152.もう宴から逃げるよ

 宴の会場へ入る僕達は、感嘆の息をつく貴族の間を抜ける。用意された玉座は2つ、皇帝である僕と皇妃のトリシャ。どちらも黄金や希少金属に彫刻を施し、大量の宝石を埋め込んだ豪華な物だった。わずかにデザインが違うのは、対になっていると説明を受けている。


 結婚した旨を宣言する僕の言葉に始まり、宴は紳士淑女のざわめきに包まれた。こういった公式の場では、上位者に下位の者は声をかけられない。挨拶も上位者からと、細かな決まりがたくさんあった。面倒だから廃止しようと思った時期もあったが、こうしてトリシャを公式の場に伴うなら必要な仕来りだね。撤廃しなくてよかったよ。


 勝手にトリシャに話しかける奴がいたら、僕の剣達が切り捨ててしまうだろう? 謁見も宴も成り立たなくなるよ。属国の中にも順位はあって、王族から次々と祝福の言葉を受ける。穏やかに微笑んで頷くだけのトリシャは、立派に役目を果たしていた。


 大フォルシウス帝国の皇妃たるもの、属国の国王に声を掛ける必要はない。聞いていると示すために頷くだけ。僕は何も指示しなかったけど、トリシャは当然のようにこなした。もしトリシャが話したいなら話してもいい。その後で、嫉妬から押し倒すけど……まさか、そんな僕の浅ましい思惑を気づいたんじゃないよね?


「皇妃殿下、こちらを」


 王族の列が一段落したところで、ソフィがそっと飲み物のグラスを差し出した。すでに毒見は済んだ安全なワインだ。唇や喉を湿らす程度に口にして、トリシャは首を傾げた。軽く掲げるから、僕も掲げる。ニルスから受け取った同じグラスを近づけて、触れさせずに喉に流し込んだ。


 黄金色のワインは白葡萄から作られた希少なもので、透明に近い色が多い白ワインとは一線を画す。作られる量が少なく貴重なワインは、砂金に匹敵すると言われる高級品だった。彼女の口に合っただろうか。それだけが気になる。


「どう?」


「美味しいですわ、甘さもちょうどいいです」


「そう、なら買い付けておいて」


 ニルスが苦笑いした。金に糸目をつけない上、トリシャは金額を知らずに褒めたのだから、今後も取り寄せる機会は多いと踏んだらしい。場を離れて、友好国の王族に話しかけた。取引に関してはニルスの独壇場だ。任せて問題はなかった。


「あと10組くらい挨拶を受けたら、下がろうか」


「はい……っ」


 飲み干したグラスをソフィに渡しながら、目を伏せたトリシャの頬が赤くなる。ワインのせいじゃないね。僕との夜を、君も望んでくれているの? そうなら本当に嬉しい。


 そこからはカウントダウンするように、逆に数えていた。あと9人、あと5人、3人、2人……終わりだ。


「ニルス、後は任せていいかい?」


「はい」


 一礼するナーリスヴァーラ大公の合図で、双子の騎士が前後を守る。来客達をぐるりと見回し、立ち上がるトリシャの腰に手を回した。見せつけるように彼女を抱き寄せて廊下に出る。酒の追加や料理の空き皿を下げる侍従達が行き来する廊下は、静まり返っていた。抜け出したソフィが少し離れて続き、離宮への道を辿る。毎日歩いた渡り廊下を、新鮮な気持ちで見回した。


 離宮に入れば、一度別れて着替える。僕の代理を頼んだニルスは置いてきたけど、僕の着替えなんてすぐ終わるからね。トリシャの方が大変だろう。でも出来るだけ早くしてくれるかな? 僕が君の部屋に乱入しないように、ね。

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