亡人達は忙しいお針子仕事の合間を縫って、薄絹の夜着を用意してくれたはず。でも僕が欲張って、ドレス姿の彼女を望んだから……きっと婚礼衣装に着替え直してくれてると思う。そうだといい。あの美しい彼女を見るのが1回だけだなんて、天使への冒涜じゃないかな。
足音が聞こえて、部屋中を見回した。ベッドに座ってると急かしたみたいだし、ソファにいるのも何だか妙だ。どこに立つのが正しい? いや、座った方がいいのか。迷っている間に、ノックの音が響いた。
続き部屋のリビングを抜けてきたトリシャの姿を見たのは、着付けたソフィのみ。護衛達も部屋の中の様子は知らない。慌てて扉に近づき、さっと開いた。ヴェールはないけど、銀髪を結い上げたトリシャは婚礼衣装を纏っている。後ろで一礼したソフィが、音も立てずに退室した。
「綺麗だ、トリシャ。ごめんね、気の利いた言葉が出てこなくて」
座学で習った作法なんてすっ飛んでしまった。彼女の手を取って室内に誘導し、ベッドの端に座らせる。スカートを踏まない距離を空けて腰を下ろした。
「エリク、私は……魔女ですわ」
この段階で卑下するのかい? 問おうととした僕の唇を、彼女の指が優しく押さえた。
「作法もマナーも形式も要りません。だって魔女ですもの。悪虐皇帝の妻は、天使より魔女の方が似合うとお思いになりませんか?」
くすっと笑った彼女の後ろの窓から、月光が斜めに差し込む。ティアラを飾る銀髪が、虹色に輝いた。大賢者の血筋に現れる稀有な色を纏い、天使ではなく魔女だと口にする彼女の気持ちに気づかされる。
ああ、僕のこの血塗れの手に……君は堕ちて来てくれるのか。触れられない天上人から、僕の隣で微笑む魔女になりたいと願ってくれるの?
「そう、だね。君に、言わせるなんて……情けないな。僕は覚悟を決めているよ。トリシャの背の白い翼を切り裂いて、その血に手を汚すことになっても離さない。だから謝らないけど、代わりに愛を捧げるから」
ゆっくり近づく2人の唇が重なり、甘い吐息が漏れる。触れて離れる繰り返しから、彼女の背に手を回した。真珠のボタンが弾け飛ぶのも気にせず、一気に開けて手を滑り込ませた。甘えるように回された手が首に回り、緩んだ胸元のレースを下げていく。
ドレスの銀糸や白絹の艶も輝きも追いつかない、美しい肌に唇を寄せた。破かないようにしようと思ったけど、このドレスを着用することはもうない。どうする? そんな無言の視線に、彼女はただ微笑んだ。妖艶で魅惑的なその表情に誘われて、レースを少し破く。脱がせた婚礼衣装をベッドの下へ放り投げ、僕は絹のローブから腕を引き抜いた。
「大切にする。だから君を僕にちょうだい」
頷くのを待ったのに、彼女は首に回した腕を引き寄せて口付ける。真っ赤になった照れを示す表情や肌と裏腹に、行動は大胆だった。
美味しく頂いたら、やっぱり閉じ込めてしまおう。僕が用意した鳥籠から出したら、猫やイタチに襲われてしまいそうだよ。
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